異次元バーカーサー

鷲星

第1話

7月下旬からから8月下旬にかけての約一ヶ月の期間、世の学生たちは夏休みシーズンとなる。


誰かはバイトに勤しみ、誰かは全力で遊び、誰かは自堕落に過ごし、誰かは計画的に過ごすだろう。

夏休みと言う長い休暇は学生たちに多くの可能性を提示し、どのように過ごすのか、学生たちに数々の選択肢を選ばせていた。それは個々の選択次第である。


そんな夏休みの昼下がり、少女は困り果てていた。

まだ幼さが残る顔だが、今はその表情を曇らせていた。


その理由は‥‥


「おうコラこのお排泄物がァァァ!わたくしの自慢のドレスに、アイスクリームがついちまったじゃねえですことよ!!」


「どうすんですのコレェ!?クリーニング屋じゃダメなんですのよコレェ!?」


「ウッホゥ!」


「そんなこと言われたって‥‥」


 野生の悪役令嬢たちとゴリラに絡まれているからだ。原因は少女が片手に持ってたアイスクリームが野生の悪役令嬢の一人とぶつかった拍子にをべっちょりとくっつけてしまったのだ。


 お嬢様ズ(その内にゴリラが一体)の身長は少女の二倍はある。そのお嬢様たちが凄まじい剣幕でいたいけな少女に迫っているのだ。これはいけない。


「あーあーこりゃ弁償モンですわね!すんげー高かったんじゃないですのこれ!?」


「応ともですわ!核爆発にも耐えられる特注品ですわ!慰謝料、迷惑料、損害賠償も含めて100兆円はもらいませんとね!」


「ウッホゥ!」


「無茶振り過ぎない!?国家予算超えてるじゃん!!」


 無理難題を吹っかけられ少女は声を荒げるが、お嬢様たち(その内の一体はゴリラ)は彼女に容赦などしない。


「あらあら、あんまジョセフィーヌを怒らせない方がよくってよ?ジョセフィーヌは元グリーンベレーの叔父さんの弟の友達の親父のお姉ちゃんの息子のいとこの部下のそのまた部下のダチなんですのよ!?素直に払っておいた方が身のためですわよ!」


