第29話 萌声のラッシュ爆誕!!

 SKの初配信は順調の一言に尽きた。


 最初こそ緊張であれやこれやとやらかしていたが、俺がコメントをしたあたりから謎に落ち着き始め、台詞の所々でどもることもなくなり、掲示していたスケジュールの進行ミスもなくなった。


 恐らく、彼女の実兄である龍宮寺茜が、スムーズに配信を進められるよう、最大限のバックアップをしていたのだろう。


 時おり、『おにぃはだまってて!!』『もうっ、いちいちうるさいなぁ!!』『あっちいってて!』などというSKの小声が聞こえてきたから、きっとそうに違いない。


 視聴者の数も右肩上がりに増え、終盤に差し掛かった今では4万人を超える人々が彼女のチャンネルに集まっている。


 6万人を超えるペロラーもこの世に誕生し、個人Vの中でもSKは頭一つとびぬけた存在となった。


 初配信でこれだけの視聴者とチャンネル登録者を確保した個人勢はそうそういないので、頭一つどころではないかもしれないけど…。


 

 因みにペロラーというSKのリスナーの名前だが、彼女やその兄が用意したファンネームではない。


 視聴者たちが勝手に言い出したやつだ。

 俺のところにいた元娘達が多分、発端。

 SKが『ペロラーいいな!なんか可愛い!』といって、正式に採用されることとなった。


 ケロぺロスの「ぺロス」と「舐める行為」を合わせて多分ペロラーだと思うのだが、SKはそれをちゃんと理解しているのだろうか。


 多分してないんだろうな。

 なんか可愛いとか言ってたし。


 世界一のアイドルを目指すらしいけど、本当にペロラーでいいのかな?。

 

 名前の由来を知ってから怒ったりとかないよね?。


 お前のとこにいた下品なリスナーのせいで下品なファンネームになった!、ってSKに後で怒られないよね?。


『それじゃぁ、〆のお歌の前に急遽重大発表!!ワォー〜んッ!』


 怒られるのもうやだなぁ、と頭を悩ませていたら、ケモッ娘の可愛らしい遠吠えが聞こえてきた。


 経験の浅さからか、ちょっとぎこちないそれだった。

 でも、その下手さ加減がチャット欄を『かわいい』の文字で埋め尽くした。


 遠吠え一つでペロラーはメロメロだ。

 俺の声一つでメラメラする娘達とは真逆である。


 …うらやましぃ。


 俺もSKみたいにチヤホヤされたぃ。

 どうしたらされるだろう。


 何かいいアイデアは無いか?。

 いいアイデア、いいアイデア…。


「むむむ…むッ!?」


 探偵の様に右手を口元へあてつつ、己とSKのチャット欄を見比べていると、不意に一つのアイデアが脳裏をよぎった。


「……獣人化」


 俺はよぎったそれをボソリと呟く。

 そして呟いたと同時、「豪傑なる獅子王、ラッシュ」なんて呼び名を思いつく。


 獣耳と尻尾と立派な鬣が付いたラッシュ。

 威厳あふれるその姿はまさに獅子王。

 

 そこへ追加で語尾に「ニャ」とかつければ、獣の王らしさが出て、結構かっこいい感じになるのではなかろうか。


 それで、今よりももっとかっこよくなれば、誹謗中傷で埋め尽くされている俺のチャット欄もきっと、『かっこいい』の文字で埋め尽くされるに違いない。


 ケモナーの心を鷲掴み。

 SKに攫われた娘達も戻ってくる。

 誹謗中傷は止み、チャット欄は『かっこいい』の文字で埋め尽くされる。


 結果、大人気VTuberとして有名人デビュー。

 お金もがっぽがっぽで、更にラッシュへ資金を投入。


 カッコよくなる→有名人ちやほや→お金持ち→ラッシュのグレードアップ→カッコよくなる→超有名人ちやほやほや→スーパーお金持ち→ラッシュのグレードアップ→カッコよくなる→以下略。


 好循環スパイラル待った無し。


 素晴らしい。

 実に素晴らしいことこの上ない。

 

 獣人化を思いついた俺、もしかして天才ではなかろか。

 これが天才の閃きフラッシュというものではなかろか。


「…うひひ」


 俺はミラー配信そっちのけで妄想を楽しんだあと、人知れず笑みを浮かべた。


『豪傑のラッシュは今日で生まれ変わる!!』


 そう、この俺、豪傑のラッシュは生まれ変わるのだ。

 獅子王の名を背負った豪傑のラッシュとしてな……うひひ。


 うひっひっひっひ……、ん?。


弾丸バレットさぷらーー―いず!!』

 

 声高らかに台詞を口にするSK。

 急にどうしたのだろう。

 サプライズとはなんぞ?。

 

