第11話

 深緑とした森の奥。

 落ち着くような森林の香り漂い、耳を澄ませば川の水が流れる音や鳥の鳴き声が聞こえてくる。本来ならここに来るまでに相当の距離がある筈なのだが、エリーゼのゲートのおかげで道のりを省き一瞬で到着することが出来たのだ。


「収穫はあったかエリぴっぴ?グアンザ軍の手下がどこに出現したか手がかりは」


「いいえ、残念ながらまだよ。さっきから周辺にある高いエネルギー資源が存在する場所をスキャンしてるけど、今のところ反応はゼロに等しいわ‥‥」


 次元の歪みが発生した場所、次元神が持つ超感覚や超能力などで希少な鉱石が埋まる炭鉱や地下に眠る遺跡などのエネルギーが豊富であるグアンザ軍が狙いそうな各場所で何か異常が無いかどうかを調べているが、しかし未だに手がかりが見つからないエリーゼは肩を竦める。


 ふとオコワは自分たちが立つ場所の周りに群生している大量のキノコに視線を向ける。


「それにしてもこの辺ってキノコが多いな。穴場なのか?」


 言うとオコワは近くに生えていたキノコを無造作にちぎりとる。


「なあエリぴっぴ。このキノコって食べれるか?鮮やかで旨そうな色してるぜ?」


 オコワが採ったキノコの種類を聞くべくエリーゼに見せてきた。


「それはヒュドラダケよ、この次元の地球特有のキノコね。毒が入ってて食べたら死んだりお腹が痛くなったり死んだり吐血したりするから食べたらダメよ」


 一瞥しただけで見破ったエリーゼにオコワは心中で少し驚く。この次元について事前に調べ上げたエリーゼはもちろんこの世界に存在するキノコの種類についても知り尽くしている。

 実物を見れば瞬時に名前と性質を答えられる。


「毒キノコなのか、ふ〜ん」


 握っている毒キノコをあなたが空きそうな程にじっと見つめている。


「いただきまーす!!」


「何やってんの!!?」


 説明したばっかだと言うのに口に入れるという暴挙にエリーゼは思わず声を張り上げる。


「ぐばらあああああ!!!」


「馬鹿ああああ!!!」


 案の定と言うべきかヒュドラダケの毒に侵されたオコワは大量に吐血、地面をゴロゴロ転がり回って苦しみ悶える。


「こんのおバカ!毒があるって言った矢先なんで食べるのよ!!」


「食べたら旨いかもしれないじゃないか!」


「どんなチャレンジ魂よ!!」


 毒が入ってると知りながら味を確かめると言う無謀にとしか思えない挑戦心がどこから来るのか甚だ疑問である。


「それに結構美味かったぞ!」


「ソリャヨカッタネー」


 エリーゼはもう返答すら面倒くさくなってきた。ここでふとエリーゼはここにいないノーベル翔とナル美のことが気になり始める。


「にしてもノーベル翔とナル美。二人だけで遠くに行っちゃったけど大丈夫かしら?」


「アイツらなら大丈夫だ、最低一人は帰ってくる」


「どっちかは死ぬ前提なの!? 」


 非情なことを言うオコワにエリーゼがツッコミを入れていると、茂みの奥から物音が近づいてくることに気づく。


「「おーい!みんなー!」」


 噂をすれば何とやら、遠くの茂みの方から自分たちを呼ぶノーベル翔とナル美の声が聞こえてきた。


「あっ、二人とも戻ってきたみたいね」


 二人の声が聞こえた方向に視線を向けるとノーベル翔とナル美がこちらに手を振っている。

 しかしその後ろからは手足が生えた複数のでかいキノコのモンスターが二人を追いかけていた。


「「助けてええええ〜〜〜!!!」」


「モンスターいっぱい連れてきたああああ!?」


 安全な場所まで逃げるべくノーベル翔とナル美はエリーゼとオコワの近くにまで走ってきた。キノコのモンスターはオコワたちが対峙する。


「貴方たち今度は一体何しでかしたのよ!」


 キノコたちはオコワとエリーゼには目を向ける様子を見せず、真っ直ぐノーベル翔とナル美に殺意を向けておりこの二人が何かしたのは明白だ。


「森林伐採した」


「何故!?」


 ノーベル翔から奇行の内容を聞いたエリーゼが声を荒げる。


「ゴルフ場を作りたかったんだわよ!!」


「異世界にゴルフ場なんか作んな!!」


「言い争いはあとだお前ら!コイツら蹴散らすぞ!」


 オコワの一声によりくっちゃべるのはここまでな雰囲気が醸し出され、三人は一斉に構えを取る。

 四人の闘志を見たキノコたちは、ノーベル翔とナル美だけでなくオコワとエリーゼも標的と認識したのだろう、その瞳をギラつかせている。


「さすがに数が多いな、アレを使うか!」


「うわ!?なになになにだわよ!?」


 突如オコワがナル美を掴み上げ、キノコが集まる場所へ放り投げる。


「うべっ!」


 キノコたちの近くの地面に叩きつけられたナル美が短い悲鳴をあげる。奥義を繰り出すべくオコワはエネルギーを高め、ライスパワーが頂点にまで達した瞬間、オコワが地面に手のひらを叩きつけた。


