森林王への謁見

自業自得で怪我をしたあの日から大体1ヶ月は経った。


それなりに魔法を覚えることができてきたワタシは、クレアから特別指導として、近接戦闘の指南を受けていた。


「今からワシが教えるのは、基本的な魔力による戦闘にワシなりの武術を合わせた格闘技、『魔力武術マジックファイト』じゃ。」


「あれだね!この間の巨大なクマをぶっ飛ばしたやつ!」


「ああ、そうじゃな。ちなみにアイツはこの森の中でもそこそこ上澄みの強さである『ストロングベアー』という種じゃ。まだまだ勝てんから絶対に近付くでないぞ。」


Oh………名前からして激強なんだね……。


そこから、実際にクレアが構えていって基本の型を教えてくれた。


「『魔力武術マジックファイト』には主に二種類の構えがある。それが、『攻態アタックフォーム』と『防態ガードフォーム』の二つじゃ。まあその名の通り、攻撃の構えと防御の構えと考えてくれて構わぬ。」


そう言うとまず、クレアはクマを吹っ飛ばしたときのように、空手等でよく見るような構えを取っていた。


左足を前に出し、後ろにある右足のつま先は斜めを向いている。


「身体を正面に向け拳は顔の高さまで上げる。腕を上げると肩まで上がりやすいから注意するのじゃぞ。そして、両足のかかとは軽く浮かして重心をつま先に持ってくるのじゃ。基本の構えはこんな感じじゃ。あとは、殴る時はもちろん拳に魔力を込めるのじゃ。こんな風に…………な!!!」


そう言うとクレアは、正面に置いていた的を目掛けて右ストレートを放つ。


大して振りかぶってもいないのに、拳はブオン!!!と、大きく風を切る音が聞こえた。


そして、そんなストレートが直撃した的は、パァン!!!と大きな音を立て砕け散った。


「これが攻態アタックフォームの基本型じゃ。続いて、防態ガードフォームじゃな。」


すると、クレアは体の向きを、胸が右に向くような角度に変えた。


「正面で向かい合った時、相手から見て後ろ足は前足に隠し、前に構えている腕で自身の体を隠すイメージじゃ。体勢に余裕を持たせるために、膝は曲げて余裕を持たせるとリラックスして構えられるぞ。正面戦闘では、相手も隙がなく手が出しづらくなるのがこの型じゃ。」


これもどこか見たことある構えだなぁ。某7つの玉を集めるあの物語とかで主人公がこんな構えしてたような……………これ以上考えると誰かに怒られそうだから止めておくか………。


「ここまで見せたのはあくまで構えのみじゃ。パフォーマンスは向上するじゃろうし覚えていて損はない。しかし、魔力武術マジックファイトの一番難しい部分はここから攻撃に転じるところからじゃ。」


「え?なんで?魔力込めて殴るだけじゃないの?」


実際アニメやマンガはそんな感じでしょう。ワタシが死ぬ直前話題だったマンガとかは、魔力みたいなやつを纏わせるだけで、黒く光るパンチとかしてたし………。


「アホか。それじゃただの魔纏まてんじゃろうが。良いか、魔力武術は魔纏の攻撃と攻撃の魔法、二つを武術に合わせた格闘法で…………。」


「ヴッヴン!!」


語りがヒートアップしてきたクレアを諌めるためか、ミケさんが間に入ってきてくれた。


「クレア様、差し出がましいようで申し訳ございませんが、何度も申し上げるようにミコト様は転生者、私共の少ない教えのみですでに魔法や魔纏をできるようになっているとはいえ、彼女はその原理やなぜそれができるかを詳しく知っておりません。まずは、詳しく原理を教えるのが良いかと。」


そう!!そうです!!!それを待っていたんです!!!


「おお!そうか、そうじゃったな。そんな基礎中の基礎の説明、すっかり頭から抜けてたわい!!!ハッハッハ!」


1ヶ月前の、丁寧に教える宣言は一体どこにいってるんですかクレアロリババアさん?


