水と油な二人は、少しづつ寄り添う

「違う!!詠唱はなっとらんし魔力操作も下手くそじゃ!!もう1回やり直しじゃ!!!!」


「うぅぅ~ムズカシイよぉ~泣」


お昼ご飯を食べたあと、小鳥がチュンチュンが鳴いてる昼下がり、ワタシも泣いていた。いや、泣かされている!!!


おかしい、今頃ワタシはバンバン魔法を使って色んな魔物とかを倒しまくって異世界の人達にちやほやされているはずなのにぃ…………!!


「全く、転生者なんて滅多に見ないから教えがいがありそうだと思ったのに………そのザマじゃあ、都会に出ても精々金級ゴールド止まりじゃろうなぁ。」


「ぐぅ………ワタシが分からない言葉だけどバカにしてるってところは分かる…………。もうちょっと優しく教えてくれても良いんじゃないの!?こんなにカワイイ子にそんなスパルタしてたら、きっとパワハラで訴えられるわよ!!」


「ワシが分からん言葉で対抗するでない。まあ良い、そのままもう100回詠唱から魔法を繰り返しておくが良い。ワシは少し疲れたから昼寝してくる。ミケ、サボらんようコイツを見張っておいてくれ。」


「はい、かしこまりました。」


ミケにワタシの見張りを任せクレアは本当に家に戻ってしまった。あんのロリババア…………。




転生してなんだかんだクレアの住む家に居候することが決まったワタシ、あの時なんとなくノリで頼んだ魔法修行、それを受けて現在1週間が経過しています。


いやね、たしかにそう簡単にはできないと思っていたけど、何よりクレアの指導はスパルタ過ぎる。




例えば、初級の魔法だとか言う炎魔法……。


「まずは魔法を打てるようになり、打つ感覚を覚えるところからじゃな。まずはこの魔力を放出する感覚を身につけないことには始まらないからのぅ。魔力を手に集中し、そうじゃな、初心者は詠唱も交えた方が良い。魔法の詠唱には定型的な文は無い、言葉に魔力を乗せれば自然と魔法となる。では、見ておけ。」


この時点でワタシはすでに頭に?だらけである。


クレアはその白い腕を正面に突き出し、ミケお手製の簡単な木製の的に向ける。


「詠唱なんて久しぶりじゃな、えーと………我が魔力、草木をも焦がす熱球となれ、『火球ファイアボール』!」


すると、クレアの手から見る見る赤い魔力が集まり、数m離れているワタシも熱を感じる程の火の玉を作り出す。大きさ的には大体サッカーボールくらい?


クレアが詠唱を終えると、火の玉は的に一直線に飛び衝突、そこそこ威力もあったのか数m吹っ飛んで、燃えてしまった。


満足そうにクレアはこちらにクルッと振り返る。


「さ、やってみろ。」


最初はこんなもんじゃろうとでも言いたげな爽やかな笑顔には、爽快な右ストレートを入れたくなったが、おそらく力量が違いすぎるのでそんなことはできず渋々やってみた。


「えっと、魔力を手に集中、いや魔力って何よ。まあとりあえず、手を前に出して、詠唱は………丸パクリでいっか。あ~ワガマリョク、クサキヲコガスねっきゅうトナレ。『火球ファイアボール』。」


すると、ワタシの手から、プスッと、風船から空気が抜けたような情けない音を立て、あとは何も起こらなかった。


「…………何も起こらないんですけど。」


「お主、魔法を舐めとらんか…………?」


そしてお説教、もう1回詠唱、お説教、詠唱、この生活を今1週間続け現在この状況。


1週間経った現在は、なんとか本当にビー玉サイズの小さい火の玉をポロッとこぼせるくらいにはなった。だが、的に当てるどころか、あのサイズの火球を出すのはまだ先になりそうである。


