第25話 ストーカー少年、現る
体がだるい。
頭がズキズキする。
何もやる気が起きない。
早朝、謎の倦怠感と頭痛に苛まれながら、俺は目を覚ました。
だるくて、だるくて仕方がない。
スマホをいじる気力すら湧いてこない。
行動の何もかもを放棄して、ベッドの上で只ひたすらに生きる屍と化している。
瞼を閉じても寝れないので、締めきった薄暗い部屋の中、天井でも見て時間をつぶす。
それからボーっとすること約一時間。
倦怠感と頭痛が少し治まってきた頃。
ふと、あることを思い出す。
思い出したのは、昨日のことだ。
10時間以上もSKとABEXをやったそれだ。
色々とやらかした気がしてならない。
ラッシュのキャラを著しく崩壊させた気がしてならない。
最初の数時間は、いつも通り配信をしていた。特に問題らしい問題は起きてない。
せいぜいが、SKと視聴者に怒られ過ぎてちょっとばかり鼻声になっただけ。他は特にない。
しかし、中盤あたりからがわからない。
いくら思い出そうとしても、遡るたびに記憶が朧げになっていくからだ。
「……俺、いつ寝たんだっけ?」
ラッシュの無様な姿を断片的に思い出していたら、最終的に自身がいつ寝たかも定かではないことに気がついた。
はてさて、俺はいつ寝たのだろう?。
もしかして配信中ではなかろうな?。
なんだか体がべたついている気がする。
配信を終えたらお風呂に浸かろうと思ってたけど、入ってないのかもしれない。
ということは、だ。
「……」
俺は嫌な予感に突き動かされるよう、のそのそと枕元に手を伸ばす。そして、スマホを掴んでWi tubeを開いた。
アプリを開いてすぐ、豪傑のラッシュが配信中ではないことを確認。とりあえず配信は切っていたか、と安心。
昨日のアーカイブも残っていたので、続けてそれを視聴。
とばしとばし内容を確認していく。
断片的に豪傑のラッシュの無様な姿が映る。
何も見てないを装って、配信の終わりらへんまで視聴。
「っひぃ」
俺は体をビクつかせ、小さく悲鳴を上げた。
俺以外、誰もいないはずの配信。
それに女性の声が入っていた。
聞き覚えのないそれが…。
霞さんや零さんのではない。
ましてや、未だに既読無視する母のでもない。
まったく知らない女性の声だ。
ホラーである。
怖いのである。
俺はそういうのを観たり、聞いたりするのは好きだが、体験するのは好きじゃない。
やめてほしいのだ。
切実なのだ。
お願いなのだ。
「…ま、まさか、イケル君…なのだ?」
反射的にとある存在が脳裏をよぎった。
決して思い出してはイケナイ存在であるそれが。
俺の部屋で、いつの間にか行方不明になっていたイケル君。
三ヶ日へ向かう前に一度しか稼働せず、使いどころがなくて放置していたらいつの間にかクローゼットから忽然と姿を消していたイケル君。
声の主は、もしかしたらそれではないのかと思い至る。
それはホラーがすぎるのだ……。
―――ピンポーン。
昨日も友達の家へ泊りに行った雪美へ、気を紛らわせるようにREINをしていたら、インターホンが鳴った。
思い出してはイケナイ存在。
故にそれは来たのだと、瞬時に悟る。
俺はすぐさま己が助かる道を模索。
そして生贄という方法を思いつく。
迅速に行動を開始した。
毛布の中にフワフワ枕を入れる。
人ひとり寝ているようにカモフラ―ジュ。
秘儀、生贄の術――完了。
イケナイ君へ捧げる生贄の準備を終えた俺は、自身が先に襲われないよう、ベッドの下へカサカサと潜り込んで、身を隠した。
物音ひとつ立てず、息をひそめる。
―――ドクンッ、ドクンッ。
冷房が効いた肌寒い部屋の中。
息が詰まる静寂が訪れる。
俺の心臓の音が耳喧しく響き渡ってしょうがない。
とまれ、俺の心臓。
…止まるな、俺の心臓。
―――ドクンッ、ドクンッ。
ホコリ一つないベッドの下。
床に耳を当て、数秒、数分がたった。
何もない、と思いきや、階段を誰かが上がってくる音が聞こえてきた。
