第28話 悲報、豪傑のラッシュ視聴者爆減!!アンチ増量中!!

 底辺VTuber連合が開くABEXの大会。

 それの参加者名簿がSNSで拡散されてから数日後。


 俺は今、とある個人VTuberのデビューをミラー配信している。


 ミラー配信というのは、誰かが配信した動画をそのまま配信することをいう。


 場合によっては、非常に盗人猛々しい行為といえるので、やるときはちゃんと許可をとろう。


 無論、俺も許可を得てミラーしてる。


 そんな許可いらないのに、『普段配信に出てやってるんだからやれっ!!』といわれ、本人直々から許可を貰っている。いらないのに。


『配信すたーとまで10…9…8』


 うだうだと考え事をしていたら、丁寧に作りこまれたオープニングの画面が、カウントダウンの画面へと差し変わった。


 俺のデビュー戦とはまるで違う。

 はい、スタートで始まったそれとは。

 企業VTuberさながらに色々と凝っている。


 彼女がやったのだろうか?。

 あの如何にも粗雑そうな彼女がやったのだろうか?。


 いや、きっと違う。

 協力者なる者がやったに違いない。

 おそらくは彼女の兄こと「おにぃ」、がこの盤上を整えたに違いない。


 俺も「おとうとぅ」を使うべきだろうか?。

 色々と手伝ってもらって配信の質を向上させるべきだろうか?。


 いや、身内にVTuber活動がバレるほど恥ずかしいものは無い。


 やっぱなしだ。

 うん、それがいい。


『3…2…』


 おっと、もう始まるようだ。

 ちゃんとミラーしないと怒られるらしいから、集中しよう。


 俺は気を引き締め、新たなるVTuberとして誕生するSK・・の初配信に臨む。


『わ、わわ、私の名前は!

 ケロペロス・SK・バレット!!

 世界一のアイドルを目指すもの也!!

 き、気軽にSKとでもよよ、呼べい!!』


 ヘッドホンからSKの上擦った声。

 緊張してるのがよく伝わってくる。

 いつもの彼女らしくない。

 

 しかし、それも当然のこと。

 誰だって初めての時は緊張する。

 それも多くの視聴者に見守られているのであれば尚更に。


 視聴者数24366人。


 これが今、彼女の配信にこぎつけた人の数だ。

 企業VTuberさながらの圧倒的な数字である。


 この前まで彼女は只の一般人だった。

 なのに、いつの間にか有名人だ。


 一体全体、何がどうなってこうなったのだろう。


 いや、理由なら幾らでもあるか。


 底辺Vtuber連合が主催するイベント、個人V最協エベ祭り。


 それに何故だか出場することになった日本一のVTuberと、ABEXの世界大会でも活躍を見せていたeスポーツチーム『八咫のカラス』。


 知名度が抜群な二つの存在が出る大会。

 それを主催する底辺VTuber連合が、SKという新たなVTuberを大々的に宣伝すれば人はいくらでも集まる。


 そこへ更に、シスコンの名を背負った連合の代表者、龍宮寺茜が『私の実の妹です』と発言し、常日頃、驚き要素に飢えているQwitter民がすぐさまその話題に飛びつき、プラスαで宣伝効果を生んだ。


 多くのQwitter民が彼の発言で驚き(俺を含む)、話題が話題を呼び、さらに話題が話題を呼ぶといった嵐のような好循環が生まれ、もはや大会は公式大会並みに注目を浴びている。


 まぁ、それもこれも二成琉琉という名前が出たうえでの結果ではあるのだけど。


 超新星様様である、ほんとうに。


 そしてその恩恵をこれでもかと受け取れたのが、龍宮寺茜を実の兄に持つSK。

 

 二万を超える視聴者が彼女のデビュー戦に駆け付けたのはそういった背景がある。


 まったくもって贔屓この上ない。

 主催者の妹なのだから仕方がないけど。


 俺は自己紹介を続けるSKに嫉妬しながらも、ミラー配信を続ける。


『見ての通り獣人の姫だ!よろしくなっ!わんわんッ!』


 茶色のたれ耳と三本の尾。

 純真無垢に輝く猫の様な大きな瞳。

 時たま覗く上顎の鋭く尖った犬歯。

 

