第27話 ポロシュターズのリーダー
【※三人称で話が進みます】
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株式会社カパーが運営するVTuber事務所、ポロライブプロダクション。
そこに所属する男性VTuberグループ『ポロスターズ』の内の一人、
生意気な後輩キャラとして先月デビューしてから順調に女性人気を獲得していき、これからも年下系アイドルユニット『YOUNG YOUNG』の一員として頑張ろうとしていた矢先のことである。
もう、かかってくることは無いだろうとグレンが思っていた番号から着電があった。
元先輩であり、恩人であり、憧れだった人。
そして、紅蓮鳳来の中身が、贖罪という業を背負うきっかけをもたらした
彼の悩みの種であるそれからたった今、かかってきたのだ。
―――プルルル、プルルル。
「グレ~ン、電話なってるけどでないのぉ?」
スタジオがある事務所の休憩室にて。
YOUNG YOUNGの主柱ともいえる存在――旋律アバロンが、か細く、可愛げのある声で
嫌な予感と共に押し寄せてくる焦りで冷や汗をかいていたグレンは、「あ、あぁ、いまでるっすよ?はは」などと返し、童顔に乾いた笑みを浮かべながらスマホを手に取った。
「…もしもし」
今年、二十歳を迎えたグレン。
未だその声帯は中高生のそれ。
子供のように怯えた声を出し、彼は電話に出た。
『もしもし、久しぶりだね~、元気にしてたかい?』
低音が効いた甘い声。
やけに明るく、優し気な態度で臨んでくるそれ。
第一声から憎まれ口でも叩かれるかと戦々恐々としていたグレンは、まるで怒気のないそれに肩透かしをくらう。
しかし、よくよく電話相手である夢野渉のことを思い返してみれば、逆にそれが恐ろしい事だったのだと遅れて気がつき、緩みそうになった警戒心を再び強める。
『今、暇だったりするかな?』
「い、今はその…暇じゃない…っすよ?」
『そっかぁ、それは残念。積もる話が沢山あったんだけど、それはまた今度にしようか』
何事もなく通話を切れる。
そのことにグレンはホッとした。
『じゃ、早速本題なんだけど』
通話は切れない。
そのことにグレンは顔を強張らせた。
『君って確か、ゲーム好きだったよね?』
「…好きっすけど、それがどうかしました?」
『なら大会とか興味ない?』
「大会、っすか?」
『そうそう、君も好きなABEXってゲームの。
瞬間、グレンは悟った。
夢野渉という男に、身バレしてしまっているという事実を。そして、何が目的で今さら電話なんかしてきたのかの理由を。
日本一有名なVTuber事務所。
そこに所属しているグレン。
答えは自ずと導き出される。
――名前を売るのを手伝え――
言外に、グレンはそういわれた気がした。
「い、いやぁ、そのぉ…今は忙しいっていうか、なんていうか」
『そうかそうか、我々、底辺Vtuber連合が主催する大会に参加してくれるんだね?ありがとッ!さすが私の後輩にして
反論の余地なし。
グレンは断ることを諦めた。
流れるままに流れようと天を仰いだ。
贖罪の核心を突かれては、もはや彼に出来ることは何もなかった。
『君が出てくれると知ったら、妹も喜ぶよ』
「……
『あの子のための大会だからね』
「…成程」
『それと、私は出ないよ?』
「え、出ないんすか?」
『うん』
名前だけは知られているポロスタ。
売名行為をするならそこそこの機会。
そんな僅かなチャンスを夢野渉は見逃すという。
憧れたあの背はもう見られないのかと、残念にも思えた。思えてしまった。
『かわいい妹の門出だからね、邪魔はしたくないのさ』
そういえばこの人はシスコンだったと、グレンは遅れて思い出した。
『大会の日程とか詳細はおって連絡するよ。ごめんね、
