Day29「名残」(伊勢美灯子)
夏休みの計画書。そこに何か書けと言われ、「読書」と書くと、君はブレないねぇ、と言葉ちゃんに笑われた。だって、夏「だから」何かしたいとか……別にそういうのは、無い。
私はただ、何も起こらない、静かな、平穏な……そんな日々しか、望んでいないのだから。
そんなことを考えつつ、言葉ちゃんがノートに書き込んでいくのを眺めていると、教室に先生がやって来た。どうやら、施錠をするから出ろ、ということらしい。
荷物をまとめて教室を出る。外からは運動部の掛け声が響いて、どこかで風鈴の音が鳴っていて、太陽は照り、風は吹き、私の手のひらに、じわりと汗がにじむ。
……あの時、自分と彼女は手を繋いだ。
手のひらに灯るこの熱は、暑さのせいなのだろうか。それとも、貴方と手を繋いだ温もりが、残っているからなのか。
……先程見た夢は、もう記憶の彼方。随分と朧気だ。
「灯子ちゃん」
前を歩く言葉ちゃんが振り返り、私の名を呼ぶ。何ですか、と答えると、彼女は笑って。
「夏、いっぱい遊ぼうね!!」
夏の暑さがまだマシな方だったと言えるような、そんな笑顔だった。私にはそれが暑苦しくて、眩しすぎて、見ていられない。
だから、目を伏せて。
「……勉強してくださいよ、受験生」
「勉強もするけど!!!! それ以外で!!!!」
喚く言葉ちゃんを、はいはい、といなしつつ、目を開く。
そして手のひらを握りしめ、何もないフリを貫いた。
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