「んもぉ~!!魔法分かんないよぉ~!!!転生したらチートはどこに行ったのよぉ~!!!!!」


土で汚れることも気にせず、お菓子売り場の子どもがごとくジタバタもがくワタシを見かねてか、ミケが声を掛けてきた。


「ハッハッハ、ミコト様、この一週間あなたの修行風景を見学させていただきましたが、随分と苦戦しているようですね。」


「ミケさぁん、魔法ムズカシイよーーー!!!ていうか教え方悪くない!?クレアの教え方まじでべんきょー教えるのめちゃくちゃ下手くそだった頭良い友達の教え方そっくりなんだけど!?」


ワタシの発言に思い当たる節があるのか、ミケさんは苦笑しつつ寝転がるワタシに近くなるようにしゃがんで話をしてくれる。


「そうですねぇ、クレア様もイジワルであんな指導をしているわけじゃありませんからね。あれは今まで魔法を教えたことが少なかった弊害と言えるでしょう。クレア様が魔法を覚えた頃は、教え上手な先生がいたり、才能がある者がいたりと、魔法ができない要素の方が少なかったでしょうし。」


「それって……………ワタシ魔法の才能無さげってことですか?」


あのロリババアにバカにされるより、優しいミケさんに才能無いと言われる方がキツイ。


「ハッハッハ!!!まさか!!むしろ、よくクレア様のあの教え方で魔力が放出できるところまで行ってますよ!!あなた、魔法も何も無い異世界から来ているんでしょう?魔法の無い世界の認識をまだ持つあなたが、たった1週間でその認識を変えようとしているのです。才能が無いという方が見る目が無いですよ。」


「ミケさん、それしれっとクレアに見る目無いって言ってない?」


「そんなことはありません、クレア様も才能無し!とは断言はしていませんから………おそらく。」


「自信は無いんですね。」


優しさなのかは分からないが、あのロリババアはともかくミケさんが才能ありと宣言してくれたんだ。これくらいのことでへこたれてちゃ、本当にバカにされたまま終わってしまう。


それは嫌!


「ありがとうミケさん、ちょっと元気出ました!!」


「フフフ、ただの世間話で元気が出るならまだまだ元気ですねぇ。………二つ程、私からもアドバイスしておきましょうか。この世界の魔力とは、『万物の源』です。あなたの体を支える手足も、脳も、踏みしめている大地さえ、魔力で構成されています。魔法を使いたくば、その感覚を、認識を頭に叩き込みましょう。」


おぉ!!今までで一番分かりやすい説明かも!!!


「そしてもう一つ。」


「はい!!」


優しいミケさんは教え方も上手いなぁ………感心のキラキラまなこでミケさんを見つめていると、一番信じられないアドバイスを最後に教えてくれた。


「クレア様、あんな態度をしていますがとても優しいお方です。反発せず、素直になってみるのも良いかもしれませんよ?」




















いやいやいやいやいや、あの鬼ロリババアのどこが優しいの!?!?!?


ミケさんからのありえないお言葉に、頭がちんぷんかんぷんなワタシは、温かいお風呂の浴槽で、顔だけ水面から出して潜る。


悩んでる日はこれに限る。


ミケさんのアドバイスもあり、なんだかんだ大きい火球は出せるようになった。ただし、コントロールがヒドイ。


火球が暴発しクレアに吹っ飛んで行った時はさすがに冷や汗をかいた。(彼女は余裕で受け止めて無傷、そのあと詠唱を100回追加された。)


ていうか一日で急成長を遂げたワタシをもっと褒めても良いのでは!?!?


全く………こうなったら、明日の修行の時間までにコントロールも上げておいてあのロリババアをギャフンと言わせるしかない!!!


夜は危険だから出歩くなという忠告はあったが、家のすぐ目の前の簡易的な的当て場に行くくらいそこまで問題はないでしょう!家が目に見える場所だし、野犬とかが襲ってきたとしても全力ダッシュで逃げ込んで家のドア閉めれば済む話!