「…は、はは、いいってことっすよ、ははは」
YOUNG YOUNGはこの後に収録がある。
今はそのための準備時間。
事務所のスタッフたちは慌ただしくしているが、タレントであるグレンたちは出番が来るまで暇をもてあそんでいる。
長々と会話できる時間は十分にあった。
だから何の問題もない。
そう、問題はないのだ。
何故か電話越しの相手にそれのことを把握されていたとしても、何ら問題はないのである。
グレンは内心で自分にそう言い聞かせ、乾いた笑みを夢野渉へと返し続けた。
『あ、そういえば、君がパーティーリーダーだから、メンバーは自由に選んでくれて構わないよ。頑張って
「…了解っす」
『大会の詳細とか決まったらまた連絡するよ!』
「…うっす」
『それじゃぁ、またねぇ~♪』
特徴ある低い声で明るく振舞う夢野渉。
まるでステージ上のアイドルの様な彼の明るすぎる態度に、グレンは人知れず唇を噛み締めた。
『期待しているよ』
通話が切れる刹那、どす黒い感情が籠った声が、グレンの鼓膜を揺らした。
まるでゲームのラスボスのような覇気を纏ったそれ。
グレンはビビらずにはいられなかった。
「き、期待されちゃったぁ……あはは」
グレンは何度目になるか分からない笑みを浮かべ、まずはマネージャーに話を通してから、大会のメンバーを探すことにした。
== 数日後 ==
世界的に大流行しているVTuber。
必然的に視聴する層は拡大していく。
十数年前までは視聴者の男女比率は9:1で男性視聴者が圧倒的に多かった。けれど今は違う。
男性7割、女性3割、と徐々に後者の数が増え続けている。
男性VTuberからしたら恵みに雨だ。
この期を逃さず、ここで大成功の文字を掴み取ろうと、多くの男性VTuberが奮闘している。
企業も個人も変わらず、世のバーチャルに生きる男どもは日々、躍動し続けているのだ。
「……はは、ははは」
そんな彼は今、
お昼のピークを過ぎ、落ち着いた空気が漂うファミレス。
その片隅で、グレンはとある二人組を正面に、席へと腰を落ち着かせている。
落ち着かせている、否。
それは見た目だけ。
内心は緊張でガクブルだった。
グレンが緊張で吐きそうになるほどの二人。
いや、正確には一人だ。
真正面に座るスーツ姿の大人の女性――ではなく、その横に座る少女ほどに幼く見える体躯を持つ存在に、グレンは色んな意味で緊張していた。
「本来、適切な人を間に挟んでの話し合いが望ましいのですが、この子がどうしてもあなたと話をしたいとのことで、急遽この形となりました。突然、無理をいって申し訳ありません」
マネージャーを名乗る素朴で大人な女性。
その彼女は続けて「この話し合いは他言無用でお願いします」と、小声で口にした。
このオフでの出来事を配信で話したら、さぞ己の身が燃え上がること間違いなしと思っていたグレンは、「もも、勿論っス!!」と首を何度も縦に振った。
「そちらのマネージャーは、やはり都合が合いませんでしたか?」
「そ、そうっすね、なにぶん急な展開だったもので…はは、申し訳ないっス」
この前の収録の際に、ちょっとした忘れ物をしていたグレン。
それを取りに事務所へ来たところ、二人とばったり遭遇。
そのままスルーされるかと思いきや、少し話がしたいということで今に至る。
同じ事務所の女性VTuberグループ『ポロライブ』とは違い、今はそこまで人気がないポロスタ(略)は基本、一人のマネージャが複数のVを抱えて仕事をこなしている。
一人のVでも重労働。
そこへさらに追加に追加となれば多忙が極まって過労死一歩手前。
特に今はポロスタの人気が徐々に出始めている最中で、マネージャー陣営の間では、常に
だからついさっき連絡して「今いきます」とは当然にしてならない。