トントン、と軽い足音が聞こえてくる。
まるで誰にも気づかれぬよう、忍び足をしているかのようだ。
「……」
もしかしたら学校の奴らかな?。
…とは思うまい。
いつからか来なくなったあいつらかな?。
…とは今さら思うまい。
来るたびに家族に追い返してもらっていたあいつらかな?、なんて、どうしてこの俺が思えよう。
自業自得。
だから筋違いに寂しがっても仕方がない。
「……ずずっ」
俺は空気も読まず、無意識に鼻を啜った。
希望的観測をする思考を止めた。
―――コン、コン。
扉をノックする音が二回。
続けて少しの間の後、扉が僅かに開く。
部屋の中を決して覗かぬよう控えめに。
俺が設けたルールを律義に守っている。
イケナイ君もルールは守るらしい。
案外いい子なのかもしれない。
頼むから見逃してくれないかな?。
「美春様、お目覚めにございますか?」
まるで母の様な優しい声音。
ゆったりとした落ち着きのある口調。
全てを包み込む包容力を不思議と感じさせる。
イケナイ君は大人な女性のようだ。
…いや、違う。
この声は、イケナイ君ではない。
俺の言うこと成すことほぼ全て肯定してくれる人。
全肯定の霞さん、だ。
「…おき、……てる」
俺は心底ホッとしながら、助けを求めるように返事を返した。いつもの物音ではなく、ちゃんとした声で。
距離もある。
霞さんは女性。
視界にも入れていない。
それなりに好感度も高い。
イケナイ君という怖い存在。
それらが合わさってか、自然と声が出た。
本当の声を晒しだせた。
耳障り、且つ喜色の悪いそれを。
霞さんという個人に対して聞かせられた。
家族以外の応答に声を出して返事をしたのは、これが初。
どうやら俺も、ちょっとは成長しているようだ。っふ。
「…ッ」
扉の先から息をのむ音が聞こえた気がした。
続けて、「私めにお声を…」と彼女の呟きも微かに。
なんだか驚いている様子である。
甘ったるいこの声を耳にするのは初めてじゃないだろうに、何を驚く必要があるというのだろう。
まぁ、俺自身、声が出せた事実に少し驚いているので、びっくりするのはなんとなくわかるけど…。
「こほんッ」
霞さんが咳ばらいを一つ。
謎にあいた会話の間を埋めた。
「美春様、ボーイフレンドなるものを名乗る少年が訪ねてきておりまする」
……へ?…ぼーい、フレンド?、……誰の?。
「友人知人他人はすべて追い返せとの言いつけでございましたが、…如何いたしましょう?」
若干、困惑の色を含みながら、霞さん。
俺は「まさか、俺の?」と内心で呟きながら、その少年の名前を聞いてみる。
「
そめたに…窓家?。
……だれ?。
え、てか、俺にボーイフレンド…なんかいた?。
そんなのいたっけ?。
でも俺…男……え?。
どういう、こと?。
―――ゴトンッ。
霞さんのせいで混乱状態に陥っていたら、不意に一階から大きな物音が聞こえてきた。何かが床に倒れた、そんな音が。
「美春ちゃん!!いつまでも家で引きこもってないで、僕と一緒に遊びに行こうよ!!遊園地とか、プールとか、映画館とか、ショッピングモールとかにさっ!!」
変声期真っ只中であろう男子の声が、一階から響いてくる。
おそらくたった今、話題に上がった少年のだろう。
まるで聞き覚えがない。
こんな声、俺は知らない。
だれ?……だれだ?誰なんだ?。
この俺をちゃん付で呼ぶ、この不届き者は。
「ワンッワンッ!!」
「わわ、やめろこのクソ犬!!お前もそこの暴力女と一緒で、僕と美春ちゃんの仲を引き裂こうというのかッ!!許せん!!」
「ワンッ、ワン!!!」
「ぎゃぁああッ噛まれたぁあ!!狂犬病!!死ぬぅう゛!助けて美春ちゃーーん!!」
名も声も知らぬ少年。
お前は一体…、誰なんだ?。
俺は色々と疑問に思いながらも、ベッドの下から這い出て、そのまま部屋の外へ。
そして、霞さんに軽く頭を下げられながら、騒がしい一階を階段の踊り場から恐る恐る覗く。
何やらしたり顔?をしていた零さんと目が合う。
