第26話 隣り合う超新星
個人VTuber、スパン
チャンネル登録者数、1919人。
燕尾服と
一言で彼の
よくアニメや漫画で出てくる、只者ではない執事って感じの2Dアバターである。
相当、お金をつぎ込んでいるのが見た感じすぐわかる。
俺の3Dフリーアバターである豪傑のラッシュとは比べ物にならないほど精巧だ。
羨ましい限りである。
俺もいつか有料ラッシュになりたいな。
それでもっとかっこよくなって、ちやほやされたいな。
「…はぁ、お金欲しい」
切実な思いを吐露し、少しばかり夢想に耽ったあと、俺は再びスマホをイジイジして、ABEXの大会メンバーであるスパン
「むむ、これは…」
ベッドの上でゴロゴロしながらリサーチを続けること数分。
底辺VTuber連合と名乗る組織。
それが運営するQwitterで、つい最近キングさん(略)が紹介されている呟きを見つけた。
3万人のフォロワーを持つ底辺Vtuber連合のアカウント。
それにクウィートされれば、そこそこみられる個人勢になれると評判だ。
おかげで収益化までこぎつけた個人勢も少なくない。多くもないが。
Wi tubeの収益化の条件は、チャンネル登録者3000人、直近一年の動画再生時間が8000時間を超えていること。
現状のキングさんであれば、これで収益化に届く可能性がかなり高いだろう。
金がかかったアバターといい、それといい、羨ましい限りだ。
ちょっぴり嫉妬。
「…どんな
底辺VTuber連合が作った短めの切り抜き動画をタッチして、期待半分、不安半分といった面持ちの中、それを再生。
どうか山爺みたいに好々爺でありますように、と思いながら視聴。
『初めまして、スパン
老齢という設定にしては少し若めの声。
けれど、それほど違和感はない。
見た目通りのって感じだ。
深みがあって、なかなかに渋い声である。
物腰が柔らかく、口調も丁寧。
結構、温和そうな人で安心し――…、
『スパンキィング!スパンキィング!
安心したのも束の間。
キングさんは気が狂ったように喚き始めた。
激しめのBGMが流れる中、怒涛に場面が展開し、その都度、下品極まる言葉が飛んでくる。
『ヒップ!ヒップ!!メーンッ!!!』
『私にとって、形のいいお尻は「
『きもでぃいいい!!!あぁああ゛ああああ!!いぐぅうう゛!!―――』
ABEXでダウンした敵のお尻をひたすら殴って奇声を上げるスパン
それを最後に、動画はフェードアウト。
「……VTuberって変人率、高いんだなぁ」
頭の中でピリリカさんとSKを浮かべながら、俺はぼそりと呟いた。
貴族に仕えるベテラン執事。
動画の出だしではそんな感じだった。
しかし、蓋を開けてみたら変態だった。
彼は根っからのお尻好き。
それも男女関係なく。
いい形のお尻には目がない、らしい。
ちょっと何を考えてるのか理解できなくて怖い。
「……今日の配信、大丈夫かなぁ」
ABEXの大会に向けて、今日から新たにキングさんをパーティーに加えて練習が始まる。
本当は昨日からという予定だったのだが、SKがボイコットしてできなかった。
なんでも、ゲームのやりすぎで実兄に怒られ、スマホとPCを没収されていたという話だ。
今日の朝、そういった連絡が謝罪と共に来た。『おにぃはママみたいにうるさいですの』、といった愚痴も続けて。
仲のいい母と子みたいな関係である。
微笑ましい限りだ。うらやましい。
「……はぁ」
謎にSKを羨む自分にため息が出た。
気を取り直すように頭を振る。
「SKとキングさん……、喧嘩とかしないよね?」
生意気自己中陰キャ娘と変態。
どう作用するか未知数だ。
ちゃんと二人の手綱を握ってやっていけるか不安である。
いや、二人のことを不安がっている場合ではないのかもしれない。
一番の問題は俺にある可能性が高いのだから。
昨日のボーイフレンドを名乗る少年のせいで、ちょっと今、男というものに過剰反応を示してしまっている。
さっき視聴した切り抜き動画で、キングさんの声を聴くたびに、実は僅かな不快感を感じてしまっていた。