「そうなると少し教え方を変えんとな。魔力武術マジックファイトの攻撃方法は、また後々教えてやるとしよう。しかし、ワシはあまり座学のような教え方は難しくてできんからなぁ、簡単な組手でもしながら身体で教えてやるとしよう。」


「それ、大丈夫?ワタシケガしない?」


「んーまあ、ストロングベアーに背中を切り裂かれるよりは痛くせんから平気じゃろう。」


いや一体何が平気なの?ケガ自体したくないんですけど?


文句を言ってても一向に普通に教えてくれなさそうなため、仕方なくワタシはクレアと初めて組手なるものをするのだった。




















「さて、まずは魔力とはそもそもどういうものか、というところじゃな。これは、簡単に言うとこの世界のどんなものにでもあるエネルギーのことを指す。このエネルギーがあればあるほど、超人的なパワーを得たり、魔法や能力スキルを使うことが出来る。その基本的な魔力を身体や武器等、色々な物に纏わせて戦う戦い方を『魔纏まてん』というのじゃ。これはすでにお前もできておるな。」


「まあ、感覚的だけど身に付いてはいると思うよ。」


ふーん、ゲームやマンガでよく見たり聞いたりしてるやつだから、ミケさんの説明を聞いた時点でなんとなく分かってたけどね。けど、1つまだここでは聞いてなかった単語があるな?


「魔法や魔纏まてんはなんとなく分かるけど、能力スキルってなに?魔法以外にも何かこの世界では特別な能力があるの?」


「ああそうじゃ。魔力を駆使して使うことの出来る、魔法以外の技術、それが能力スキルじゃな。さっき教えてた魔力武術もその1つじゃが、能力スキルと一般的に呼ぶのは、『個人異能力ユニーク』から派生して生み出された技のことじゃな。」


また知らない単語が出てきた。頭がパンクしそ~。


個人異能力ユニークって何?どんどん分からないのばっか出てきて正直やばいんですけど。」


個人異能力ユニークというのは、この世界に生きる人間が持つ、唯一無二の特殊能力。勝負によっては個人異能力ユニークの強さで勝ちが決まると言われているほどじゃ。例を挙げるなら、お主に最初に話した破壊神の話の神々の一族の特殊能力も、全て神々の一族それぞれが持つ個人異能力ユニークというわけじゃな。」


へぇ、そんな面白そうなものがこの世界に……………ん?待てよ?この世界に生きる人間…………ということは!!!


「それ!!ワタシにも個人異能力があるってこと!?なんでもっと早く教えてくれなかったの!?すごくワクワクするじゃんそんなの!!!」


ワタシがクレアにそう訴えると、クレアは少し渋い顔をした。


「そうしたいのは山々じゃが、個人異能力というのは発現するのに多少時間がかかるものなのじゃ。それというのも、個人異能力はその人間の理想像、なりたい自分、憧れの存在、そんな目標の自分になるために身体が身に付ける能力だと言われている。お主がそんな目標を早々に持っているなら話は早いが、お主はあるのか?なりたい自分が。」


「なりたい自分、目標、理想像、うぅん。あ!!1つ!理想像ならあるよ!!!」


なりたい自分、なってみたい自分、そんな存在がたしかに前世の経験から一つだけあるではないか!!!


「ほう?一体なんじゃ?」


「アイドル!!!」


「……………あい………どる?なんじゃそれは。」


「アイドルはね!!!それはもうすごいんだから!!!みんなの前で歌って踊れるスーパースターで、見る人みんなを惹き付けるんだよ!!!キラッキラのダンスを踊りながら歌う姿はさながら歌姫!!!!そんな全てを魅了するアイドルがライブステージに立ったが最後、その目を、その耳を、その意識を全てアイドルに向けることしかできなくなっちゃうんだから!!!!!」