「流派怒滅舞奥義『翠犯邪すいはんじゃ』!!」


 そこを中心に地面に蜘蛛の巣の如くライスパワーが張り巡り、キノコを縛り付けて身動きを取れなくする。


「ゴガアアアアア!!!」


 ライスパワーの網に囚われたモンスターたちを凄まじい威力のエネルギーが襲う。


「ぎょええええええええ!!!」


 キノコの近くにいたナル美も当然、オコワの技の餌食になっている。


「あれも流派怒滅舞の技なの?」


「いだいわよおおお!!やめでえええええええ!!」


 初めて見る技にエリーゼが驚き、技に集中しているオコワに代わってノーベル翔が今使われている技の説明をする。


「ああ、翠犯邪すいはんじゃ。周りにライスパワーの網を張り巡らし、縛り付けた敵にライスパワーを流して攻撃する技だ。アレに捕らえられたら脱出するのはまず不可能」


「死ぬううううう!!死んじゃうだわよおおおおおお!!」


「多勢を相手取る戦いには持ってこいの技ね」


 解説を聞いたエリーゼが翠犯邪という技を端的に評価し、それを尻目にナル美は絶叫し続ける。


「あぁあああ!もぅらめええええ!!お父さんお母さん今まで育ててくれてありがとだわよぉおおお!!」


「ていうかナル美も一緒に攻撃する必要はあるの!?」


 意識して無視していたがあまりの喧しさに痺れを切らしたエリーゼが叫んでいるナル美を指差しながらオコワとノーベル翔に問いかける。


「あるに決まってるじゃねえか!モチベーションがある方が威力を高められるんだ!」


「おお!ナル美が苦しんでるおかげでまだまだ頑張れるぞ!!」


「アンタらドSか何か!?」


 少なくともまともではない。

 エリーゼも口では声を張り上げているがナル美が何かの技に巻き込まれるのはもう日常茶飯事なため、エリーゼ自身も慣れ始めてしまっている。

 そのため判断に困り本気で助け出すべきかどうかは分かりかねる。


「大丈夫だ!ナル美だけは死なないように手加減してやる!」


 本当かしらと不安いっぱいのエリーゼは内心で呟く。そう言うやオコワはライスパワーの威力を高めて、キノコたちにとどめを刺そうとする。


「トドメだあああああ!!」


 オコワが掛け声をあげるとエネルギーが頂点にまで達し、キノコたちは大爆発を起こした。


「ほぎゃあああああ!!!」


 ついでにナル美もバラバラに弾け飛んだ。


「あ、やべ‥‥しくった」


「ナル美も死んだあああ!!?」


 完全にオコワの威力調整ミスである。

 ナル美だったプルプルしたもの地面に転がり落ち、大地に浮かび上がっていたライスパワーが消えていった。


「ちょっと!手加減したんじゃ無かったの!?ナル美も一緒に死んじゃったわよ!?」


怒声をあげるエリーゼに対して、さほど慌てる様子もなくオコワがエリーゼの方へ顔を向ける。


「エリぴっぴ、こうは考えられないか?」


 諭すようにオコワはエリーゼに言い聞かせる。


「ナル美には運が無かった」


「あんたは想定外の医療ミスした医者か!!」


 悟ったような顔でほざくオコワにエリーゼが声を荒げる。


「大丈夫だわよエリーゼ!アタシは平気だわよ!」


 体が至る所に散らばったナル美が声を発して、唐突にエリーゼに話しかけた。


「うわ!あなたその状態で生きてるの!?」


 予想外の生命力に驚愕の表情を浮かべる。エリーゼがすぐさま体をくっつけて治癒しようとするが、なんとナル美当人によって止められた。


「アタシはこのままでいい、このままでいいんだわよ。手足が繋がった女の子なんてもう時代遅れだわよ、これからアタシは体バラバラ系ヒロインとして売り込むんだわよ!」


「それってただの怪物でしょ!?」


 そんな猟奇的というか色々アレなジャンルが流行るとは思えない、というかエリーゼは思いたくなかった。


「ナル美それは違うぞ?」


 しかしナル美の爆弾発言を止める者がいた。

 ナル美の破片たちが声のした方を見ると、それはノーベル翔であった。


「女性の美しさは体がくっついてこそ完成するんだ。バラバラになるなんて勿体ねえよ」


「ノーベル翔‥‥わかった!アタシ、ちゃんと体がくっついてる系ヒロインに戻るだわよ!」


 元の姿に戻る決断をすると散らばっていたナル美の四肢が独立して動き出し、一箇所に集まる。

 ナル美が元に戻ってくれるようでエリーゼは安堵の息をつく。

 破片たちが合わさった瞬間、眩く発光し、光が収まるとそこにいたのは、エリーゼになったナル美であった。


「完全復活だわよ!!」


「私になった!?」


 自分の姿になったナル美を見て声を張り上げるエリーゼ、しかし背中にあるジッパーを開けると中からいつものナル美が出てきた。


「なんちゃってだわよ」


「着ぐるみだったんかい!!」