「つまり赤の他人じゃん!?グリーンベレー全然関係ないし!?」


 お嬢様の戯言に正論でツッコむ少女。そしてお嬢様が手を伸ばし少女の懐から財布を奪おうとする。

 ああ、哀れ。少女はこのまま有り金を全て盗まれてしまうのだろうか。


 しかしその瞬間、遥か遠くから何かが突っ込んできた。


「ォォォォオオオオオオオ!!!」


 張り上げられた声と足音がだんだんと接近してくる。叫び声が聞こえて来る場所に一同が視線を向けるとその発生源がいた。


「サンタだ!オコワちゃんはサンタクロースなんだァァァ!!」


 ソリを引きながら爆進するサンタクロースの格好をした明らかに頭のおかしい女と。


「その通りだオコワ!お前はサンタだ!誰が何と言おうとサンタクロースだ!」


「ソリを引いてちびっこたちに夢と希望を与えるんだァァァ!」


 ソリの上には二足歩行でしかも喋るトナカイが乗っており、サンタクロース格好をしたオコワと呼ばれた女に声援を送っていた。


「(何なのアレ!?)」


 異様な光景に固まるお嬢様、少女がこちらの方向に迫り来る狂生物に驚いていると彼らの方もこちらに気づいたようだ。


「って、何でサンタがソリを引かなきゃなんねえんだァァァァァ!!!」


 オコワがいきなり怒号を上げ、今まで引いていたソリを乗っていた二匹のトナカイごとお嬢様たち目掛けてすごい勢いで投げつけた。


「「「ぎゃああああああああ!!!」」」


「えええええええええ!?」


 ぶん投げられたソリが衝突して倒れ伏すお嬢様たち。突然の凶行を前に少女は声を張り上げて驚くしかなかった。

 そして起き上がったお嬢様がサンタの格好をした女を睨みつける。


「ずいぶんとナメた真似してくれるじゃありませんこと!なにもんですのテメェ!」


「どっからどう見てもサンタクロースやろがい!少年少女に夢と希望を与えるスーパーヒーローじゃァァァ!!」


「(サンタはスーパーヒーローじゃないよ!?)」


 自分をサンタクロースと言い張る頭がおかしい上に完全に相手をナメくさったような返答の仕方にお嬢様は怒りを露わにする。


「ふざけてんですのテメェ!!」


「あらあら、あんまりジョセフィーヌを怒らせない方がよくってよ?ジョセフィーヌは議員の叔母さんの子供の友達の兄ちゃんの親父の同僚のそのまた同僚のダチなのですわよ!?」


「ウッホゥ!」


「(結局赤の他人じゃん!さっきと変わってるし!!グリーンベレーどこ行った!?)」


 オコワの言い草に青筋を立てて怒鳴りつけるお嬢様。しかしオコワはそんなものどこ吹く風かと言わんばかりに冷静だ。


「女子供相手に怒鳴り散らしやがって‥‥情けねえなぁ?親が見たら悲しむぞアバズレビッチどもが」


「なんですのコラァ!?」


「どうやらこのお排泄物様はわたくし達の恐ろしさを知らないようですわねぇ。エリザベスさん!あの張り切りおビッチ様に現実の厳しさってのを教えておやりなさい!」


「ウッホゥ!」


「(そのゴリラ、エリザベスって名前なの!?)」


 突然現れた女の正体は分からないが、こちらを見下したような態度は許せないお嬢様たち。促されたゴリラことエリザベスが腕を振りかぶりオコワの顔面をぶん殴ろうとする。

 対するオコワは微動だにせず何かを察しているかのように、佇むだけだった。


「「ルール無用の地元走りィイイーーーーーーーー!!!」」


「ウボォ!?」


 しかし犬か猫っぽい謎の生き物とプルプルしたナマモノが乗ったバイクが真横からゴリラを跳ね飛ばした。完全な死角からの一撃はゴリラに致命的なダメージを与え、瀕死の重傷に追い込んだ。


