クロノヒョウ氏 「教室で、恋に落ちた瞬間まで」の物語

死よりも恋

 クラスメイト達は夏休みだというのに、昨夜突然担任から明日学校に登校するよう、メッセージアプリから全員に連絡がきた。

 そういうわけで、登校した私たちは普段以上にガヤガヤとうるさい教室を作り上げる。他の教室には生徒はいない。暇つぶしに私は送られてきた連絡の内容を確認しながら、明日は登校日なんて突然の連絡によくここまで生徒が集まったものだと思った。ふと、昨日の連絡の返事を送ってないことを気づいて、送った。だいぶ遅れたが返信しないのも悪い。

 クラス委員長の網頭善太郎あみがしらぜんたろうは、先生が来るまで自習、と大きく黒板に書いてそのまま書いた文字を眺めながら腕を組み仁王立ちをして首を傾げている。

 普段なら騒がしいクラスを諫めることが役割で、いつもその責務を全うしているのだが彼もどうやら、今回の登校には納得がいってないらしい。

 私は無意識に網頭の考え込む姿を眺めていた。クラス委員長の肩書に惚れたのだろうか。いや。私、氷山富士花は肩書に左右されるような人間じゃない。

 そんな自問自答をしていると、教室の扉が開く。

「さあ、みんな席について!」

 見知らぬ女性が入ってきたことによってクラスは静まり返った。

 女性は上下黒の水着のような服装。体はいわゆるボンキュッボン。

「いったいだれ?」

 男子生徒が質問を投げかけた。クラス中がこの質問の答えを持っていたと思う。

「私はマッジっていうのよ」

 そういうと尋ねた男子生徒に向かって投げキッスをする。あちらこちらから動揺の声。

 私たちは席について、服装のことは無視をしながら恐る恐る、次の指示を待つ。

 マッジと名乗る女性は手に白いチョークを持ち、黒板の端から端までを使って大きく書く。

 書かれた文字。それは私の名前。

 私は驚きのあまり声を出すことも出来ない。

「何故書かれたかわかる? そ・れ・は、昨日のメールの返信がいちばぁぁあああん遅い人、だ・か・ら・よ」

 そいうと私にウインクをする。

「とっても心苦しいことなんだけどね。ここに書かれた彼女は30分後に身体も魂も地獄に連れていきます。それまでみなさんどうぞ!パニックなっていいわよ!」

 この人はきっと新任の先生で生徒との関りを悩みに悩んでこんなことになってしまった頑張り屋さんなんだと同情して、私はこの人なりの冗談に付き合うつもり笑顔を作る。

 その瞬間、マッジの顔は眉間にしわを寄せ、歪な笑顔を浮かべた。

 マッジは大きく口を開け、やがて白い蛇がゆっくりと口の奥から顔を出す。口から床まで蛇の体は垂れ、体全体がすべて口の外にでると、マッジ傍でとぐろを巻く。

「こいつでお前を丸のみにしてやるよ」

 マッジの怒りに包まれた目が私を捉えている。

「あとね。もしも代わりになりたい人いる? まあ、いないだろうね。みんな若いんだ。これからの人生がまだまだあるもんね」

 彼女の言動に女子生徒だけではなく男子生徒の泣く声がクラスに響く。

 勢いよく椅子を引く音が聞こえた。

 颯爽と歩いて黒板の私の名前を消す。

 そして、白いチョークのお腹の部分を使い、これまで以上に太く大きく書いた。

「私が彼女の代わりで構いません。網頭善太郎。迷いなし」

 彼は網頭善太郎。

 「まさか、お前。どうして、なんでそんなことができる! その女のことが……」

「ほっといてください。氷山さんとどう関わればいいのか暗中模索だった。だが、自分の命くらいなら迷わず差し出す。それでいいならくれてやる」

 マッジは私をにらむと、クルリと一度回り、倒れ泣き始めた。

 最初は分からなかったがクラスメイトの驚いた声でチョークが宙に浮いていることに気が付く。白いチョークの色が赤黒く変色し始める。

 マッジはそのチョークを見つめ、チョークを両手で掴むと唸り声を挙げている。どうやらチョークはどんなに力を込めても動かないらしい。

 次第にチョークはマッジを引きずりながら黒板に赤黒い文字を書く。

 お前は期待外れた。我々に恥をかかせた代償を払ってもらう

 書かれた後もマッジは必死にチョークを両手で握っていたが、その書かれた言葉を眺めると、両手から筋肉も骨も消えた様にだらりと垂れ下がり、クスクスと笑いながら肩を揺らしてゆっくりと教室からでていった。白い蛇もその後ろをチョロチョロ舌を出しながらついていく。

「さすが……クラス委員長。守ってくれて……ありがとう」

 すかさず彼に駆け寄り、お礼いう。

「委員長は関係ない。僕は真剣なんだ」

 彼の真っ直ぐな言葉。私は恥ずかしさのあまり、ただ頷いた。

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