 というかさっき、俺がどうのこうの言ってなかった?。


 あれ、気のせいかな?。


『ラッシュ!これをみろ!!』


 どうやら気のせいではないらしい。


 SKがそう叫ぶと同時。

 彼女の配信画面にとある2Dアバターが映し出された。


 ピンッとたった獣耳。

 見え隠れする細めの尻尾

 少し幼めに描かれたその相貌。

 そして既視感のある白髪と石竹色の双眼。


 はてさて、このアバターは一体なんぞ?。


 絵のタッチがどことなくSKのそれと似ている気がするけどなんぞ?これ?。


 なんぞなんぞ?。


 え?。


『ラッシュのガワすっごいダサいからな、私が絵師ママモデラーパパに頼んで、めっちゃ可愛いガワを用意してやったぞ!!』


 首を傾げ、なんぞなんぞなんてやっていたら、SKが説明してくれた。


 ラッシュは彼女から見るとダサいらしい。

 だから新しいアバターを俺のために用意してくれたらしい。


「……へ?」


 えっと、つまり、どういうことだってばよ?。


『くくくっ…、どう?驚いた?驚いた?くくく』


 驚いた俺を想像してか、SKは悪戯が成功した時の様な悪い笑みをアバターに浮かべた。なんか腹立つ。

 

『プレゼントだからお金はいらん!けど、このガワを使うのに条件が一つだけある!!』


 ひとしきり俺を揶揄うように笑った後、なんか勝手に条件があるとか言い出した。


 話が一方的に進んでいく。

 手が付けられない暴走列車でも相手にしている気分だ。


 ちょっと待ってほしい。

 少し落ち着きたい。


 まずはお互い深呼吸して、それから色々と話し合わない?。


『このガワはお前の地声でのみ、使用を許可する!!』


 俺の想いは当然のように届かず。

 SKは勝手に条件を口にした。


 俺は混乱するばかりだ。


『間違っても不快な声をこの子にあてるなよ!!いいな、ラッシュ!!』

 

 不快な声、…もしかしてラッシュのこと言ってる?。


 全然不快じゃないよ?。

 だって俺が理想とする声だよ?。


 低音がきいた男らしい声。

 逞しくて、優し気で、とってもかっこいい。

 

 聞く者の心を癒す効果がある、そんな声なんだよ?ラッシュの声は…。


 何度もラッシュの声に助けられている俺が言うんだから、間違いないよ。


 犯人声とか不快とか、娘達もSKもちょっとおかしい。


 みんな変わり者だ。

 変人だ。

 馬鹿だ。

 アホだ。

 うんこだ。


『ふぅ、これでやっとABEXの練習のときに集中できる』


 ホッとしたような溜息をするSK。


 何にホッとしてるのかよくわからないけど、俺は地声なんか出さないし、その勝手に用意してくれたガワも使わないよ?。


 今すぐその白髪でピンクの瞳をした猫を仕舞って?。


『これにて弾丸バレットさぷらいず終了~。ラッシュはこれからこのガワで私の妹だから皆もよろしくなぁ~』


 ちょっと待ってほしい。

 勝手なことを言わないでほしい。


 俺は一言もその猫娘ガワを使うなんて言っていないのだが?。


 なぜそう自信満々に決めつけて話を進める?。


 SKといえど、流石に好き勝手が過ぎないだろうか?。


 ありがた迷惑すぎるのだが?。


 というかどうして猫娘?。


 百歩譲って猫は分かる。

 獅子王は猫科だからな。

 けどなぜ娘?、なぜ女の子?。


 俺は歴とした男なんだが?。

 女だと勘違いしている男ではないのだが?。

 

 今まで一度だって俺はSKの前でそう言った仕草をしてこなかったし、素顔も声も晒さなかったはず。


 一体どこでSKは俺を女だと勘違いした?。

 

 これは手の込んだ悪戯か何かか?。


『私ほどじゃないけど、ラッシュの地声もそこそこいいから要チェックだ!!』


 …そこそこいい地声。


 どうやら勘違いしたきっかけは俺の声らしい。


 いつだ?。

 いつ俺の声を聴いた?。


「……あ」


 記憶を根こそぎ掘り返すこと数秒。

 とても朧気だが、それらしい場面を思い出す。

 