グレンのマネージャーは今、熟睡中なのだ。
もしかしたらそのまま永遠の眠りにつくかもしれない程に。
今はただ、寝させてあげてほしい、というのがグレンの切実な思いである。
(マネージャー、大丈夫かなぁ)
グレンは疲労困憊のマネージャーの姿を思い浮かべ、内心でそう呟いた。
「グレン君」
耽美的な少年の甘い声。
否、少女の魅惑的な声。
それが慮外にグレンの身と心を鷲掴む。
強制的に黙させられたグレンは、息をも忘れ、視線を横に流して声の宿主である少女?…を見た。
「急な話し合いで悪いね、何か食べるかい?奢るよ?彼女が」
長すぎる黒髪を芸術的かつ、可愛らしく束ね、深々と帽子をかぶり、サングラスとマスクをした少女が、気安げにグレンへ話しかける。
心臓でも止まったかのような錯覚を覚えたグレンは、明らかに年下であろう見た目の女性にも拘らず「い、いえ、結構でございます!」といった不器用な敬語を披露した。
「こ、こらッ!、あれほど外では勝手に喋っちゃいけないと注意しておいたでしょ!。あなたの声はとても特徴的なんだから身バレするリスクが高いのよ!?必要な時以外、喋らないで!」
「あはは、ごめん、ごめん、そう怒らないでよマネちゃ~ん」
「だ、か、ら、喋らないでくださいってば!!」
小声で会話する二人。
グレンはそれを見てあっけにとられながらも、ゴクリ、と机の上に置かれた水を飲む。そして、マネージャーに怒られている少女へ視線を向け、やはりこのVTuberは只者ではないと心の中で呟いた。
声一つで世界を魅了し、そこに在るだけでグレンを圧倒。
たった数ヶ月でチャンネル登録者数1000万人を超えたその存在は、現実においても異常の一言に尽きた。
何が超新星だ、何が二成りだ。
どうせ登録者を買ってるだけだろ。
と、嫉妬交じりに馬鹿にしていた頃の己がただただ恥ずかしいとグレンは思う。
超新星、日本一、二成琉琉。
これらの言葉に、嘘偽りはなかった。
グレンは身をもって今日、それを知った。
モノが違う。
違い過ぎる。
圧倒的に。
真、人間かも疑わしい程に。
少女が醸し出す謎なオーラに、グレンはただただ圧倒されるばかりだ。
「グレン君が最近出した企画、通らなかったらしいね?」
他を圧倒する不思議な雰囲気を纏うその存在が、いつの間にか注文していたステーキを配膳ロボットから「ひゃっほー♪」と、うれし気に受け取りつつ、話はじめる。
彼女の隣に座る女性が額に手をやった。
お喋り娘は止められないと判断したらしい。
せめて小声で、と注意したあと、彼女は諦めたようにため息をついた。
「企画…ですか?」
「ABEXの大会に出たいっていうあれだよあれ」
「あ、あぁ…あれっスか」
夢野渉から電話があったその日に、グレンはマネージャーに大会へ参加するといった企画書を提出した。
事務所の者と一緒に出るなら、と企画は一応にして通ったのだが、肝心のメンバーが戦慄アバロン以外に集まらなくて結局、無しになってしまったそれ。
二成琉琉はそのことを言っているのかとグレンは思い至る。
「なんで知ってるんすか?」
「風の噂でちょっとねぇ」
「なるほど」
「一人たらなくて通らなかったんでしょ?」
「まぁ、そうっすね……はぁぁ」
企画が通らなかった。
夢野渉の期待に応えられなかった。
それはつまり、己の破滅を意味しているかもしれない。
これまで犯してきた過ちの暴露。
きっと、この先に待っているのは破滅だ。
その事実を今の今まで忘れていたグレンは、逃げていた現実が急速で迫ってきているのを実感し、思わず深い深いため息を漏らした。
「僕がでてあげようか?」
帽子とマスクを外し、肉へとがっつきながら二成琉琉。
まるで二成琉琉のガワがそこにいるかのような可愛らしい容姿がファミレスの隅で密かに爆誕。