ああ、自分で語ってて久しぶりに推しのアイドルヴィーナスちゃんのライブ見返したくなってきたぁ……………けどもうこの世界には無いのよねぇ…………泣


語り終えたところでふと我に返り、クレアの方を見る。…………なんですかねぇその冷たい目は。


「大丈夫かお前、もしかしてそのアイドルとか言う生き物は淫魔サキュバスかなんかの仲間じゃないのか??」


「し………失礼な!!アイドルは、もっとみんなに夢や希望を与えるすっごくキラキラした物なんだから!!!」


「あぁそうかそうか、すごいのぅ。」


ぐぬぬぬぬ、絶対バカにしてるなぁこの~!!


「だが、そうか。そんなに強い憧れがあるのなら、お主の個人異能力もその憧れに作用して、似たような個人異能力を持てるようになるかもな。」


…………そうか、ワタシもアイドルみたいに……。そっか、クレアが知らないように異世界にはアイドルがいないのか。いやそれとも、それっぽいものはあるけどそれをアイドルと呼ばない?


いずれにせよ、ワタシの想像するようなアイドルはこの世界にいない…………か。…………なんだか、少し良いことを思いついた気がする!!!


「いずれにせよ!じゃ!まずは修行!!!まずはこの組手で、戦闘での基本の『魔纏まてん』を、なんとなく使っていたところから、しっかり身に付けていくぞ!!!それ、構えろ!!」


「へ!?ちょっと、今考え事してヘブァ!!!!!」


…………もうちょっと手加減っていうのは無いかなぁ……こんのロリババア……。



























「フゥ、いやはや、疲れたな全く。」


「フフフ、最近はどことなく楽しそうですね、クレア様。」


「まあ、何も無い今までに比べたら、多少はのぅ。」


一日のミコトの修行を終え、風呂から上がり、ミケの淹れてくれた紅茶を飲んで一息ついていた。


「いやはやしかし、ミコト様の成長は目覚ましいものですね。あんなに詰め込んだ指導を、いとも容易く覚えていって、すでに魔力武術の基礎は身に付けたのでは無いですか?」


「そうじゃな、今まで教えてきた誰よりも吸収が早いのは間違いないな。」


そう、本当に誰よりも…………魔力武術は嘗て妹達にも教えたことはあるが、全員が向いていないとすぐ投げ出した格闘術。

とうの昔に出て行った弟子でさえ、ワシと同程度に扱えるようになる頃には、十年は経っていた。


魔法と言い魔力武術と言い、あやつの物覚えの速さは天才と言って良いじゃろうな。


「転生者は皆、こんな風に才能を持っとるのかのぅ。」


「……………予想より少し早くはありますが、これくらい強くなっていれば、良いのでは無いですか?」


「…………そうじゃな、さすがにいつまでもに何も言わずにここに置く訳にもイカンしな。そろそろ良い頃合いじゃろう。」


明日修行して、覚えの良さによっては、挨拶させに行っても良いかもしれんのぅ………………この森の、に……。




















「早く早く!!!早く行こう!!!早くーーーー!!!!!!」


「うるさいわい!!!もう少し落ち着いて待ってろい!!!」


朝からワタシとクレアの声がよく響く。


今日は、ワタシがこの世界に来て約3ヶ月が経った日、魔力武術も魔法もそれなりに上手く使えるようになり、ミケさん主導でこの世界のことも多少学んできたところである。


そんな、この世界にも慣れてきた今日この頃、ついに!ついに!!ついに!!!クレアとミケさんと一緒に、森の奥地まで行くことを許されたのである!!!!