わずかに口角を上げ、微笑まれた。
俺は右手を挙げて朝の挨拶を済ます。
「ぎゃぁああ!!やめろぉお!せっかくママに買ってもらった服がちぎれるぅぅう゛!!やめてくれぇええ!!」
コマ君に服を噛み千切られ、玄関で喚き散らかす丸眼鏡をかけた冴えない少年。
…どこかで見覚えがあるような、ないような。
「あッ!!み、美春ちゃん!!」
不意に少年と目が合う。
俺は身をギリギリまで壁で隠した。
「や、やぁ、久しぶり。今日も君はき、綺麗だ。いい天気だからプールでもいかないかい?」
どこかかっこつけた様な仕草と声で少年。
俺は無心を貫き、石像と化す。
「あ、僕、今日のデートのためにプレゼント買ってきたんだ。受け取ってほしいからちょっとこっちまで来てくれないかな?。ふふ」
コマ君が頑張って衣服を引き千切っている最中にも、少年はかっこつけることを止めない。ごく自然体を装って、会話を続ける。
なんだか…、シュールな状況だ。
―――ガチャっ。
不意に玄関の扉が開いた音が聞こえた。
俺はまた誰か来たのかとビクつく。
「ただい、ま?……だれ?おまえ」
雪美だ、雪美が帰ってきた。
友達の家へ泊りに行っていた雪美がやっと。
「あ、雪美君じゃないか?久しぶりだねぇ」
「だれ、あんた」
「誰、だなんて他人行儀な。
「……は?」
「美春ちゃんと僕は将来、結婚す――ぐぼぉえッ!!?」
気安げに雪美の肩をポンポンしていた少年の体が、突然「く」の字に曲がった。
俺は何が起きたのかと眼を白黒させる。
「うぉッ…うごぉおッ」
腹を抱えこむように両膝をついた少年。
苦し気に声を漏らしている。
俺はそれを見て何が起きたのか察する。
雪美の強烈なボディブローを少年は喰らったのだ、と。
「いまいち状況が分からん…が、おまえウザいな」
おいおい、我が弟よ。
ウザいからって理由で人を殴ったのかいいぞもっとやれ。
「兄貴、こいつ出禁でいいよな?」
こっそりと覗いていた俺に目ざとく気付いた雪美へ、OKサイン。
「ふむ、では私が外へ捨てておきましょう」
我が意を得たり、と言わんばかりに零さん。
うずくまる少年の首根っこを掴み、玄関の外へとぞんざいに放り投げた。
「うぎゃッ!」
少年の情けない声が聞こえてきた。
それを聞いた零さんは、「っふ」と満足げなご様子。
なんだか大人げない人である。
「ワオォオオーーンッ!!」
勝利の雄たけびを上げるコマ君。
人間の子供相手に勝利して嬉しいようだ。
褒めてほしそうに俺たちを見て尻尾を振っている。
最大の功労者として、あとでおやつを贈呈しよう。
「ふぁ~…ねみぃ」
眠たげに雪美が大きな欠伸をして、靴を脱ぎながら我が家へと上がる。
ションベン小僧の汚名も晴れ、随分と友達の家ではっちゃけていたようだ。
きっと、寝る間も惜しんで遊んでいたに違いない。
兄というこの俺を放置して。
…生意気である。
「おか、えり」
階段を上ってくる雪美へ、どもりながら挨拶。
「ん、ただいま」
「…か、帰ってくるのはやい、な」
「まぁね」
「家、恋しくなった?ほ、ホームシック…ククク」
「んなわけ」
「おしっこ、も、も漏らした?…ククク」
―――パンッ。
ブラックジョークをかましたら頭をはたかれた。
いたい。
「ちょっと疲れてんだ、じゃれるなら後にしてくれ」
「……な、なまいき」
「はいはい」
偉大すぎる兄の俺を適当にあしらった後、雪美は再び大きな欠伸を漏らしながら自室へと向かっていった。
小5のくせに随分と大きくなってきたその背を俺はムスっと睨む。
「…む?」
観察するように雪美を睨んでいたら、雪美が思いのほか汗でびっしょりだったことに気が付いた。
まるでさっきまで運動していたかのように、背中に汗を掻いている。
…そんなに外、暑かったのかな?。
俺は外の暑さを想像し、しばらく家から出ないことを決意した。
「朝食、食べましょう」
いつの間にかすぐ横にいた零さんにそう促され、俺はコクリと頷く。
「零、コマ君さまの御散歩がまだですが?