グレンは口をあんぐりさせ、二つの意味で驚愕し、彼女を見やる。
「マジっすか?」
「まじもまじ、おおマジだよ」
これまで一度たりとも男の気配をにじませなかった二成琉琉。
圧倒的なアイドルVTuberとして君臨していた彼女。
その純真無垢たる乙女が男を寄せつける。
あってはならない由々しき事態だ。
そしてそれに巻き込まれるグレンはきっと、聖なる乙女の盾たるリスナーによって、消し炭にされることだろう。
「まじっすか」
グレンはもう一度、引きつった笑みで確認をとる。
「まじもまじ、おお~~マジ!」
オーバー過ぎるリアクションで二成琉琉。
グレンは呆気にとられる。
「る、ルーちゃん?なな、何を言ってるのかしら?男性とコラボなんてしたら、あなたのリスナーが発狂するわよ?炎上も炎上、大炎上よ?」
二成琉琉のマネージャーが、顔面蒼白のまま口を動かす。
どうやら今日の話し合いの主旨は伝えられていなかったらしい、とグレンは彼女に共感を得る。
「ごちそうさまでしたッ!」
ものすごい形相で説得してくる隣のマネージャーを無視し、二成琉琉はステーキを完食した。
「ど、どうしてあんな底辺な催しに…」
お腹を「ぷふぇ~ッ」といいながらポンポン叩く彼女へ、グレンは疑問を口にした。
底辺Vtuber連合が主催するABEXの大会。
一般人レベルの知名度しかないそれ。
開かれている非公式の大会の中でも圧倒的に認知度で劣る。
ポロライブプロダクションという事務所が築き上げてきたブランド力が低下しかねない程の底辺の大会。
出るだけ損。
二成琉琉が出たいといった大会は、グレンからしたらその認識に他ならなかった。
だから、日本一のVTuberが出る理由がグレンにはどうしても思いつかなかった。
もしかして、俺のこと好きなのか?と、冗談交じりにグレンは心の中で呟いてみる。
「可愛い僕の知り合いがその大会に出るから、せっかくだし参加しようかなぁ~って」
知り合いが出るから大会を盛り上げたいのか?と、グレンは勝手に解釈。
「かわいい…知り合いっスか?」
「うん、とびっきり可愛い子がね」
二成琉琉がいう、とびっきり可愛い子。
どれほど愛らしい見た目をしているのか、とグレンは少し大会に興味がわく。
「名前はなんていうんっすか?」
「それは内緒。僕だけの、ひ、み、つ♪」
唇に人差し指を当て、妖艶に微笑む二成琉琉。
可愛い。
只ひたすらに可愛い。
声も見た目も何もかもが。
バーチャルだけでなく、現実でもこれほど美しく、愛らしい存在がいたと知ったら、世界は一体どうなってしまうのだろうか、彼女を巡って戦争でも起きるのではなかろうか、とグレンは思う。
「それでどうだい?、僕をパーティーに入れてくれる?」
「全然……問題ないっスけど…、逆にいいんすか?あんな大会に出て…。言っちゃえば、二成琉琉という名前に泥をかける行為っスよ?」
グレンは二成琉琉の隣で顔を青くしている女性マネージャーをチラチラ見ながら質問する。
「いいよいいよ!僕が出れば泥も聖水さ♪」
軽い感じで二成琉琉。
引くは微塵もないご様子。
底辺Vtuber連合主催のABEXの大会。
二成琉琉、参戦である。
「…本当に出るの?ルーちゃん」
「勿論でるよッ!」
「スケジュールとか結構キツキツなんだけど…」
「大会のため…いや、あの子のためなら身を切る思いッ!!」
「もしかして……、アトランタで四天王とオフコラボも蹴るつもり?」
「勿論!」
「史上最大級の炎上待ったなし。…おわった」
二人の規模がでかすぎる話を引きつった笑みを浮かべながら、己に降りかかるだろう負債をどう処理したものだろうか、とグレンはひとしきり思考を巡らせた。
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