第24話 5は「ケ」と読む

『すぱんきんぐ・メテヲだってさ!!』


 今日も変わらず朝からSKとABEX配信。

 それを始めてから既に10時間が経過。

 休憩らしい休憩は取っていない。

 まともに飲食を取らずぶっ通しだ。

 精神的にも肉体的にも限界が近い。

  

 …しかし、それでもやめられない。

 このABEXというゲームは止められない。

 始めたばかりで一番楽しいと言える時期。

 辞め時を見失うのも仕方なし。


 敵を倒したダウンさせた時。

 その部隊を壊滅させた時。

 そして勝者チャンピョンになった時。

 脳汁がどばどばと溢れ出てくる。

 何なら物資を集めるだけでも出てくる。


 たのち過ぎて辞められない。


 今も敵の死体デスボをあさって脳汁が止まらない。


 たのちぃ。


 たのちぃ…けど、疲れた。

 もう無理だ、限界だ。

 バイタル数値が低下し続けている。

 今すぐやめなければちんじゃう死んじゃう


 けど、やめようとするとSKが拗ねて空気わるくなる。


 空気が悪くなると視聴者さんたち怒って俺に暴言吐く。


 だからやめられない、止められない。

 ABEXによる無限快楽地獄から逃げられない。


『ラッシュ!おい!無視するなっ!。私たちのチームに入るやつ、すぱんきんぐ・メテヲだってさー!!』


 右手にマウス、左手にキーボード。

 俺は今、無意識にそれらを動かしている。

 まるで己の一部であるかのように。


 正面のモニターに映る一人称画面に己の視覚を同調させ、さも俺がその場にいる感覚を得ながら、死体デスボを漁り続ける。


『おいっ!私の声に反応しろぉッ!!無視するなぁあ!!』


 デスボから十分に物資を確保したら移動だ。


 現在、エリアの縮小が始まっている。

 ひとたびそれに巻き込まれたら十秒もたたずに負傷ダウンしてしまう。


 ダウンしたら、仲間に治療をしてもらわない限り、足を引きずることしかできなくなる。足手まといの何ものでもなくなってしまう。


 だから、安全地帯アンチへ行く必要がある。


 リングと呼ばれている危険エリアのダメージでやられるなど、豪傑の恥。


 戦場に生きる者が戦わずに死ぬなんてことはあってはならない。


 俺は豪傑のラッシュ。

 戦いに生き、戦いに死ぬ。

 それが定めにして、生き様。

 故に、後退はしない。

 前進あるのみ。


 俺は複数の部隊がやり合っている戦場へと突撃を開始した。

 

『おーいぃ!!らっしゅぅッ!!』


ちぃねぇえい死ねぇいい゛しねぇ死ねぇ゛(勇ましい声)…ふふ……ふひひひ」


 俺は勇ましくも雄たけびを上げながら、同じようにリングの縮小から逃げてきた複数の別チームベッチへと弾丸の雨を浴びさせる。


 みんながみんな、恐れるように俺から距離をとった。


 戦いの天才を目の当たりにし、本当の恐怖を知ったようだ。ふひひ。


『無視しないでよぉ…うぅ…ひっく』


≫どこ撃っとんねん。

≫完全にイっちゃてて草。

≫10時間もやれば頭もイカレル。

≫SK泣いちゃったかわいい。

≫正気に戻れラッシュいいぞもっとやれ。


『しゅぱんキング・メテヲだってぇッ!!』


 耳元で誰かが叫んだ。女の子だ。

 とても清楚な感じでかわいらしい声だ。

 俺の反吐が出るほど甘ったるい声とは大違いである。

 とても耳心地がいい。


『らっしゅのばかぁあーーー!!!』


 耳心地のいい声音が一変。

 女の子の聞くに堪えない怒声が耳をつんざく。


 ビクッと肩を揺らし、目の焦点が定まらぬ状態のまま周りを見渡す。


 が、誰もいない。

 声の主である女の子は自室にはいなかった。


 俺は首を傾げながら「しゅぱんきんぐ?」、と確かに聞こえたその言葉を口にする。


『3人目だよ3人目!おにぃがさっき見つけてきてくれたのぉッ!!』


「…ふぇぇ」


『私の話きいてる?!』


「ふぃぃ……」


『ふぃぃ、ってなに!?』


 なんだか女の子が怒ってる。

 誰におこってるのかな?。

 そんなに怒ってたらダメだよ?。

 まで怒られてるみたいでやだから。


『ラッシュ!!!』


 ふぇ?…らっしゅ?。

 らっしゅってなんだっけ?。

 らっしゅらっしゅ…ラッシュ。


 あぁ、そういえばだった。

 ラッシュは俺だった。

 