それに、あなたは先ほど朝食をとったでしょう。
…働かざる者、忠義者に非ず。」
「……今から、いってきます」
霞さんの冷たい眼差しを受けた零さん。
どうやら用事ができたらしい。
さりげなく握った俺の手を名残惜しそうに放し、コマ君のリードをもって、トボトボと玄関へと向かった。
「わんわんッ!」
コマ君は嬉しそうに尻尾を振り、吠えた。
そしてのろのろと靴を履き替える零さんへ、「おらッ、さっさと外に出せ!!」と言わんばかりに、何度もヒップアタック。
「…やめてください」
零さん、たまらずコマ君に懇願。
「わんわんッ!」
コマ君は聞く耳を持たず。
ヒップアタックは止まらなかった。
むしろ反応してくれたッ!、と言わんばかりに尻尾を振り、追撃のヒップを繰り出す。
嫌がる零さん。
喜ぶコマ君。
なんだか見ないうちに、二人?は仲良しだ。微笑ましい限りである。
「い、いって、…らっしゃい」
俺はリビングの扉の陰に隠れながら声を出す。
霞さんにも声をかけられた。
だから零さんにも声をかけてみた。
出ないのでは?、と思ったけど普通に出た。
今までは声を一文字でも出そうものなら、吐き気が込み上げて無意識に手で口元を塞いでしまっていた。
しかし、今はそれほど吐き気と嫌悪感を感じない。今まで感じてきたその不快感が薄れている。
原因や理由はよく分からない。
けど、出せた。
とりあえず俺はその結果に満足する。
「コマ君様、やっぱりお散歩は止めて家でゆっくりしましょうか」
「わう?」
「零、仕事の放棄は忠義の放棄。……許しはせぬぞ」
声にどこかドスを込めて霞さん。
ちょっと怖いのだ。
「…いってきます」
零さんは元気なさげにそう口にすると、「待ちくたびれたぜ、相棒!!」って言ってそうなコマ君にヒップアタックされながら、玄関の戸を潜った。
俺と霞さんはそれを見送り、食欲がそそられる香りが漂うリビングへ移動。
「今日も腕によりをかけ、朝食をご用意いたしました。楽しんでいただければ何よりでございまする」
「い、いただきます」
掠れるような細い声で、挨拶。
箸を手に取り、食事へがっつく。
その後、俺と霞さんは二人っきりで朝ごはんを食べた。
ちょっとだけ会話もできて楽しかった。
大変満足がいく朝食だった。
とってもおいしかった。
さすがは霞さんである。
朝の頭痛と倦怠感はエネルギーの摂取で大分、落ち着いた。
今日も一日、VTuber活動をこなせそうだ。
よかったよかった。
「…ん?そういえば」
霞さんと一緒にお皿洗いをこなし、自室でベッドへ横になって束の間の休息をとっていた時、ふとあることを思い出す。
「SKからREINきてない…、珍しいこともあるもんだ」
時刻はすでに朝の10時を回ろうとしている。
いつもなら、二時間早くSKからのABEXやろうという文字が飛んでくる。
だけど、今日はそれがない。なかった。
今日はSKが言っていたスパンキングなんとかさんと一緒に、ABEXの練習をするのではなかったか?。
もしかして、おれ…、見限られた?。
「…いやいや、そんなわけ……ないよな?」
ABEXは数の差で有利さがほぼ決まる。
たとえプロでも、そこは変わらない。
状況、タイミング、運、
それらがうまくかみ合えば、一人や二人でも三人を相手どることはできる。
しかし、それは賭けに等しい行為だ。
たとえどれほど下手であっても、ぎこちなく連携するパーティーの方が基本強い。
ABEXやその大会に本気で取り組んでいるSKが、進んで不利になる
SKもさっきまでの俺と同様、体調を崩しているのだろう。
きっとそうだ。そうに違いない。
俺のことを邪魔者あつかいして、スパンキングなんとかさんと二人で練習を始めているとかではきっとないはずだ。多分。絶対。
「……ちょっと、練習しておこうかな」
好機ッ、とみてデモンズソフト配信をしようとさっきまでは思っていたが、考えを改める。
俺はSKに見限られないために、一応、大会に向けてABEX配信を開始した。
その日は一度もチャンピョンを取れなかった。
昨日のホラー配信のおかげで人が結構、集まってきてくれたけど、いいところを見せられなかった。
……悔しい。
因みに、その後、デモンズソフト配信をちょっとした。
ABEX配信では1000人ちかく来ていた視聴者が、3人まで減った。
みんな豪傑のラッシュではなく、一般人のSKを所望していた。
……くやちぃ。
打倒SK。
許すまじ。
俺は勝手に嫉妬し、SKへ怒りをぶつけた。
今日、一日、連絡を返してくれなかった彼女に「ばか」とREINをして、眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます