第2話

 野生のお嬢様たちに絡まれていた少女を助けたあとのお昼時の時間帯、いつものようにオコワの自宅で三人で昼食を食べようとするバーカーサーの三人がいた。


 今日の料理当番はナル美であり、エプロン姿で台所で調理作業をしている。ただ料理を待ちぼうけているだけのオコワとノーベル翔は両腕を頭の後ろにやって、床に寝そべっている。


「みんなー料理が出来ただわよ〜」


 ナル美二人の元へ駆けて行き料理が乗った皿を机の上に並べていく。


「‥‥?ナル美、お前何だそのプルプルしたヤツは?」


 ナル美が食事と称して机の上に並べたのは、プルプルした謎の物体であった。プルプルした以外の何者でもない。もう料理と言うよりも前衛芸術と呼んだ方がいいように見える。

 当然、口に入れられるような物ではない。体内に持っていった瞬間、どうなるか分からないのは明らかだ。


「アタシの体をからちぎり取ったやつだわよ、食べれるだわよ?」


「何でお前は料理作った筈なのに自分の切断箇所を持ってきたんだ?こんなもの食えるわけねえだろ」


「いやいや、確かに見た目は不味いかもしれないけど、ゲテモノの方が味は良いものだわよ?」


「味の云々以前に体に入れていい物じゃ無くなってるだろ」


「だいじょーぶ。ちゃんと塩胡椒でしっかり味付けをしただわよ!」


「見事に無駄にしたな」


 材料がどうのこうのと言う問題ではない。オコワもノーベル翔もナル美の切り身を激しく拒否している。


「お腹に入ればなんだって食べ物だわよ。もう、いいだわよ。アタシ一人で食べちゃうから、後でちょーだいちょーだい言ってもあげないだわよ〜」


「いらねーよ、そんな産業廃棄物」


 二人は拒絶し続け、そしてナル美は怪訝な視線でオコワたちを見ながら自分の体の一部だった物を摘みとり、口に放り込んだ。「もっちゃもっちゃ」と咀嚼したと同時に、口から吐血とともに暗黒物質を吐き戻した。


「マズッ!おぇエエエ!!ヴォえェェェェェェ!!!‥‥ヴォオ!!」


「ほら見ろ」


 嘔吐するナル美をノーベル翔が冷えた目で見る。吐き戻すナル美の口からはよく分からない液体が一緒に出てくる。そしてナル美の吐き出したものを視界に入れるとあることに気づいた。


