Day26「すやすや」(小鳥遊言葉)

 僕は目の前の光景に、しばし呆気に取られていた。それほど目の前の光景が、物珍しいものだったから。


 僕が興味関心を持っている生徒、伊勢美灯子ちゃんが、すやすやと眠っている。


 空き教室の後ろの方の席で、椅子にもたれ掛かり、気持ち良さそうに眠っていたのだ。大方、さっきまでこの教室で授業をしていたけど、寝ちゃってそのまま……というところだろうか。


 それにしてもその表情は、今までに見たことがないくらい……柔らかいもので。なんだか、勝手に見ても良いものなのかな、と思ったくらいだ。


「……」


 僕は音を立てないように彼女の前の席の椅子を引いて。そのままそこに座ると、彼女の寝顔を近くでじっと見つめた。


 ……やっぱりそんなに柔らかい表情、今までに見たことがない。まあ、めっちゃ好かれてるわけではない、ってことは知ってるけど。……僕だってそうだし。


 だけどなんか悔しいような、そんな気持ちが、ふつふつと沸き上がって来たような気がして。僕はそのまま灯子ちゃんの傍にいることにした。

 ……本当は顔に落書きしてやろうかな、なんて思ったけど、それは流石に迷惑だろうしね。


 僕は生徒会室でやろうと思っていた仕事を目の前に広げ、時折彼女の寝顔を拝みながら、淡々と仕事をし始める。


 当たり前だけど、僕たちの間に騒音はなくて、僕がシャーペンを走らせる音と、彼女の寝息。こんなにも静かで。……それが、とても心地よかった。

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