 恐らく多分きっとあの時だ。

 パーティーで嘔吐したあの時だ。


 俺が嘔吐した後、そういえばSKがなんか言っていた気がする。

 なんか声が女っぽいとか言っていた気がする。


 記憶違いだろうか?。

 勘違いだろうか?。


 …そのどちらでもない気がする。


『それとお前たち!あんまりラッシュを虐めるなよ!!設定とはいえ、これからは私の妹なんだからな!妹を虐めていいのはお姉ちゃんである私だけだ!!分かったな!!』


 ちょっと怒った感じでSK。


 これまで沢山、俺が娘達から誹謗中傷されるところを見てきて、思うところがあったのだろう。


 同志として、仲間として、友達として、有名人となったSKは俺のことを庇ってくれた。


 なんだかちょっと、いや、結構うれしいかも。


 この訳の分からない状況は俺を誹謗中傷から守ってくれるためのそれだったのかと知れて、涙を浮かべる思いだ。


 けして、ラッシュの声が不快だから、ABEXのためだから、といった個人的な理由ではないのだろう。多分きっと恐らく。


 SKはいいやつだなぁ。

 俺はいい友達と巡り会えたことを素直に喜んだ。


 だがしかし、それはそれ、これはこれ。


 彼女の行為は素直にうれしい。

 が、この展開はまるで嬉しくない。


 豪傑のラッシュの中身が女であると示唆されているこの状況はまったくもってうれしくない。


 はっきり言って最悪も最悪、大最悪だ。

 感謝と感動の心も吹き飛ぶほどに。


 これまで豪傑として培ってきた男らしさが全て台無しだ。


 VTuberはイメージが全て。

 豪傑のラッシュの中身がこんな女々しいやつだと世間に知られたら、卒業待った無しだ。


 今までの努力が水の泡。

 SKの行き過ぎた気遣いはそれに等しいものだ。


 俺は嬉しさ半分、怒り半分といった面持の中、ケモっ娘となったSKを睨めつける。


 そして、嫌な予感に突き動かされるよう、冷や汗をかきながら、自身とSKのチャット欄へと意識を向ける。


 ケロぺロス・SK・バレット。

 チャンネル登録者数66666人。

 現在の視聴者数46678人。


≫了解シスター。

≫いいお姉ちゃんや。

≫あんたは虐めて委員会。

≫ラッシュ妹設定なんかww。

≫ちょいまち。

≫えーと、つまりラッシュって…。

≫え、あの頭オカ女なん?。

≫ラッシュは猫娘…ってこと!?。


 豪傑のラッシュ。

 チャンネル登録者数2768人。

 現在の視聴者数5376人。


≫おいおいまじか。

≫おまえ女なん?。

≫いまから地声配信しろ。

≫実際に聞くまで信じねぇ。

≫いい友達持ったな。

≫可愛いと思っていた俺は間違ってなかった。

≫らっしゅたん(^ω^)ペロペロ。

≫んじゃこれからはロリ百合ってことでOK?。


 妄想たっぷりなペロラーと娘達。

 手のひらを返したような彼らのコメントを眺めながら、俺は頭を抱えた。


「どど、どうしよう……」


 ミラー配信をしてから届いた沢山の誹謗中傷。

 そのせいですでに俺の精神は崩壊一歩手前。

 

 そこへ更に予期せぬこの展開。


 俺は半ばパニック状態に陥った。


「と、とりあえずSKの誤解を解かなきゃ…」


 パニックになりながらも冷静な判断。

 天才はここに来ても天才だった。


 俺は震える手でスマホを手に取り、REINを開く。

 そして、ヘッドホンの耳当て部分の上からスマホをあて、SKへと電話をかけた。


「あ、だめだ…、REINはラッシュの声じゃない…」


 着信音が二回ほど鳴ったタイミングで、天才はそのことに気づく。


 REINを閉じ、スマホをデスク上に置き、代わりにマウスを手に取った。


 ボイチェンの電源を入れ、重複して話しずらいだろうから、SKの配信の音を切る。

 

 それからDiscoldをひらいて、そのままチャットルームにSKを招待


 数秒も立たず、『もしもし!どうしたラッシュ!』という声が聞こえてきた。


 初配信で呼び出して申し訳ないと思いつつ、彼女の誤解を解くために俺は口を動かす。


「俺、男…だから」


『え?男?』


「…うむ、漢の中の漢」


『ぷぷっ』


 唐突にSKが噴き出す。


 何か可笑しなことでもあったのだろうか?。


『そんなかわいい声してるのに男の中の男、なのか?…ぷぷッ』


 かわいいって言われた。

 屈辱である。


 ……ん?…かわいい?。


 あれ?。


『ラッシュ、ボイチェン外れてるぞ?』


「…え」


 デスク左側に置いてあるそれ。

 先ほど電源を入れたはずのそれ。

 そしてなぜだか電源がOFFになっていたそれ。


 はて、なぜ故それは電源が落ちてるのだろう。


 そもそもDiscoldの設定で付け忘れていたボイチェン。


 いつもは何度も確認するのに、なぜさっきそれを怠った?。


 疲れているから、パニックになっているかなど理由にならない。


 馬鹿なのか?俺は?。

 馬鹿と天才は紙一重だから仕方なし?。


 え?。


 俺は無意識に己のチャット欄へと視線を向ける。


 豪傑のラッシュ。

 チャンネル登録者数3680人。

 現在の視聴者数7676人。


≫らっしゅ…まじやん。

≫おま、っちょ。

≫萌声のラッシュで草。

≫ロリやん百合やん最高か?お?。

≫ままままさか頭オカの地声がこんなかわいいとは露知らず…。

≫舌足らずなのかわいい。

≫帰ってきた。

≫ただいまラッシュ。

≫ただいまラッシュ。


 加速度的に増えていく全ての数字とコメント。


 俺はそれを見て、疑問を浮かべ――…、


「おぅぇええぇえ゛」


 吐いた。


 ストレス値のリミッター解除。

 限界を超え、さらに向こうへ。

 スプラッシュウルトラッ。


「げぇええ、おえぇええ゛ッ!!」


 PCを守りつつ、俺はその後も耐えられない気持ち悪さに負け、吐き続けた。


 そして気付いたら白の鳥居の前へと召喚されていた。

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