 ヒョイとノーベル翔がナル美が吐いた物を拾い上げて観察する。それは四角い物体の中心部に赤い半円形の出っ張りがある物だった。


「ん?何だこれ?スイッチか?」


「何でんなもんがナル美の腹から出てくるんだ」


 ノーベル翔はスイッチを再度確認して見た。スイッチと言うものは押したくなるような筆舌にし難い魔力のような何かを感じるものだ。


「ていうかコレどうするだわよ?」


「押す一択だろうが。押さなきゃ話が進まねえんだから」


「それもそうだな!スイッチオンヌ!!」


ポチ


 特に誰も止めるつもりは無いらしく、言われるがままノーベル翔はボタンを押した。しかし数秒経っても何かが起きる気配は無く沈黙がその場を支配していた。


「‥‥何も起きねえな」


「おっかしいな〜?どんだけ押しても反応しねえぞ」


「きっとアタシの腹の中に入ってたせいで壊れたんだわよ」


『装置ノ起動ヲ開始シマス』


「「「うわ!?」」」


 適当に連打していると突如鳴り響いた無機質な音声に驚き三人は声をあげる。ノーベル翔は驚愕するあまりスイッチを地面に落としてしまい、慌てて拾い上げる。


「おいコレ爆発したりしないだろうな!?」


 ノーベル翔の焦燥を抱くも、構わず無機質な音声は続いていく。


『コレヨリ異世界転移プログラムニ移行シマス』


「ちょっと異世界って言ってるだわよ?アタシたち別の世界へ送られちゃうんだわよ?」


「不味いな、いきなりすぎてオコワちゃん碌な支度も出来てないぞ」


 ナル美が危機感を感じている横でオコワはどこかズレた心配を口にする。たった今スイッチから発せられた機械音声の内容、きっと良からぬことが起こるのを察していた。


 その予感は見事的中した。


『タッタ今カラ転送ヲ開始シマス』


「「「ゑ?」」」


 スイッチの音声が鳴り終わった直後、馬鹿三匹の目の前の空間に穴のような物が現れたのだ。


「「ぐわあああああああああ!!?」」


 そして空間の穴は掃除機のように凄まじい吸引力で吸い込み始めた。


「吸い込まれる!吸い込まれる!一家に一台欲しいレベルの吸引力だ!!」


「アカンアカン!これ絶対アカンやつ!!穴に入ったら死ぬヤツ!」


 穴の吸引力によりノーベル翔の体が宙に浮かぶが、直前に手を伸ばしナル美を掴む。空間の穴に吸い込まれかけるも必死にその場で食いとどめていた。


 しかし空間の穴の吸引力は増していき、徐々に穴に向かって吸い込まれていく。


「いだだだだだだだ!離すだわよ!もげるだわよ!!!」


「頑張れナル美!お前だけが頼りだ!俺の命はお前の肩にかかってるぞ!!」


「知らねえわ!もげる!もげちゃうから離すだわよ!!」


 ノーベル翔に掴まれたナル美は足を思い切り引っ張られる痛みに悲鳴を上げながら床に伏せて吸い込まれまいと必死に耐える。


「オコワ!助けてくれ!せめて俺だけでも!!」


「何一人だけ助かろうとしてんの!死ぬ時は三人一緒ってあの時誓ったジャマイカ!!」


「んなもん誓った覚えねぇよ虫けらァァァ!テメェだけあの穴に吸い込まれてくたばっちまえばええんや!」


「ああああ!お前なんか地獄で焼かれちゃえ!」


 徐々の穴に引き寄せられながら、半ばヤケクソ気味の口論を繰り広げる馬鹿二匹。何か助かる方法が無いか必死に模索していると視界にオコワが映る。

 うつ伏せになりながらもオコワは、ほふく前進の要領で穴から離れようとしていた。二人より体格が大きいためその分の重さのおかげで吸引に逆らえたのだろう。


「オイ待ててめぇ!何一人だけ逃げようとしてんだ!!さっさと俺たち助けろおおおおおお!!!」


「ちょっと待ってろ!今湯沸かしてたんだ!火の用心しとかねえと火事になる!」


「待て!先に俺だけでもを安全な場所に持ってってからにしでいいだろうが!!」


「ノーベル翔テメェ!!」


「だから待ってろって、助かっても家燃えたら元も子もねえだろ!」


「テメェの貧相な家が燃えようがどうでもいいんだよクソ野郎!さっさと助けねえとぶっ殺すぞ!!」


「ぶっ殺されたくないんでクソ野郎は貧相な家が燃えないために火を止めてきまーす。さよならバイバイぴえんぴえーん(笑)」


「ギャアアアアアアアア!!待て待て!ジョーク!今のジョーク!インド風アメリカンジョーク!!クソ野郎は俺でした!哀れなクソ野郎をお助けくださいいいいいい!!」


 今までより速いスピードで台所に向かっていくオコワをノーベル翔が泣き叫んで慌てて引き止める。ここで助けてもらわねばナル美諸共ノーベル翔も穴に吸い込まれてしまう。

 しかし暴言の意趣返しとして思いっきりシカトされノーベル翔の命乞いも無駄に終わってしまう。


「おおおおおおい!!どうすんのコレ!?お前が暴言吐いたせいでオコワ行っちゃったんですけど!?」


「うるせえ雑魚の分際で過去ばっか振り返ってんじゃねえよ!後ろ向いてる暇があったら前を見ろ!未来を見ろボケェ!!」


「それっぽい事言って誤魔化そうとしてるけどこうなったのお前が原因だわよ!?」


「言われなくても分かってんだよ!んな事はよぉ!!ああヤバい!離すなよ!絶対離すなよ!?」


「え?こう言う時の離すなは離せって意味で汲み取るだわよ?」


「汲み取らんでいいわああああ!!フリじゃねえんだよおおおおお!!」


ツルッ


「「あ」」


 言い争いを繰り広げていた馬鹿二匹。そしてついに限界が訪れたナル美は手を床から離してしまった。


「ナル美の馬鹿野郎おおおおおおお!!フリじゃねえっつっただろうがあああああ!!!」


「にぎゃああああああああああああ!!?」


 当然吸い込まれるわけで、ノーベル翔とナル美は二人仲良く穴の中へ引きずり込まれて行った。二人を吸い込み終えた穴は小さくなっていき、やがて消えてしまった。


「おーいお前ら〜。引っ張ってやるからこのロープに掴まれ〜‥‥あれ、ノーベル翔?ナル美?」


 火を消し終えて台所から帰ってきたオコワが二人を助けるためのロープを片手に部屋へ入る。しかしオコワが入室した時には既に二人の姿は無く穴も閉じた後だった。


「おい‥‥まさかあの二人行っちゃった?穴に吸い込まれた?主人公を差し置いて異世界の行っちゃった感じ?」


 取り残された事実に間隔を置いて気づいた。


「おおおおおい!?主人公が取り残されましたけどおおおおお!!?ちょっとおおおおお!?開いてくれませんかああああああああああ!!?」


 自分だけ置いてけぼり食らったことに耐えきれず叫ぶオコワ。


「む?」


 彼の叫びに応えたように再度、空間の穴が開いたのだ。しかも先ほどと違って今度は乱暴に吸い込まず、静かに宙に漂っている。


「お〜開いた。親切な穴で助かった」


 まさかもう一度開くとは本気で思っておらず少し驚いたが、すぐに平常心へ戻る。

 空間の穴を見据えながらゆっくりと歩んでいき、着ている服についた埃をはたき落とし、一応髪を整えながら穴の中に入り込もうとする。


「じゃ、行くか!」


 決意を新たに意気揚々と未知の世界へ通じる穴を潜って行った。

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