「やっと!やっと!!やっっっっっっと!!!!異世界を自由に歩くことができるんだよ!!!これが落ち着けるはずないでしょ!!!」


「分かった!!分かったからドア開けたままそんなに騒ぐな!!!」


遠くでバタバタ準備をするクレアの怒号が飛んでくる。


「ミコト様、確かに私達と森に行くのは事実ですが、本日の目的は観光の様な楽しいものではなく、『森林王』へのご挨拶ですよ?それだけはお忘れなき様に。」


いつもはワタシのおふざけも笑って見逃すミケさんも、今日ばかりは真剣な眼差しでワタシを見つめてくる。


『森林王』…………このクレアの家がある、グラナディア大陸に広がる世界一広大な森林『ヴィーヴル大森林』の生態系を維持する王にして、この世界で異常生態種ユニークモンスターと呼ばれる生物が一体らしい。


なぜ異常な生態の種類、と書いてユニークモンスターと呼ぶのかはまだ正確には分かっていないらしい。


ある学者がユニークモンスターに該当する生物はどの生物も、元となっている生物とは全く違う生活を送るからという説、モンスターとは思えない異常な賢さを持つモンスターだからという説、色々な説がある。


ただ1つ、この異常生態種ユニークモンスターに共通する事項がある。




それは、どのモンスターもを誇るという点である。




一体が本気を出せば、簡単に国を滅ぼせる、現在確認されている全種の異常生態種ユニークモンスターが人類に敵意を向けたら、人類絶滅の危機に瀕すると言われるほどだ。


その内の一体である森林王の機嫌を損ねれば、その日のオヤツにされてもおかしくは無い、ミケさんからはそんな忠告を昨日から今にかけて3度も注意されている。


「大丈夫だよミケさん!!!最悪、マ………クレアが守ってくれるから!!!ね!!!」


異常生態種ユニークモンスターの怒りを買ったとして、お主を守りながら逃げれるかはワシでも難しいからやめろ。」


白い目をしながら、やっと準備の終わったクレアがやってくる。腰には珍しく、大きなバスケットを抱えていた。


「どうしたの?そんな大きい荷物抱えて?ハッ!?まさか今日はピクニックも兼ねてる!?そこに入っているのはクレアの手料理!?」


「違うわい!森林王へのちょっとした手土産じゃ。さっさと行くぞ。」


早速ワタシ達は、クレアの先導の下、森の中へ入っていくのであった。



















「あ!!!随分懐かしい所に着いたね!!」


クレアの家にあるいつもの訓練場を横目に森林に入り歩くこと十数分、ワタシが転生した際に何故か溺れかけた浅い池がそこに見えてきた。


あの時はすぐクレアに着いて行ってしっかり見てはいなかったけど、よく見たらめちゃくちゃ透明度が高いな………この池。


そして何と言っても特徴的なのが、あの池の中心には、大きな羽を生やした神々しい女性の石像が建っていた。


「ここは、ヴィーヴル大森林の有名なパワースポット、『女神の聖水域』ですね。この池は、純度100%の聖水で作られています。そしてその中心にはかつて『神匠』と呼ばれた名彫刻家『スカル』の一族が作った女神像が建てられており、訪れた者には幸運を宿し、ここの聖水を使えばあらゆるアンデッドは速やかに浄化されると言われていますね。」


へぇ、そんなに神聖な場所だったのか…………。そこから産まれたワタシ、もしかしてすごく清らかな生まれってことじゃない?いーじゃんいーじゃん!!!


「嘆かわしいのぅ、こんな神聖な場所から裸で泳ぎ回る変態が産まれてしまったのじゃからな。聖水の純度も落ちていて、ここの幸運も少なくなってそうじゃ。」


「なんでそんなこと言うのよ!!!ていうか何度も言ってるけど、わざわざ泳いだんじゃなくて最初からここに落ちてきたの!!!」


せっかく人が良い気分だったのにこの人と来たら…………!!!


