現代ファンタジー

企画 【三題噺 #22】「通販」「マシュマロ」「天使」  知られてはいけない

 私は知事室の床で仰向けになり、裸体をラップに包まれている。

 断っておくが、これは自分が望んだことだ。県民から選ばれた、知事としての自分ではない。本能の下僕と化した己が望んだ姿。今、宇宙と自身が一体になってるというその気持ちが心の底からとめどなく湧き出す。

 もちろん、知事として県政のこと全身全霊で考え、行動していた。これは自他ともに認めるところである。何故なら支持率も他県から見ればそこそこいい数値。それもそのはず、文字通り命を削りながら問題に向かっていく日々。これが響いたに違いない。

 だが、私は当選以来。頭の中は県政のことを半分、知事室で全裸になってラップに包まれたいという欲求が半分。まるで昼はうだつの上がらない会社員、夜になれば非合法な手段で悪党を倒すダークヒーローのようなものだと思う。

 その夢。悲願。今日という日にすべての条件が整った。

 来訪者の予定はない。優秀な右腕の秘書も現在は各方面の対応。少しの間一人にしてくれと他の秘書にも頼み、すべての秘書を遠ざけ、一人の時間を作るなど普段は出来ないことも、今日は特別出来た。

 実は昨日、県庁の職員による大きな問題が発覚して県庁は大変なことになっている。なんとその職員は県庁の新しい庁舎を勝手に業者と打ち合わせをし、西洋風の真っ白い噴水が象徴的な中庭を作ってしまった。

 理由は、天使に会えるような場所が必要だと真顔で供述したらしい。どうかしている。天使なんて言ってないで、自分の職責をきちんと真っ当しなければいけない。私たちは県民の下僕なのだから。こんなレベルの職員が私の部下とは情けない。

 だが、この混乱を使わない手はない。欲望に支配された脳がそうささやく。

 机の引き出しには、一カ月前に通販で入手したラップ。説明にはとても柔らかく、まるでマシュマロで包んだかのような柔らかさがうりらしい。まるで意味が分からないがなんだか良さそう。数々のラップに巻かれた私がそう思うので間違はない。

 素早く全裸になり、床に座って足の先からラップを手早く巻く。もしも、ひとが入ってきたら終わりだ。だがその時、私は今までにない状態に到達することを本能では理解している。

 ラップを巻き終わり。身動きは取れない。

 「ああ。これでいい。これが……いい。なかなかいいラップじゃないか」

 これは後で、最高評価のレビューをつけなければと義務感が湧く。

 こんなのが知事なの、そんな冷たい声が知事室に響く。

「だれだ。だれだ。なんだ、違法だ。ここをだこだと思っているんだ! 知事室だぞ!」

 私は大声にならないように音量に気を付けながら、視界に入らない者に対していう。

「お前こそ、ここは知事室なんだろう? なんでラップ。それも全裸?」

 そういいながら、白い羽の生えた少女がこちらに歩いて、私の頭辺りで止まった。

「お、お前こそ、な、なんだ」

「天使だ。見て分からないのか? お前は見るからに変態だろう?」

 端正な顔立ちの少女が私の顔を見下ろしながらいう。

 自分が知事ではなく、ただの変態という蔑称に浮かれて何も言い返せない。県民から受ける尊敬の二文字よりも変態の二文字が私の心をこんなにも満たす。

 「私が今話題の職員に中庭を作らせた。アイツの罪を問わないようにお前の権限でなんとかしろ。それか、できるだけ軽くするように……できるか? それともこれを県民に知らせた方がいい?」

 「わかった。わかった……守ります。だから……あと……もう少しだけ見ていてください」

 この懇願は聞き入れられず、眉間にしわを寄せ、目を細くしてこちらを冷たく睨むとラップに包まれた中年を残し霧のように彼女は消えた。

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