第6話 マザコンな俺、恐竜になり、蝉となる
「ルー
いつもは俺の事をルーと愛称で呼ぶ母だが、偶に君付けで呼んでくるときがある。
大体にしてそう呼ばれるときは、母の有難い説教が始まったりするので、今回もそう言う事なのだろう。
『なに?』
ウィーンという機械音と共に、俺は母を見上げる。そして、ボイスチェンジャーで多少加工した低い声でそう返した。
声までも加工していることが気に入らないのか、母は膨らませていた頬を更にぷくぅと膨らませていく。
「ホントにそれで行くつもりなの?」
『それとは?』
「ルー君…、ママ、怒るわよ?」
ヘッドホン越しに聞こえる母の不機嫌そうな声。
少々にして心が折れそうになるも、俺は何とか耐え、画面越しに見える母へと、折れぬ意思を視線で伝える。鉄の瞳で。
「お外が怖いなら、ママがずっと側にいてあげる。だから、早く出てらっしゃい。皆、下で待ってるわ」
今日は静岡にいる山爺(親父の親父)への顔見せ兼お見舞いという予定だ。三泊四日のプチ旅行である。旅行へ行くのに何故、怖がる必要があるというのだろう。不思議だ。
『………こわくないけど?』
「怖くないなら、どうして出てこないの?」
『…ちょっと、お腹が痛くて』
「嘘おっしゃい」
『……嘘じゃ、ないですけど?」
「ルー君ッ」
母は声量を一つ上げ、空気を張り詰めさせるように、俺を君付けで呼んだ。
駄目だ、何を言っても引いてくれる気がしない。どうしよう。
「そんな玩具でおじいちゃん達にあっても、お小遣いくれないと思うよ?」
玩具とは失敬な。
俺が今、動かしている
タダで手に入れたフリー素材のラッシュとは比べ物にならないほど、緻密に制作されているんだぞ?。
人が行くには危険な場所や、足が不自由な人が、外の景色を見て回る時に利用される小型遠隔操作ロボ、通称「イケル君」。
段差も砂利道も何のその。
どこぞの大乱闘に出てくるロボットの様な見た目をしたイケル君に、踏破できぬ地は無い。手元のコントローラーただ一つで、何処へでも行ける画期的なロボなのである。
玩具なんてちゃちな言われ方をされていい代物ではない。
人の善意から生れたそれを、己の為に使って何が悪いのか。
母は俺の事を人間じゃないとでも言いたいのか?。
「早く出てらっしゃいな」
『……うぃ」
とはいえ、これ以上、交渉の余地は無さそうだ。
おそらくイケル君でも山爺たちはお小遣いをくれると思うが、それ相応に、月のお小遣いが減りそうなので、やむなしである。
田舎町に住んでる老人たちよりも、大分古風でお堅い思考の持ち主である母には、今どきのやり方は性に合わないらしい。…はぁ。
俺はPCの電源を落とした後、一応用意しておいた服――体のラインを隠せる緑色の恐竜の服――へと着替えをすまし、力ない足取りで、扉の前までいく。
ゆっくりと扉を開け、足元にあったイケル君を片付けたあと、母へと抱きつき、見上げる。
「……
== うれし気な母に抱っこされ、リビングへ ==
「皆、荷物は車に運び終わった?」
日もまだ出ていない時間帯。
リビングで小休憩を挟んでいた親父と雪美に、母が俺を
「へい、いつでも行けやすぜ、姉御ッ、へへへ」
親父がその熊みたいな巨躯を曲げ、いかにもな下っ端キャラといった風を装う。
「なら、いきましょうか。運転、よろしくお願いしますね、あなた」
「お任せあれ霰~」
ボケをスルーされたのにもかかわらず、何事もなかったかのように、親父は母から車のキーを受け取る。
不登校兼引きこもりとなってから、久しぶりに母と親父のやり取りを見るが、以前と何も変わってなくて正直ほっとした。
ネットサーフィンをしていると、時々見るのだ、引きこもりや不登校の子どもが原因で、家族がバラバラになっていく光景や、話を。