「さ、森の主のいる場所はまだ奥じゃ。はよう行くぞ。日が暮れてしまう。」


「あ!!ちょっと待ってよーーー!!!」












「ヒッ!!!クレア!!!あれ!!!!」


ワタシは見覚えのある巨体を遠くに発見し、思わずクレアの小さい背に隠れる。


「ん?なんじゃ?…………ああ、ストロングベアーか。たしかにここら辺は奴らのナワバリじゃったな。安心せい、この間のお前みたく変に危害さえ加えなければあやつらは温厚なんじゃ。気にせず進んで大丈夫じゃぞ。」


「で………でも………まだやっぱり怖い………。」


半ベソでワタシはクレアの背中を押してクレアを急かす。


うぅ……………さすがに背中を引き裂かれて出血多量にさせられたあの夜はトラウマなんですよぅ………。


「おいそんなに焦らせるな………。たく、ほれ、これならどうじゃ。」


ビクビクするワタシを見かねて、クレアはワタシの手をギュッと握ってくれた。


「こうして進めば問題なかろう。ワシがいるんじゃから、胸張って歩け!!」


「う…………ウン!!!」


クレアの握ってくれる手は温かく、心強かった。


ワタシはトラウマであるクマ達のナワバリ手前を何とか頑張って通り抜けることができた。後ろで見ていたミケさんはニッコリしながら歩いてた。この人まさか、怖がってるワタシを見て楽しんでる………?















「さて、もうすぐじゃな。」


歩き続けてだいたい1時間は経っただろうか?クレアの話ではようやく森林王とやらに会えるらしい。


いやはや、すでに疲れた。森林王さんももう少しクレアの家の近くにナワバリを置いてくれたら楽なのになぁ。


「そこの広い草原を抜ければすぐじゃな。ヨシ、行くぞ。」


「オッケー!!そしたらもうソッコーで駆け抜けちゃおうよ!!ガッと行ってガッと挨拶してガッと戻っちゃお~!!」


そうして先導していたクレアを追い抜かし、ワタシは小走りで視界の開けた草原へと走った。


その時だった!


「………!ミコト!!危ない!!」


「…………へ?」


「右じゃ!!!」


!?


咄嗟にワタシは右半身を魔力で多いつつ、左に飛ぶ。


シャッ!!!


右から飛び出してきた何かに、ワタシは腕を引っ掻かれた!


「ウワッ!!イテテ!」


後ろから追いついて来たクレアが、飛び出してきた動物(?)に魔法を放つ。


風砲エアブラスト!!」


魔力の空気弾を受けた動物は、思いっきり吹っ飛んでった。10mくらいは飛んでない………?アレ………。


そして、不意を突かれたことで良く見えていなかったが、ようやくワタシを襲った動物の全体像が見えた。


あれは………緑色の毛並みの………オオカミ?


「ミコト!!無事か!?」


「うん平気!魔纏でちゃんと防御してたから、服だけちょっと破れちゃった。」


「なら良いわい。アイツらは『フォレストウルフ』。この森林の秩序維持を担っているオオカミ達じゃ。一体一体でもそこそこ強いのじゃが、真に厄介なのは奴らの連携力じゃ。司令塔を筆頭に、何体かでの編隊を組んで、狙った獲物を確実に仕留めると言う非常に面倒な奴らじゃ。」


クレアがそれを言い終える頃には、クレアが飛ばしたフォレストウルフの周りには、段々とフォレストウルフが集まって来ていた。


「1……2……3…………………全部で12体と言ったところでしょうか。おそらくあれでまだ1個隊のみ、援軍を呼ばれるとさらに十数体で編成された隊が周りを囲んでくるでしょうね。」


ミケさんも後ろから追いついて来ていた。さすがはミケさん、一瞬でオオカミ達の数を捉えてしまった。


てか12体がさらにどんどん増えていく!?


「そ、そ、そ、それってめっちゃヤバくない!?」


「まあ、負けることは無いじゃろうがちょっと面倒じゃな。」


「そうですね、負けることはありませんが時間が掛かりますね。」


すでに1個隊が目の前まで来ているというのにこの二人、なんと余裕の表情なのか………頼もしい。


すると、クレアがいきなり大声で叫び始めた。


「おいコラ!!!!!が居るっていうことはお主も見てるじゃろ!!!!面倒くさいからはよう顔出せぃ!!!」


……………な……何言ってんの?