 何だかんだ襲ってきたモンスターを蹴散らし、オコワのミスで死にかけたナル美も元に戻り、エリーゼたちは捜索を再会した。


 捜索を始めてから数時間ほど経った頃、ふとオコワがエリーゼに呟く。


「いやーにしても腹が減って来たなー。エリぴっぴ、弁当あるか?」


「もう無いわよ、用意してた分貴方達が全部食べちゃったから」


 捜索が始まったばかりの頃、オコワ達がエリーゼの用意しておいた弁当を考えなしにバカバカ食べてしまったせいで事前にあった分の食料が全て無くなってしまったのだ。

 物質創造の神術を使えば何も無い場所に食材を出現させる事も出来る。

 無から有を生み出すのは神として基本でもあり、基礎的な奇跡だ。

 だがこんな魔物がどこに潜んでいるか分からない、グアンザ軍がどこにいるか判然としないところで料理などしたくは無いしエネルギーを無駄に消耗したくは無い。

 弁当が無いと知ったオコワとノーベル翔から猛ブーイングを受ける。


「もう無いだと!?ざけんな!!お前それでも改造人間『弁当ボーイ2号』かよ!!」


「意味分かんないわよ!何よ弁当ボーイて!!」


「弁当ボーイ1号はお前こそ2号に相応しいって凄く認めてたぞ!!」


「だから誰よ弁当ボーイ1号って!!」


 オコワとノーベル翔が言う弁当ボーイと言う謎の人物。正体は分からないがきっとロクでもない物体である事は確かなため、エリーゼはそんな者と同類になるのはまっぴらごめんだった。


「弁当ならアタシが持ってるだわよ!」


 二人の間へ割って入ったナル美の言葉でオコワがぱあっと笑顔になる。


「さっすがナル美は話が早いぜ!どっかの誰かさんは2号だもんな〜」


 視線だけを向けオコワはエリーゼを一瞥して煽る。


「悪かったわね2号で」


 そんな煽るオコワへエリーゼは威圧感の篭った冷徹な視線をくれてやる。


 そしてナル美はどこからか出した机の上に大きな一枚の皿を置き、体が生えたナル美自身がその上に乗っかり寝そべる。


「たんとお食べ!」


 オコワに視線を向けながら皿の上でやけに扇情的なポーズを取ってアピールする。オコワは顎に指を当て皿に乗ったナル美をしばらく見続けると


「汚物は流してしまえ 」


 不愉快に思ったオコワはナル美を食べようとせず、トイレへ流した。


「いやあああ!!やめてだわよ!!流さないでええええ!!!」


 悲鳴を置き去りにナル美はトイレの底へ水と一緒に流れて行った。


「馬鹿の相手は疲れるな」


「安心しろ!俺様が本物の弁当を持ってきてやったぜ!」


 廃棄処分されたナル美の代わりにノーベル翔が今度こそ本物の弁当を机の上に乗せた。


「ホラよ!!」


「サメええええええええ!!?」


 それは何の調理も施されていない生きたままのサメだった。予想だにしなかったピチピチのサメの登場に思わず驚くエリーゼ。


「「いただきまああああす!!!」」


 驚愕するエリーゼなど気にも留めず二人揃って生きた状態のサメにかぶりついた。やがて生のサメを食べ終え腹を満たした直後、ナル美がオコワ達の元へ慌てて戻ってきた。


「お前ら!大変だお前ら!クソ漏らすなだわよ!コレは常識の範囲を超えてるだわよ!ふざけんなお前らこっち来てだわよ!!」


「何?どうしたの!?」


 何か異常な光景を目にしたらしいナル美に連れられるがままに走って行く。

 そして辿り着いた場所では多数の魔物が地面に倒れ伏していた。明らかな惨状を前に動揺し、一同は神経を張り詰める。


「なんだこれは、魔物の死体がそこら中に転がってやがる」


「魔物たちが一斉に大喧嘩でもしたのかだわよ?」


 ノーベル翔が思わず慄くのに対してナル美は浮ついた、もっと言えばどこか緊張感の無い様子で独自の推測を口にするがすぐさまエリーゼが否定する。


「襲われたとしても魔物同士の争いだったにしてもこんな死に方は絶対に可笑しいわ。全く外傷が無いもの。体から直接生体エネルギーが全部抜かれてる」


 一体の魔物に手を翳して調べるエリーゼは魔物たちは何か特殊な力で体内のエネルギーを抜かれ絶命したのではないかと考える。

 そしてそんな芸当をわざわざする者などこの次元でも限られている。


「誰かが魔物からエネルギーを奪ったってことか?」


「どうもこれはグアンザ軍の仕業臭いわね」


 オコワの言葉に追従してエリーゼが推測を建てる。この事態がエネルギーの収集のためこの次元へ来た主な目的であるグアンザ軍によるものだとすれば合点が行く。

 もしグアンザ軍ではなく、もっと違う人物や組織の仕業だとしてもこの先に進む場合はより一層気を引き締める必要があるだろう。

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