そうと決めたワタシは、お風呂を出て急いで着替えて自分の部屋に戻る。


「あ!おやすみ~。」


「はいよ~おやすみ。」


部屋に入る前に、ワタシも自室に戻ったという印象を付けておくためおやすみだけ言っておく。


夕飯とお風呂の後は、互いに自由時間と決めているため、互いに自由に過ごしている。基本、ミケが明日の朝食の準備を終えて自室で就寝、クレアも一冊本を読んでからすぐ自室で就寝する。


ワタシは一番最後お風呂に入るため、いつもワタシがお風呂から上がる頃にはクレアは寝る時間である。


つまり、ここからはこっそり外に出ちゃえばこっちのもの!!!


「さーて、所謂秘密特訓ってやつ?太陽昇ってくる頃には、今残ってる的を燃やし尽くしちゃうんだから!!!」


自室に入る前に玄関までUターンし、クレアがいないことを確認し、靴を拾い上げ自室に戻る。


玄関からこっそり出ても良いけど、ここの扉静かに開閉してもそこそこ大きい音出るし床に音が響くし、それじゃあ勘の良いミケさんが起きちゃうからね。


そういうわけで、自室の窓からこっそり抜け出して外に出ちゃうってわけ。窓の下は草が生い茂ってるから地に足着く音も響かないってワケ!我ながら頭良いかも?


………………と、思いついたまでは良かった。けど、怖い。ワタシの自室はこの家の二階にあるからそこそこ高さがある。


この転生した体、転生してから全く体力が切れたり疲れたりする感覚がほとんどないためかなり丈夫だとは思う。


けど、それでも、どこか頭の片隅で、飛び降りるなと自分に叫んでいる。


遂には二階からの飛び降りはできなかったワタシは、バレるリスクは高いけれどもクレアの自室近くの、一階の窓からひっそりと抜け出した。


さ、切り替え切り替え!秘密特訓の時間だ!!!






















「火球!火球!!火球!!!!!…………ハァ…ダメかぁ。」


大きさはそこそこ良くなったんだけどなぁ………全然真っ直ぐ飛んでいかない。威力もそんなに速くないし………。


何がいけないんだか、それも分からないなぁ。ミケさんが言ってくれたことは実践してるけど、こっから伸びる気配が無いし……。


……………もう一回クレアの言ってたこと思い出しながらやるか……。


「ええとたしか、打つ感覚を覚える。これはもうポンポン出せてるから大丈夫。次に魔力を集中、まあそれなりにやってたけど改めて集中してみよう。」


手を前に突き出して、目を閉じる。何回か火球を打って、体に巡る魔力の感覚は分かってきた。胸の奥から身体中に流れてくる、あったか~い何か。

現実で考えれば血液とかそこら辺だろうけど、ワタシはこれを魔力と仮定して頑張ってる。(実際それで魔法を打てているのだから大まかに間違いでは無いのだろう。)


このあったかい何かを、手のひらで留まるように、流れを、集中させる……。


「後は詠唱か、我が魔力、草木をも焦がすねっきゅうと………いや待てよ?たしかクレアこんなこと言ってたな?」




『魔法の詠唱に定型的な文は無い、言葉に魔力を乗せれば自然と魔法となる。』




「言葉に魔力か、言葉を力んで言うってことぉ?…………………えぇ?」


まずい、集中が途切れそう、どうすれば。定型的な文は無い。……………あ、そっか!!!ならワタシが力を込めやすい文にすれば良いのか!!そんで持って、よく燃えそうな言葉を!!


「そうとなれば話は早いよね!えーっと、ワタシの魔力よ!………あのカワイイカワイイヴィーナスちゃんに、サイン会中にお触りしたクソキモオタを………ぶっ燃やせーーーーーー!!!!」


ワタシが大好きなアイドルユニット、『プラネット』のセンターであり、ワタシの推しの子であるヴィーナスちゃんが、サイン会で悪質なファンにより意図しないボディタッチをされたあの事件、病気で病室から動けなかったワタシにとって、何とも度し難い事件だった。


あの時の犯人なんて…………今この瞬間だけワタシの目の前の的になっちゃえば良いのよーーーーーーーー!!!!!!!




ゴオオオオォォォォォォォ!!!




おお、なんかいつもより融通が効くというか、超火力アップ!!ワァオ、やっぱ人の憎悪は何よりも燃えるよねぇ!!!