クレアの叫び声に反応したのか、唸り声を上げ牙を見せていたオオカミ達は急に大人しくなった。


そして、それと同時に少し木を揺らすほどの風がワタシ達の目の前に吹く。


風が吹いてワタシは思わず目を閉じてしまった。


目を開いた次の瞬間、ワタシの目の前には、先程のオオカミたちの10倍くらいはありそうな巨体を持つオオカミが姿を現していた。


ワタシは思わず魅入ってしまった。


あまりの衝撃によるものなのか、それとも圧倒的な実力差を本能で感じてか、ワタシは全く言葉が出なかった。


先程のオオカミ達よりもより暗い緑色の毛並みをした巨狼は、紅く光るその瞳でこちらを見つめる。


『クックック、せっかく新入りもいるのだから、どれだけ動けるか見たくなるものだろう?連れないではないかクレア。』


「うるさいわい。コイツはまだ修行中じゃ、ケガされたらワシが困るのじゃ。」


どうやら、クレアと気安く話すこの深緑の巨狼こそが、森林王らしい………。





























いつの間にか先程ミケさんが確認した12体から、すでに数え切れない程のオオカミ達がワタシ達の周りに集まっていた。


「ミコトよ、紹介してやろう。こやつがこの森の主にして、世界に数種類しかいないと言われる異常生態種ユニークモンスターが一体、『世界の監視狼オブザーヴォルフ』と一般的に言われているオオカミ、フェデルじゃ。」


「よ……………よろしくお願いしやしゅ、します!!ワタワタワタシ!アメノ=ミコトって言います!!勝手にクレアの、あ、いや、クレアさんのお家にお邪魔させてもらってますよろしくです!!」


明らかな格の違い……………社会の礼儀とかを全く覚えず死んでしまったワタシは、なんで今までミケさんにでも良いから礼儀と言うものを習って来なかったのだと激しい後悔をしていた。


どうしよう!これでいきなり食べられでもしたら………さすがにありえ…………なくはない?


すると、ワタシの脳内に直接笑い声が響く。


『ハッハッハッハ!!!安心しろ小娘!ワレは特にお主のような小娘を取って食う気は無いぞ!!!ハッハッハ!』


ほ……ホッ。想定していたよりはポジティブな返答が返ってきて、ひとまず安心である。


「森の主、『世界の監視狼オブザーヴォルフ』様、お久しぶりでございます。」


『うむ!久しぶりだなミケよ!息災だったか?いつもクレアの世話をしてもらってすまないな。』


「いえ!滅相もございませぬ!クレア様の使用人として当然のことでございます!!」


「なんでワシが迷惑掛けてる前提なんじゃ!!殴るぞ!」


クレアとミケさんは、昔ながらの知り合いだからか、かなりフランクな対応をしている。


そんな3人(?)の様子を後ろで眺めていると、2人との会話を終えたフェデルさんが、ワタシに近寄って来て、ワタシの体をクンクンと嗅ぎ回る。


「………あ……あの~。」


「おいコラフェデル!!年頃の娘に何しとるんじゃ!!!」


『ム?何を言うのだ、森林に入ってきた新入りなのだぞ?我や我の配下がうっかり噛み殺さぬよう、しっかりと匂いを覚えているまでのことよ。それ、配下どもよ。貴様らも、この人間を殺さぬよう、しっかり匂いを覚えておけ!!!』


フェデルさんがそういうと、オオカミの大群が一斉にワタシに駆け寄ってくるのだった。


て、おいおいおいおい!?


「ちょ!ちょちょちょちょーーーー!!!!!」


おそらく数百体はいるであろうフォレストウルフは、さっきの牙剥き出し殺意剥き出しの状態とは打って変わって、まるで人懐っこい子犬のように、一体ずつワタシの匂いをクンクンと嗅ぎ回っていた。


「ちょっとちょっと、クク………アハハハハハ!!!くすぐったい!くすぐったいってばぁアハハハハハ!!!!」


この子達!クンクンするだけじゃなくてちょいちょいぺろぺろしてくるから余計にくすぐったい!!アハハハハハ!!!