 人間様が思わず「かわいい」といってしまうケモっ娘の2Dアバター。


 デスク上に置かれているトリプルディスプレイの一つに、ご都合主義全開のガワを纏ったSKが爆誕。


 彼女の一視聴者となってその姿を眺めていた俺は、ミラー配信をしている正面のモニターへと視線を無言のまま移した。


 そして次に、その左にあるモニターへと視線を流す。

 俺の視聴者の声が映るそれへと。


 視聴者数1974人。


≫可愛い声×可愛いガワ=最強。

≫SKアイドル志望やったんか。

≫けもなーのワイ歓喜。

≫獣要素が足りん出直せ。

≫ぐぅかわ。

≫犬か猫かどっちや。

≫名前からして犬だろ。

≫これは推せる。 

≫かわいい。

≫頭オカなんか見てる場合じゃねぇえ!!。

≫お前らSKのとこ行くぞ参戦だ。

≫はい解散解散。

≫ファンネームはペロラーかな?。

≫(^ω^)ペロペロ。

≫世話んなったラッシュ。

≫じゃぁなラッシュ。

≫じゃぁなラッシュ。

≫じゃぁなラッシュ。


 じゃぁなラッシュ…じゃあなラッシュ…じゃぁな…じゃぁ……じゃ。


 自動で脳内再生される視聴者の声。

 そしてそれと同時に削れていく数字。


 一人、二人、さ……三十人。

 視聴者の減りが止まらない。

 二千近くいたのが千を切った。

 そんなばななしぇいキングタイム。


 俺のところに集まってくれていた視聴者娘たちが、ペロラーへと姿を変え、SKのところへ去っていく。


 こうして思考しているうちにも一人、十人と去っていく。


――もうやめてッ、豪傑のラッシュのライフはマイタケよッ――


 幻聴が謎に聞こえてきた。

 意味も分からず女性の声が脳裏をよぎった。

 あまりの精神的ショックにちょっと気が動転してしまっているようだ。


 もちつけ…俺。


「すぅ…ふぅ、……もともとSKの、俺のじゃない」


 深呼吸をした後、自分自身にそう言い聞かせる。


 俺の配信に集まり、留まった視聴者。

 きっかけは俺でもそうさせたのはSK。

 ならばこうなることは必然。


 それに俺はちゃんと理解していた。

 視聴者娘たちがいつか旅立つことを。

 

 子というものはそういうものだ(白目)。


 親元を離れる日はいつか来る。

 今日が偶々、彼らにとってその日だったというだけ。


 娘たちの旅立ちに悲しむ必要はないのだ、決して(涙目)。


≫じゃぁなラッシュ。

≫じゃぁなラッシュ。

≫じゃぁなラッシュ。


 いつまでもお別れの言葉が絶えない。

 濁流のように流れていくコメントの数々。

 視聴者さんたちに迷いはなかった。


 所縁ゆかりある地として名残惜しさというものを感じないのだろうか?。


 感じないのだろう。

 俺のではなくなった視聴者では感じないのだろう。


 これまで散々、俺のことを馬鹿にしてきた彼ら。

 そんな情など欠片も持ち合わせていないのだろう。


 誰もかれもが捨て台詞を吐いてSKの元へと去っていく。


 もともとは彼女が集めた数字。

 今更、減ったところで止める術はない。


 …いや、あるにはある。


 可愛いをひたすらに求める彼らを止める手段が一つだけ俺にはある。


「……」


 俺は唾液を飲み込んだ。

 そして、ボイスチェンジャーの電源を震える手でOFFにした。


 最後にして最後の手段。

 去っていく我が愛しき視聴者

 それを呼び止めるため、肺に空気を送り込む。


「……ぃ」


 いかないで。

 待ってほしい。

 もっとラッシュを見て。


 と、口にしかけるところでやめた。

 忌まわしき己の声を決して吐き出さぬよう、咄嗟に両手で口元を塞いだ。


 刹那的な感情を優先し、最も愚かな術にすがった己のバカさ加減に吐き気がした。


 冷静さを取り戻すため、深呼吸を幾つか。


「………ぁっぶねぇ」


 俺は自ら足を踏み外す行いをせずに済んで、心底安堵した。


 再びボイスチェンジャーをONにする。


「来るもの拒まず、去る者おわず。

 SKのところへ向かいたくば、行くがよろしい馬鹿娘共」


 視聴者数71人。

 

 徐々に減りつつあった視聴者の数。

 それが俺の台詞と共にざっと削れた。

 大体800人ぐらい。


 いらん台詞を吐いてしまったことを後悔。


 みんな……ばいばい。


 いつか帰ってきてね。


『ラッシュ!見てるかぁーー?』


 未だに減っていく数を寂し気に眺めていたら、不意にSKが俺の名を呼んだ。


 俺は顔を上げ、キーボードを叩く。


『みてるぞ』


 勢いが凄いチャット欄の中、文字を投入。

 一瞬で俺のコメントが吹っ飛ぶ。

 盛り上がっているようで何よりだ。


 …妬ましい。


『おっ!?いたいた!!。

 ちゃんとミラー配信・・・・・してるか?』


 目ざとくもコメントを拾うSK。

 いや、きっと設定で俺のコメントを直ぐ拾えるようにしているのだろう。


 これでは無視できない、か。

 無念。


 俺はもう無視して配信でも切ってしまおうか、と思考がよぎるが、今のSKに怒られたら追加攻撃がえげつなさそうなので止めた。


 しぶしぶ先程の質問に『無論だ』の文字。


『そうか!ならよし!!』


 ならヨシじゃない。

 俺の娘たちを篭絡した淫魔めッ!。

 許せん許せん許せん!!!。

 ばかあほまぬけあんぽんたんぱかぱん!!。


『みんな、私の友達、ラッシュのこともよろしくなっ!!』


 彼女がそういった数秒後。

 俺の視聴者が息を吹き返すように増え始めた。


 視聴者数786人。


 俺はSKに『宣伝ありがとう』の文字を打った。


 それから彼女の4万6666人目のペロナーとなった。


≫バレットちゃんに近づくな。

≫バレットちゃんとどういう関係?。

≫きっしょいアバターやな。

≫犯人声でハゲとかおわってんな。

≫日本の恥いますぐVやめろ。

≫さっきなんかきこえませんでしたかね?。

≫SKと棒ペックスしとるんか?。


 配信はまだまだ続く。

 俺の精神はもうめちゃくちゃだ。

 

――次回、豪傑のラッシュ死す――


 精神的疲労のせいか、幻聴が再び聞こえてきた。


 聞き覚えのない女性の声に腹立つ次回予告をされた。


 豪傑のラッシュは不滅だ。

 中身の俺が死のうとも、ラッシュは死なない。


 だって、豪傑のラッシュは3Dのアバターだもの。

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