「じゃない!!ちょっと威力高すぎ!?引っ込めなきゃ!?あれ!?引っ込め方分かんない!!!」


てかドンドン火球大きくなってない!?制御もドンドン怪しくなってきてるし!?文字通りヒートアップ!?!?


「こ、こういう時は…………なんもない空に撃っちゃえええええええええええ!!!!火球ファイアボール!!!」


ドオオオォォォン!と、映画とかで聞いたことのあるような銃を撃つ時の様な大きい音を響かせ、火球は空高く舞い上がる。そして、自由落下……………は、せず森の奥地へ。


ん?森?ヤバくない?


「ままま、待って待って待ってええええええ!?!?そっち落ちたら大火事なんですけどぉ!?」


ワタシの声は虚しく、魔法を撃った時と同じくらい大きな音を響かせ、火球は森の奥の方に落ちていった。


………………終わった?


「……………て呆けてる場合じゃないじゃん!!ミケさん、いやもうクレアでも良い!!早く呼んでこなk」


「グオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」


「ヒッ!?」


突然、森の奥の方から野太い雄叫びがこだまする。

タイミング的に、偶然じゃない……よね?


ドスドスドスドスと、何かがこちらに走ってくる、もしかしなくてもこれ、ヤバい?


「もしや森火事よりヤバいパターン引いた………?泣」


足音のしてくる方向、ワタシが火球を飛ばした方向からは、黒い煙を上げつつ走ってくる、夜でも目立つ赤くギラついた目をした巨大なクマが迫ってきていた………。


「グオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」


もしかしなくても激おこ状態!?!?!?!?


ヤバい!!これ逃げなきゃ!あ、やばい腰抜けて走れない。




ドン!!


ついにワタシの目の前にまで来てしまった巨大クマ、背丈からしてそこらの大木掴めそうな体型してらっしゃる…………軽く4m超えてません?


頭の方は、ワタシの火球が直撃したのか、プスプスと少し焦げたような音を小さく立てている。


「て、ヤバい逃げなきゃ、あ!」


急旋回から走ろうとし転倒、こんな時にドジっ娘ムーブしてどうする!?

急いで逃g…………!!


「グオオオオ!!!!!」


グザシュ!!!!


「いっっっっっっっっっっっっ!?!?!?!?!?!?!?」



え?痛すぎ………え!?いった、ヤバ、これ痛すぎ…………え?



どうやら転んで背を向けてるワタシはクマの手痛い爪攻撃を受けたようで、たぶんザックリいかれてる…………?


「ハァ………………ハァ……………ハァ……………いた……………い。ご、ごめんなさい。ごめんなさい。」


痛みですでに立ち上がれなくなったワタシは、もう謝ることしかできなかった。


呼吸をするだけで痛いけど、もうなにもかんがえられなかった。


やば い、 いたすぎ。なんか、 ここに くるまえのこと


おもいだして きた。し、、、、、、しぬ。


「グルルルルルルルル……………グオオオオ!!!!」


いきのあるワタシに、トドメといわんばかりにクマはつめをふりおろす。


ああ、ワタシのいせかいせいかつ、こんなにあっけなく、おわる……のね。




バギャア!!




「グ、グオオ!!??」


…………?しんでない?いまのおとは?