「………………これはあとどのくらいで終わるのじゃ。」


『今のでだいたい100体くらいが終わったぞ。この10倍くらいはいるからもう少し耐えてくれ。』


「お主………最低じゃな。」


















何故かミコトがフォレストウルフ共に群がられている為、この間にワシはさっそくフェデルとの話を進める。


「さてフェデル、あやつのことじゃが、もう少しワシが預かろうとは思うんじゃが、あやつが森にいる権利をもらっても良いか?さすがにワシの家の周りのみじゃ窮屈じゃろうしな。」


『ふむ、さて、どうするかな。物事の願いというのはだな、それなりの対価というものが必要なのは、お前も分かるだろう?クレアよ。』


ま、想定通りじゃな。


「ミケ、を。」


「ハッ!こちらに。」


ミケは待ってましたと言わんばかりに、颯爽とワシの渡したバスケットを持ってきてくれた。


「お主の好物である、魔力をたっぷりと纏わせた豚肉、『魔纏豚肉』じゃ。お主の腹でも1週間は食える量を入れておるぞ。」


フェデルはバスケットの中身を確認すると満足そうに頷いた。


『うむ、そう来なくてはな。ヨシ、良いだろう。かの小娘、アメノ=ミコトも、このヴィーヴル大森林を自由に歩く許可を出してやろう。配下を通し、森の獣達にも伝えるとしよう。』


ふぅ、全くいつもながらチョロいやつじゃな。


さてミコトは……………まだ掛かりそうじゃな。


『しかし良いのか?』


「ん?何がじゃ。」


フェデルはいつの間にか、バスケットから肉を取り出しかじり付きながら聞いてきた。


『ワレが許可を出すからにはたしかに、大森林での安全は保証される。だが、完全にケガをさせない、なんてことは難しいぞ?いくらワレでも、大森林の全生物の監視などできんからな、何度かは森の獣に襲われることもあるだろう?そんな中に、自由に歩かせて良いのか?』


「ああ、そんなことかい。安心しなよ、アイツは何を隠そうワシが鍛えてるんじゃ。そう簡単にはくたばりはしないよ。」


『……………フッ、そうか。ならば……安心だな。』


そう、ミコトはワシの弟子なのじゃ。ワシの弟子になったからには、異常生態種ユニークモンスター純血龍じゅんけつりゅうとも互角に戦えるほどには強くなってもらわねばならん。


森の獣に泣いてるようじゃ、まだまだじゃわい。


「うっ………つ………疲れた…………。」


フォレストウルフのヨダレまみれになったミコトはフラフラとこちらに近づく。


「…………帰ったら訓練のし直しじゃな。騒がせて悪かったのぅフェデル、用は済んだ。そろそろ戻るとするわい。」


「えーーー!!??」


ミコトがものすごく嫌そうな声と顔で嫌悪感を主張してきた。まだ明るいのじゃから時間はあるし別に良いじゃろう?


『そうか、気を付けて行くのだぞ。…………そうだ、クレアよ。これは、森の獣から聞いた話なのだが………。』


「……?なんじゃいったい。」


『最近、が森に侵入したらしい。もしかしたら、もしかするかもしれない。』


「………………………………………。」


『………まあそれだけだ。気を付けることに越したことはないだろう、ではまた会おう。』


ヒュン、と風を靡かせると、フェデルはいつの間にか消えていた。


ワシと同じような匂いのする女………か。


………………まさかのぅ?


ワシは、嫌がるミコトを引っ張りながら、ミケと共に来た道を引き返すのであった。



























こうして、ミコトが転生し3ヶ月、ついに森林での自由行動が認められた。


そして……………日々修行をし、日々世界を学び、よく喧嘩をして……………そんな生活は………5年の月日が経とうとしていた……。

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