「エリザベスゥウウウウウウウ!!!」


「よくもウチのボスをやってくれましたわねぇ!!」


「(あのゴリラがボスだったの!?)」


 仲間のゴリラが無惨に倒され憤慨したお嬢様が、背中に背負っている鞘に収められていたサーベルを引き抜き二体に斬りかかった。


「おっと!」


「ばっくすてっぽぅ!」


 振り下ろされたサーベルを謎の生き物とプルプルしたナマモノが咄嗟にバイクから飛び退くことで躱した。


「テメェらが力で何でも思い通りに出来ると思ってんなら、まずはそのふざけた考えをぶち殺す!」


 力強く言い放つ二足歩行の犬っぽい謎の生き物『ノーベル翔』。彼はオコワのペットにして宇宙最強の戦闘民族ノーベル人の末裔なのだ。


「さあ、お仕置きの時間だわよ?モッヒーども」



 こいつは『エター村ナル美』、スライム、プルプルしてる、以上。



「ちょっと!?なんかアタシの紹介だけテキトーすぎるだわよ!?」


「お前はただのスライムの塊だろーが、描写があるだけ感謝しろ」


「何でアタシだけ扱い悪いんだわよ!可笑しいだわよ!!」


 変わった語尾をつけた喋り方でナル美は己の扱いの悪さを嘆く。お嬢様たちは目の前のイカレた存在に慄き、そして怒りを募らせる。

 仲間を轢かれた挙句、目の前で訳の分からないやり取りをされてキレないお嬢様はいないだろう。


「ナメた真似してくれてんじゃねえですわ!!」


「こいつらもまとめてやっちまいますわよー!!」


 二人のお嬢様が乱入してきたノーベル翔とナル美に襲いかかる。


「ドンペリ二本入りまーす!!」


 オコワがどこからともなく酒瓶を取り出しノーベル翔とナル美に投げ渡す。正確なコントロールで投げられた酒瓶は二人と手に吸い込まれるように向かっていく。


「「ドンペリィィィニョォォン!!」」


「「ぐばあっ!!」」


 それをナイスキャッチした二人は迫るお嬢様二人の顔面に思いっきり叩きつける。その衝撃で割れて鋭利になった酒瓶を武器に、次々とお嬢様を薙ぎ倒していく。


「何だコイツら‥‥!?馬鹿つええ‥‥!」


「それにイカレてやがる‥‥!」


 ノーベル翔とナル美はあっという間に無数のお嬢様どもを叩きのめす。その光景を見ているお嬢様たちは愉悦に満ちていた筈の表情を恐怖に歪ませ愕然としている。


「そんじゃ、コイツでフィナーレと行っとくかぁ!!」


 二人が順調にお嬢様の数を減らしたところで、オコワは何もない場所から取り出した自分の身の丈よりも大きなバズーカを構える。

 砲口はしっかりとお嬢様たちに狙いを定めていた。


 これにはさしものお嬢様も目が点になったが、かろうじて現実に意識を保つ。


「あんなデカい武器がいきなり現れやがった‥‥それに今までのイカレた言動‥‥間違いねえ!」


 一人のお嬢様が合点がいったのか、唐突に叫んだ。そこまで言うとお嬢様は驚愕した表情で絶叫するように言った。


「バーカーサーだ!!あいつらはバーカーサーなんだ!!」


 その発言に、オコワは言葉ではなく攻撃を代わりにすることで答えた。


「ハッピーハロウィーーーーン!!!」


「「「ぎゃあああああああ!!!」」」


「クリスマスじゃないの!?」


 必殺の掛け声を言い放つと同時に、オコワはバズーカをぶっ放す。放たれたバズーカの閃光がお嬢様どもを飲み込み、(ノーベル翔とナル美を巻き添えにして)爆発した。


 そしてその爆発によってお嬢様たちは、アフロヘアーになりながら断末魔をあげて空の彼方へ吹っ飛んでいった。


「あーあ、オコワちゃんがまた世界を救っちまったな〜」


 鬼神の如き暴れっぷりを見せつけたオコワはやり切った感を出しながら勝利の余韻に浸る。どっかに飛んで行ったお嬢様たちを見届けたあと、助けられた少女はオコワに声をかけた。


「あ、あの‥‥?」


「む?何だアンタまだいたのかよ?」


 さっさと逃げてれば良かったのによ、とヘラヘラ笑いながら言う。


「助けていただいて、どうもありがとうございます。貴方がいなかったらどうなっていたか‥‥」


 まだ緊張が解れてないのか、恐る恐ると言った様子で言葉を紡いでいる。助けてもらったことにひたすら感謝しているようだ。


「なあに、通りすがっただけだ。ただの通り魔の犯行だから、気にすんな。あれでお前が救われたんなら、そりゃ運と偶然が味方してくれたんだ‥‥ごぶるァァ!!?」


「「じゃねえだろうがあああああ!!!」」


 しかし言ってる途中で復活したノーベル翔とナル美による大シャウトの伴った鉄拳を喰らわされた。


「なにテメェ一人の手柄にしてんだ!!」


「アタシたちを巻き添えにするんじゃないだわよ!!」


「ぴぎゃーーー!!痛いよーママー!!」


 そのまま倒れ伏したオコワを意趣返しの暴力の暴力による暴力の嵐で叩きのめす二匹。さっきまで毅然としていた淑女が情けない声を上げて一方的にボコボコにされる姿を見て少女は唖然とする。


「(これが‥‥バーカーサー‥‥?)」


 バーカーサー、その狂気を具現化したような存在の片鱗を少女は垣間見た気がした。

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