「全く、こっそりいなくなったと思ったらとんでもないことになっておるのぅ。」


「ク………クレア…?」


「ミケ!ミコトを頼む!!」


「ハッ!大丈夫ですか!?ミコト様、さあこちらを飲んでください。」


いつのまにかミケもいた。ミケはねそべるワタシに、うすいみどりいろのえきたいをむりやりのませる。


………………苦い。


「そいつはワシお手製のポーションじゃ。身体の治癒能力を一時的に向上させる効果が付いておる。ま、それでもそのケガじゃしばらく絶対安静じゃな。」


「グルルルルルルルルル。」


クレアがおそらく吹っ飛ばしたにも関わらず、巨大クマはまだピンピンしているようだった。


「悪いな、大方お主もこのアホウに起こされたんじゃろう?少々罪悪感はあるが、ここらはワシの縄張りじゃ、勝手に入ってきたお主も悪い。しばらく寝ててもらうぞ。」


すると、クレアはどこか空手の様な構えを取る。


「『魔力武術まりょくぶじゅつ:炎型えんけい』………。」


「グオオオオオオオアアアアアア!!!!」


殴られた衝撃か、クレアに怒りの矛先が向いた巨大クマは、クレアに一心不乱に突撃する。


「『攻態こうたい:炎拳一擲えんけんいってき』!!!」


すると、向かってきた巨大クマに対しクレアは、渾身の右ストレートをクマの顔面に放った。…………巨大な炎を纏わせて……。


「グウウオオオオオォォォォォォォォ…………。」


思いっきり顔面ストレートを食らったクマは、大きく空に飛び、そのまま森の奥地まで吹っ飛ばされてしまった。






「……………フゥ……。さて、もう大丈夫じゃぞ。どうじゃ?ポーションも飲んだことじゃしそこそこ楽になったじゃろう?」


「…………ウ……ウン。」


「ヨシ、ならばひとまず家に戻るとしよう、夜風は冷えてやってられないわい。夜分にすまぬがミケ、帰ったら温かいミルクでも出してくれ。」


「承知しました。先に戻って作っておきますね。」


命令を受けたミケは、シュンと忍者みたいに消えてしまった。おそらく家に向かったんだろうけど、速い………。


「さて、全く…………。」


ああこれ、いつもみたいに冷ややかな目で怒ってくるパターンだな…………。


そう思い暗い顔をしつつ立ち上がろうとすると、予想とは違う反応で怒られた。


「なんで勝手に抜け出したんじゃ馬鹿者!!!!!!!ワシらが来なかったら危うく死んでたじゃろう!?二度とこんなことするでないぞ!!!!!」


「ふぇ!?ご…………ごめんな………さい。」


いつもとは違い、血相変えて大声でのお説教。珍しいこともあるもんだ…………いやちょっと涙目だし、もしかしてこれが素?


「全く、大丈夫か?背中の傷?見せてみろ、傷痕は魔力でなら何とか応急処置すれば痕が残りにくくなるからのぅ。立てるか?」


め………めちゃくちゃ心配してくれてる?


あれ?なんか、ホッとしたら急に、涙が………?


「ご………………ごべんなざぁああいーーーーー!!!!!」


ヤバい、全然泣くつもり無かったのにめちゃくちゃ涙が止まらない、あれ、全然止まらない。


「お………おいおい。……………全く…。」


嗚咽が止まらないワタシを見てクレアは、呆れた顔をしながら近づき、泣き止まないワタシを抱き締めた。


「ほれ、もう怖く無いぞ………もう誰も襲ってきたりせんから、泣き止まないか。」


ポンポンとワタシの背中を叩きつつ、小さくも力強く暖かいクレアの胸の中は、何だか前世のお母さんを思い出す…………。


何だか…………安心する………………な………。


「全く、泣き止んだらさっさと帰って説教じゃ………ぞ?…………ね、寝ておる……!?」


クレアに抱き締められたワタシは、いつの間にか眠りについていた。









夢か現か、眠ってしまった直後は、子供の頃にお母さんにおぶられながら帰った夢を見ていた。































「何か悩み事ですかクレア様?」


「……………別になにも悩んでなど無いわい。」


「………まあ、転生者なんて私もこの世界で初めて会いましたからね。どう接すれば良いのかなんて、誰にも分かりませんよ。」


「だから別に何も言ってないじゃろう!!!」


……………いや、言ってなくても伝わるくらい顔に出てるということか……。


「いやスマン、やっぱりちょっとは悩んでいる。ミケよ、教えるというのは難しいのう。できない理由が分からないことをできないと言われて、説明できないのは難しい。それに、出会って1週間とは言え、弟子になったあやつを甘やかしても良いのか分からず、お主の前じゃ思わず強く当たってしまう。第一、ミケと森の主以外の者と話すのも数年ぶりじゃからのぅ。」