もしも、俺のせいで二人の関係が悪化し、離婚にでもなれば、俺はいよいよ親父を見限らなければならない所であった(冗談)。
でも、まぁ、この二人が離婚とか、俺にはちょっと想像がつかない。
親父は超ド級の愛妻家であり、母もまたそれ相応なのだ。
先程は冷たく母が父をあしらった風に、他人からは見えたことだろう。
だが、あの雑な受け答えこそが、二人の仲の良さを物語っている。
朝からイチャイチャするのは勝手だが、俺や雪美がいない所でやってほしい。なんかキモいから。
少し変わった両親の、変に仲睦まじい姿を見せられ、朝から俺の気力がワンダウンする。
「…」
俺は抗議の視線を送る様に、恐竜の頭部がついたフードの下で、親父を一瞥する。
顔を隠すほど深々と被った恐竜のつぶらな瞳越しに、目が合う。
獲物を目の前に、満面の笑みを浮かべ、涎を滴らせている熊さんと目が合ってしまった。
俺はすぐさま目を背け、木に張り付く蝉の抜け殻を演じ、母へとしがみつく力を無意識に強める。
「ミー君、怖いことがあったら、直ぐパパんを呼ぶのよ?怖いのぜーんぶ、取り除いて、あ・げ・る♬うふ~ん」
ママん助けて。おかまな熊さんがキモいよ。
「親父、あんまり兄貴をからかうなよ、怖がってんだろ?」
ママんではなく、弟が助けに来た。
セミの抜け殻を演じてる俺に、威厳なんてものは既に無いのだが、弟に助けられる兄というのがどうにも落ち着かない。
寛大な心をもって、接しようとしてくる雪美に、俺はモヤモヤしたものを抱いてしょうがない。
小5の癖に、中学生である兄を気遣おうとは、生意気な。
「おやおや、君はかの有名なアインシュタイン殿では?私はワントソン、こちらにいるコマ君の助手だ」
「わふッ」
「母さん、俺達さき車のってるから」
「うん、さきいってて」
滅茶苦茶な世界観で、家族とコミュニケーションをとる親父。大体にして繰り出されるボケはスルーされるが、それが日常であるので、誰も気に留めない。
スルーされる本人は、もう少し気にした方がいいかもしれんが。
「じゃぁ、あとコマ君の事、よろしくね」
二人を先に車へ向かわせ、母は
「畏まりました」
和風テイストなメイド服を着こんだ、大学生ぐらいの女性が、軽く腰を折って、静々と応答する。
この人は、母が実家から借りた使用人らしい。
名家として名高いらしい母の実家こと
使用人なんてものを容易く貸し出すあたり、相当にして人材豊富且つ、財力がありそうだ。…手紙出したらお金くれるかな?。
若干邪な考えを持ち、俺はその大学メイド(勝手に命名)さんを一瞬だけ見やる。
目が合った。
俺は母へと伏せた。
「どう?うちの子」
母は俺の背中を優しく擦りながら、不意にそんなことを口にする。
「コマ君様と御一緒に、お世話を仕っても構いませんが?」
「ふふふ、遠慮しとくわ」
「…左様で」
何処か残念そうに、大学メイドさんが母へと言葉を返した。
「
「承知しました。日付は何時にいたしましょう」
「その内よ、その内、じゃ、よろしく~」
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
適当な母に顔色一つ替えない大学メイドもとい、
おっとりとした様な、静かな雰囲気を纏う彼女の隣にお座りしているコマ君へと最後に目で語り合い、俺は母に抱っこされたまま、玄関を抜け、外の世界へと出る。
一人ではどうしようも無かった、外へと繋がる扉も、母と一緒であれば、恐怖が和らぐ。
割とあっけなく外へと連れ出された俺は、久々に外の新鮮な空気を吸い込み、まだ薄暗い空を見上げ、世界の広さを体感する。
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