一分も満たない動画だったから特になんともなくいられたけど、それが何時間も続いていたら、龍宮寺茜に背中を擦られたときのように気持ち悪さを感じて、吐いていたかもだ。
いつも気まぐれで終わるABEX配信。
一応にして今日は二時間と決まっている。
キングさんはバリバリの社会人で、何時間も都合をつけられないから。
SKは二時間なんて少ないッ、と文句たらたらだったけど、俺としてはむしろそれでいい。
いつものように何時間もやったら、きっと吐く。
豪傑のラッシュとして、もう二度とそんな醜態は晒せない。
今日も一日、何事もなくラッシュを演じるんだ、俺は。
「あいうえお。
いうえおあ。
うえおあい。
えおあいう。
おあいうえ。」
俺はより良い配信をするために、三日前ぐらいに日課として導入した活舌トレーニングを人知れず開始した。
「かきゅ、かきゅ、かききゅ……、よし、おわりッ」
トレーニングを終えた俺は、キングさんに『今日はよろしくお願いします』といった軽いやり取りをQwitterのDMでした後、ベッドから這い出て、約束の時間になるまで暇をつぶすのであった。
== 豪傑のラッシュ SK キング ABEX配信 ==
『キング!!挟め!!』
『承知いたしました、お嬢さま』
漁夫の利を得るため、交戦中の二つの部隊を挟むように俺たちは立ち回る。
『蹂躙じゃぁああ!!わーはっはっは!!』
『っほっほっほ、さすがお嬢さま。手柄を全て持ってかれてしまいました』
キングさんと俺は、多少の援護をするだけで、あとはSKがかってに敵部隊を二つとも壊滅させた。SKつおい。
『ラッシュ!!弾くれ!!』
『オウ!!』
常に前線で立ち回るSK。
当然、たまの消費がえげつない。
俺は二百発ほど彼女に渡す。
『ラッシュさん、シールドをもらっても?』
『…オウ!!』
若干、声を振り絞りながら応答。
未だ正常のキングさん。
その彼に、シールドアーマーという防具を回復させるアイテムをいくつか渡す。
『ラッシュ~!!なぜダウンした!?馬鹿!!』
『…ごめん』
移動の最中。
SKとキングさんの二人から少し離れたところで奇襲を受けてダウンした。
SKに怒られた。ついでに視聴者からも。
俺は冷や汗をかきながら謝罪した。
初配信時に謝罪はしないと誓ったのにしてしまった。
情けないらっしゅ…。
『お嬢さま、カバーできなかった我々にも問題がございます。そう攻めるものではありませんよ?』
『…むぅ、そうだな。…ごめん、ラッシュ。馬鹿って言って』
少し落ち込んでたらキングさんがフォローしてくれた。
嬉しいらっしゅ。
優しいらっしゅ。
いい人らっしゅ。
ちょっと、不快感が収まった気がする。
『スパンキィング!!スパンキィング!!スパニッシュ~~スパンキィング!!』
全エリア危険地帯化――最終リングで、キングさんが変態化した。
敵よりも恐ろしい存在となった。
ちょっと不快感が増した。
『あははは!!キング、お前おもしろいなぁー!あははは!!』
狂喜乱舞するキングさんに、SKが大笑いしてる。
初対面時は気まずそうにしていたのに、いつの間にか打ち解けたようだ。
喧嘩が起きなさそうで何よりだ。
よかったよかった。
画面にでかでかと『勝利』の文字。
初戦で俺たちはチャンピョンを取った。
初の連携なのになかなかどうして噛み合った。
俺たち、もしかして大会で優勝できる?。
≫昨日あんだけやってもチャンピョン取れなかったのに初戦でこれか。
≫お前、いらんとちゃいますか?。
≫荷物のラッシュww。
≫ほんとにゲームセンスねぇな。
≫二人に感謝しろ?お?。
大会で優勝出来たらいいなぁ。
それでチヤホヤされたいなぁ。
なんてニヤケ面で思ってたら、視聴者が酷いことばっかり言ってきた。
みんなひどい。
でも見てくれるから許してあげる。
俺は1200人ほどいる視聴者のコメントを、寛大な心で受け止めた。
器の広い男らっしゅ。
「……」
俺は無言でとある名前を探す。
びっとビート、という古参のそれを。
傷ついた心をいやすために。
擁護のコメントを探す。
だけど見当たらない。
居ないわけではない。