 俺は豪傑のラッシュだった、そういえば。


「僕……俺は…、豪傑のラッシュ……ラッシュなんだぁあ!!でぃりゃあああ゛ッ!!!」


『ら、ラッシュ!?どうした急に!?』


 敵部隊が立てこもっている小さな建物へグレネードを投げ、銃を連射しながら前進。


 その際、周辺に散らばっていたベッチに四方八方から集中砲火を浴びたが、オールドキャッスルのスキル――移動するシールドを駆使してなんとか耐えた。


 複数の別チームから豪雨の様に降り注がれた弾丸を掻い潜り、そのまま敵が潜む建物の中へ突入。そして――…、


―――ズドーーンッ!!。


 グレネードが爆発した。


 豪傑のラッシュは木っ端微塵に吹き飛んだ。


「あ」


 俺は吹き飛ばされる己の肉片を眺めながら呆然とする。


 そして、何が起きたのかを悟る。


「やりおるッ!!まんまと策にはまってしまた!!」


 俺が突入してくるとみて、とっさにグレネードを仕込んでおいた敵の見事な策。


 それを瞬時に理解したのだ。

 戦いの天才であるこの俺は。


≫だめだこりゃ。

≫戦闘データみろ自爆だぞ。

≫アホすぎるww。

≫こいつの配信で初めて笑ったは。


 今日も俺の(SKの)視聴者は容赦がない。

 けれど、なんだか楽しんでくれてるようで何よりだ。


 うれちぃ。


「……にぇむい…」


 なんだか最後の力を振り絞った感じがして、急速に眠たくなってきた。


 毎日10時間と+αで休眠してるのに不思議だ。


『よしっ、チャンピョン!!。ラッシュ見てたか!?、一人になってからの私の無双っぷり!!凄いだろ!!?ほめてほめてっ!!あはは、あはははッ!!」


 俺が肉片となってから野良さんと共にチャンピョンを取ったSK。


 さっきまで泣いてたのに今では元気よく笑っている。


 感情の起伏が忙しない子である。


 最初から今に至るまで彼女は元気だ。

 無尽蔵の体力を有している。

 デモンズソフトに出てきたらさぞ厄介な敵になったことだろう。

 いや、そもそも倒せる気がしない。

 戦う前から心が折れてしまいそうだ。


 SKがデモンズソフトの世界に生まれて居なくてよかった。


 俺はデスク上に上半身を突っ伏し、ホッと溜息。


「むむ、ラッシュ?…おーい、ラッシュ―?」


 川のせせらぎの様に耳心地のいい少女の声。

 耳元で子守唄をうたわれているようだ。

 必然的に瞼が重くなっていく。

 このまま眠ってしまいたい。


 でも、配信切らないと…。

 でも、ねむい……。


『うぅ゛ッ……はぁ、はぁ…いてて』


 突然にして苦しそうな声を漏らすSK。

 大丈夫?と口を動かすも声は出ない。

 もう口を動かす気力も体力もない。

 今は只ひたすらに、ねむい。


『…す、すまんラッシュ、今日はここまで。また明日メテヲも誘って練習しようなっ!!』


 最後に『んじゃッ!!』、と言ってSKの声が聞こえなくなる。


 俺は眠る前の挨拶をしっかりして、そのまま意識を手放した。


≫ラッシュふにゃふにゃで草。

≫犯人声で「ままおやちゅみ」はきもい。

≫俺たちはラッシュのママだった!?。

≫んぁ?こいつ寝てね?。

≫がちのおやちゅみかよ。

≫居眠り配信。

≫需要ねぇ。

≫はい解散解散。

≫SKも帰ったしな。

≫てかSKなんか苦しそうじゃなかった?。

≫それな。

≫ちょっと心配。

≫頭オカのお守で疲れたんだろ察してやれ。

≫ちげぇねぇ。


 視聴者数189人。


―――ゴトッ。


≫今なんか聞こえなかったか?。

≫耳障りな寝息しか聞こえんが?。

≫きのせいだろ。


 視聴者数157人。


―――ゴンッ!!。


≫うおッびびった。

≫おいラッシュ、起きてんだろ。

≫自演乙。

≫幽霊コワイ。


 視聴者数151人。


―――…イタイ。


≫ふぁ!?。

≫いたい…?。

≫痛い!?。

≫遺体!?。

≫なんか女の声が聞こえた気が…。


 視聴者数387人。


―――ドドドンッ!……イタイ。


≫いやいやいやコワイ。

≫おいラッシュいい加減にせぇ。

≫寝息に交じってイタイ聞こえる。

≫ラッシュじゃないっ!?!?。

≫だれやお前。

≫ひぃおばけぇえ。

≫自演乙。

≫ママンか?。


 視聴者数598人。


―――…ッチ、……ゲスドモガ。


≫なんか舌打ちきこえた。

≫なんか罵られた。

≫幽霊さんですか?。

≫ままんですか?。

≫だれだだれなんだおまえッ!!。


 このライブ配信は0分前に終了いたしました。


 視聴者数1571人。

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