…………予言のためとはいえ、やはりワシは人を好きになることはできんな。ミケや森の主は、小さい頃から一緒に居て気心も知れているから、肩の力を抜いて接することができる。


だが、他人となると話は別じゃ。話の通じる奴、増してや人間なんぞこんな森の奥地にまで入ってくることは滅多に無い、それこそわざわざ自殺しに来た輩や、森の魔物に襲われ餌となっている遺体くらいしか見ておらん。


やっぱり、ワシは人とのコミュニケーションなんぞできんのかのぅ。


「フフフ、そんなことはありませんよ。少なくとも、好意的では無いでしょうけど、クレア様を本気で嫌っていることは無いでしょう。」


「なぜそう思うのじゃ、アイツきっと裏ではババアだとか抜かしよるじゃろ?」


「もし嫌っているとしたら、私ならこの家からさっさと出ていっていますからね?」


「そんなもん、こんなすぐ出口の見つからなそうな森を一人で出歩くのは嫌なだけじゃないのか?」


「だとしても、そしたら私なら会話はあなたと一つも交わしませんし、あなたの教えなんて一切守る気はないでしょう。彼女は返事はテキトーですがきちんと返しますし、あなたの命令する修行も文句は言いつつも数をこなします。おはようやおやすみもしてくれるでしょう?」


「…………そうか、たしかにそうだな。」


たしかにアイツ、律儀に挨拶はするし挨拶は返す。そういうのに厳しい家系じゃったのかのぅ?まあそれにしても、本気で嫌いならそれも返さぬ、か?


「何にせよ、ワシは挨拶や返事を返すくらいの好感度じゃろうな、付き合わせて悪かった。ワシももう寝るから、お主も自室に戻って良いぞ。」


「…………分かりました。おやすみなさいませ、クレア様。」


「うむおやすみじゃ。」


ミケが自室に戻るのを見送ると、同時に風呂場からドタドタと騒がしい足取りで、ミコトが帰ってきた。


「あ!おやすみ~。」


「はいよ~おやすみ。」


挨拶を返すと、またドタドタと二階にある自室に忙しく戻るミコト。なんなんだ?夜だというのに騒がしい奴じゃ………。


しかしまあ、やはり挨拶は返すんじゃな。






自室に戻るとすぐに、階段を降りる音、そしてまた昇る音が聞こえた。なんじゃ?騒々しい、さすがに注意するか?……………いや、急にやけに静かになったのぅ?


様子を見てみるか?いや、それはさすがにワシが気持ち悪く思われるか………?


イヤイヤしかし、ここはワシの家じゃ、何か勝手なことをされたら困るし…………。ここは一冊本を読み終えてから様子を見よう。



















ハッ!!気付けば3巻程読破しておったわ。イカンイカン、今度は無になり過ぎたわい!


…………まあ、別によく考えたら、この家にいれば死ぬわけじゃなし、部屋くらい好きにさせても良いか。そうじゃな、よくよく考えたらそこまで気遣う必要もないじゃろう、ワシ、嫌われてるし。


と、虚しい結論に陥った次の瞬間だった。



ドオオオオオオオオン!!!!!!!



「な………なんじゃ!?」


随分とでかい音が!何者かが森を襲ってる!?


「さすがに確かめるか。」


急いでドアを開け外に出ると、その瞬間また同じくらい大きな音が森の方から聞こえる。

方角は、訓練所の方か!?


「クレア様!!今のは!?」


「ワシにもわからん!!ミケ!!ワシが少し様子見して来る故、ミコトを見ておいてくれ!!」


「ハ、ハイ!!お気を付けて!!」


たく!随分と派手な魔法の音じゃ。一体どこのバカが………!


猛スピードで訓練所の方に走っていると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。


森の奥地に縄張りを持つストロングベアーの親玉が、訓練所で何者かを襲っている。あれは…………ミコト!?!?!?


「何やっとるんじゃあのバカもん!!!」


「クレア様!!大変です!!ミコト様がどこにm……。」


「ミケ!!!ワシの作業場から回復用のポーションを全種類持ってこい!!!急げ!!!」


「ハ……ハイ!!!」


さすがミケじゃ。何も聞かず素早く行動してくれる。


全く、他の人間の、増してや転生者の考えることはよく分からん!!!!





































「ハァ、なんなんじゃコイツは。」


クマを拳で追い払ったあと、軽く説教をしてやるとミコトはいきなり子供のように泣き出した。


思わず、昔から妹にやるように、ギュッと抱き締めて背中を優しく叩いていたら、いつの間にか眠りよった。


姿形は完全に成人前の美女だと言うのに、見た目以外は子供のままじゃな。


仕方なく、ワシは眠りこけたミコトをおぶって、ゆっくりと家に帰っていた。


「おかあ…………さん。」


…………!?お母さん!?今こやつ、寝言でお母さんって言ったか!?


……………そういやこやつの年齢も知らないなワシ。


もしも、こやつが子供の時に死んで転生していたのだとしたら、そうか、じゃからこそあの子供のような性格が………。


「……………すまなかったな、帰ったら、もう少しゆっくりと、教えていこうな。」


なんとなく、今後のミコトへの接し方が分かった気がするような、そんな夜であった。




























『おかあさーん!!!どこーーー!?おかあさーん!!!ワタシひとりでもおるすばんできたよーーー!?』




そとにでていくらさけんでもおかあさんはかえってこなかった。おとうさんもずいぶんむかしにいなくなった。




ワタシにはもうおかあさんしかいない。けど、そのおかあさんもどこにもいない。




『どこーーーー!?!?がんばって、ひとりでごはんもつくったんだよーーー!?おかあさーーーーーん!!!!!!』




くらいなか、ワタシはおかあさんをさがしまわった。




いつのまにかつかれてねむっていた。




いつのまにかおまわりさんといっしょに、いっかいだけあったことのあるワタシのおじいちゃんとおばあちゃんがいた。




そこからはおじいちゃんとおばあちゃんのうちですごした。


けど、ワタシはすぐにびょうきにかかって、びょういんからでられなくなった。




さいしょはおみまいにきてくれたおじいちゃんもおばあちゃんもいつのまにかこなくなった。





『……………びょういん、つまんない。』




ちょっとさびしくなっちゃって、こっそりびょういんをぬけだそうとして、にかいにあるじぶんのびょうしつのまどからこっそりそとにとびおりた。



























「ウ…………ウワアアアアアアアアアアアア!!!!!!!ハァ、ハァ、あれ?なんで?ここは?………………夢?」


随分懐かしい夢を見たもんだ。ていうか、夢で良かった~。もうあんな鈍い痛さはゴメンだよね~。


「おはよう、目が覚めたようじゃの。」


「ア、オハヨウ、ゴザイマス。」


「なんで今更敬語なんじゃ気持ち悪い。」


目覚めると、ワタシのベッドの隣で椅子に座るクレアが居た。


アレ、そういえば昨日ワタシ………………あ!?


「えっと、その、えっと、ご………ごめんなs。」


「スマンかった。」


予想外の反応だった。


てっきり第一声で怒号が飛んでくるものだと思っていた。


「い、いやなんで!?!?絶対謝るのワタシの方じゃない!?なんでクレアが謝るの!?」


「元はと言えば、お主に森の危険なものや、魔法の細かいところだったりと、しっかり伝えなかったワシの責任じゃ。申し訳ない。」


…………い、イヤァ、そんな反応されると…………そのぅ。


「すっごく気まずいよ!?怒ってよぉおおおお!!!!」


思わずワタシはクレアの肩を掴み思いっきり揺さぶる。


「お、お前なぁ、人がせっかく謝罪してやってると言うのになんじゃその反応はぁ。」


ダメだ、全然怒ろうとしないやこの人。


ワタシがスッキリしない為、ひとまずしっかりと謝ることにした。


「勝手に外出てごめんなさい!!!クレアをギャフンと言わせたくて外出て魔法使ったら、でっかいクマを怒らせちゃいました!!!ごめんなさい!!!」


どんな危険かは詳しく教えてくれなかったのは事実だ。ただ、危険があるからこそ勝手に抜け出すのはやめて欲しいと言ってくれていたのも事実だ。


だとしたら、注意があったのにも関わらず勝手に出て行ってケガをしているのはワタシなんだから、悪いのは明らかにワタシである。


とりあえず反応を待つため、下げた頭は上げずに次の言葉を待つ。すると、頭の上に優しくポンポンという感触が伝わる。


「フフフ、その様子じゃケガも特に問題は無さそうじゃな。コツコツポーションを作っていた甲斐があったわい。」


……………あれ、もしかしてこれは、所謂撫でられて、ます?


でも…………悪い気はしないな。これが、母性…………てやつ?


十秒くらい、撫でられた状態が続いたところで、後ろから咳払いが聞こえる。


「……………コホン、お互い謝りあえたのなら、朝食ができたので食べに来てくれませんか?」


「ワッ!!ハ、ハイ!!」「ハッ!!ウ、ウム!!」


お互い少し顔を赤らめて、朝食のできたテーブルまで移動するのであった。


















「ふぅ、ご馳走様でしたぁ。」


「あんなことがあった直後だというのに、その食欲は健在なんじゃな。」


「ハハハ!朝から作りがいがあって嬉しいですよ。お粗末様です。」


転生前は数年間味気ない病院食で過ごすことがほとんどだったため、転生後はワタシの食欲は超大食いとなっていた。


今日も朝からシチューはお鍋ごと行きました☆




膨れたお腹をしっかりしまいつつ、ちゃんと真面目な顔に切り替えて、ワタシはクレアの方を見つめる。


「……………その、クレア…………いや!クレアさん!!!改めて、昨日はごめんなさい!!そして、助けてくれてありがとうございます!!」


「ど、どうした急に改まって。」


さすがのクレアも、急な切り替わりにたじろいでいた。


「ワタシ、ずっと勘違いしてた。クレアさんは、ワタシなんて予言のための道具に過ぎない存在として扱ってテキトーに魔法を教えてるのかと思ってた。」


「……………正直じゃな。」


魔法の教え方がテキトーっていうのは今でも思ってるのはナイショ。


「けど、違った。クレアさんはちゃんとワタシのこと心配してくれてたし、ちゃんとワタシのために今まで作ってたポーションをすぐ使ってくれて、ワタシが起きるまで看病してくれる優しい人だった。」


「……………ケガの責任があるから助けただけじゃ。」


……………そうだとしても、優しいでしょうが!!!


「ワタシ、これからはちゃんと真面目に言うこと聞く!!だから、クレアさんももっと詳しく色々教えて欲しい!!ワタシ、思ったより異世界のこと甘くみてるからさ。教えてくれなきゃまた今回みたいに危なっかしいことしちゃうかもしれないから!!」


クレアは、真面目に話したワタシに対して、ちゃんと真面目に答えようと思ったのか、違う方を向いていた目をワタシにまっすぐ見つめ直してきた。


「分かった。だが、その分今までよりも厳しくしていくぞ。良いな?魔法だけじゃなく、他にもこの世界の常識なんかを一緒に詰め込んでいくぞ。休憩とかもかなり少なくなるぞ!!良いな?」


「ハイ!!」


「ヨシ!!なら、すぐ着替えてまた訓練所に来い!」


「ハイ!!!」


こうして気持ちを改めたワタシは、この異世界ライフをより深く過ごしていく覚悟を決めたのだった。


せめて前世よりも幸せな人生にするために、そして何より、この世界での目標を探すため!!まずは色々なことを覚えるぞぉ!!!


「あ、あともう1つ!」


「え?」


自室に戻ろうとするワタシをクレアは呼び止めた。


「敬語!!気持ち悪いからいつも通りの口調にしてくれ!」


「……………はい。」


この世界での最初の目標は、あのロリババアをぶっ飛ばすことかもしれない…………。

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