ついさっきもコメントをしていた。
なのに優しいコメントがない。
…悲しい。
『この調子でガンガンいくぞっ!!』
『お供いたします、お嬢さま』
『足ひっぱったら許さないんだからな!』
『その時はどうぞ私のお尻を叩いてはっぱをかけてくださいませ。っほっほっほ』
俺が密かに悲しんでいる間にも、二人は楽しそうだ。
初めて一緒にゲームをするとは思えないほど、会話が弾んでいる(二人の間で)。
喧嘩とか起きるのではないかと心配していた俺が馬鹿みたいだ。
『ラッシュ!ちゃんと私たちの動きを見て学ぶんだぞ?』
「うぃ」
『うぃってなんだ!ちゃんと返事しろ!!』
『ふぃぃ』
『またそれか!!ふぃぃは禁止!!なんか腹立つ!!』
『っほっほっほ、仲のいいことでございますな、お二人とも。しかし戯れるのもその辺になさいませ、そろそろ次のマッチが始まりますぞ?』
『ラッシュのバカ…』
キングさんに諭され、喧嘩腰を止めるSK。
俺はホッと内心でため息をついた。
ABEX練習配信はまだまだ続く。
思ったより不快感はない。
これなら大丈夫そう、…かも?。
『スパンキィング!!スパンキィング!!』
「……うぇ」
渋みのある男の声が鼓膜を揺らす。
その都度、若干の吐き気を堪えながら、俺はその後もマウスを握りしめるのであった。
== 二時間後 ==
『申し訳ございません、お二人とも。少々、羽目を外し過ぎたようです。この老体、流石にきつくなってまいりました……割とガチで』
かなり疲弊した様子でキングさん。
キャラがちょっとブレ始めている。
『明日も、仕事なのでそろそろ私はこの辺で…』
『むぅ…そうか』
不承不承にSK。
「さらばだ…うぇぷ」
ここまで会話らしい会話をしてこなかった俺も続けて挨拶を返す。口元を抑えながら。
『はい、お疲れ様です。それでは……っと、そういえば』
去り際に何かを思い出したかのようにキングさん。なんだろう?。
『お二人とも、大会の出場者の名簿が先ほどQwitterにて公表されましたが、目をお通しに?』
『む、そういえば見てないな』
「みておらぬうぇッ」
『ふふ、そうですか。であれば、この後、配信で見るとよろしい。きっと盛り上がります』
キングさんは意味深にそう呟いた後、『それでは失礼致します』と言ってゲームからもボイスチャットからも退出していった。
いったい何だというのだろう。
俺は首を傾げながらも、その出場者の名簿を確認するために、底辺VTuber連合のQwitterを開く。
『どんな奴が出るのか楽しみだな!』
「あれ、SK知ってるんじゃないのか?」
『プロとセミプロとかが出るとは知ってるけど、誰が出るかは知らん!』
「…ふむ」
あんなに自信満々で勿体つけていたのに知らないのか。
単純に知ってる自慢したかっただけなのかな?。
『ら、ラッシュ!!す、すす、凄いやついた!!りりりr、リスト見てみろ!今すぐ!!』
唐突に驚いた様子でSK。
おそらく出場者のリストを見て、そこに凄い人を見つけたのだろう。彼女が言っていた凄い人を。
俺は彼女に急かされるがまま、リストの画像をタップしてずらりと並んだ名前に目を通していく。
「……え?」
個人でもそれなりに名前が知れ渡っている人もいれば、聞いたこともないVTuberがちらほら。中には同業者ではない現実のプロゲーマーもいる。当然、ピリリカさん達もいる。
結構すごい人たちが出るんだなぁ、と思ったのも束の間。
そんな中でひと際、異彩を放つチームがあった。
いつの間にか命名されていた『ケロぺロスの輪』ではない。その隣にあるチームだ。
そのチームの名は『ポロシュターズ』。
チームメンバーは、
―――
今を時めく日本のVTuber。
チャンネル登録者がつい最近1000万を超えた、世界で五番目に人気があるVTuber。
超新星、二成琉琉。
その彼女の名前が、底辺VTuber連合の大会出場者リストの中にある俺の隣に記されていた。
「……まじ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます