企画 #文披31題 主宰 綺想編纂館(朧)@Fictionarys day2 「透明」

 私は透明なのかな。色が付いているのかな。

 色が付いているのなら何色だろう。

「また落ち込んでいるのか?」

 斜陽が照らす今は使われていない教室。一人、机に顔を伏せている私の目の前にやってきてはいつものように声をかけてくる。

「ちがうよ。落ち込んでいたのはさっきまで。落ち込んで……それから、着地して……歩いてるいるところ……また、まただよ。何が面白いんだろうね。疲れちゃった。ここまで無視されると疲れるよ」

 私が顔を上げずにそういうと、彼は大きなため息をつく。

「そうかぁ……まあ、頭の中でぐるぐる散歩している所悪いけどな。来週の月曜日は休んでくれ」

 私は相変わらず伏せたまま。訳が分からないよ、と答えながら予想もしていなかった頼みごとの理由を思案する。

「月曜は嵐だ。休んでくれ。学校からは離れた所でもいって気晴らしでもしてこいよ」

 いつもとは違う、少し落ち着いた声の彼。

「別に……学校に来る理由ない……し……いいよ」

 彼は、真っ暗になるまでには帰れよ、といって教室から出ていく。頼むぞ、と彼はドアを出ていくその瞬間に再び念を押す。

 そんなに言われたら気になるのが人間なんだよ。彼のお願いとは裏腹に私の興味は月曜に向かう。この学校の怪談として伝承される彼の言葉が好奇心を掻き立てた。


 いつもの変わらない月曜の朝。彼のいう嵐とは無縁の日。ため息が出るほどの青空が広がっていた。

 朝食を手早くすますと、学校へと向かう。考えてみれば、こんなにも興味を持ちながら学校へと行くことは一度でもなかった。学生という名前にもかかわらず学業も疎かで、学校生活は破綻した私には興味を持つものはひとつもない場所。


 学校へ着くと、校門は閉まっていた。鎖で巻かれ、さび付いた重量を感じる鍵までかけられいる。

 私は仕方がないので、裏に回ってバックを投げて、草が巻き付いたフェンスを上り校内へと侵入した。

 辺りを見渡すと不気味な男の笑い声が響いた。

「おいおい、まさか! ひとり増えたぞ人間が。まあ、食い溜めだと思てくっておくかな」

「あなたは……誰、先生……見たことない……」

「違うよ。また百年の眠りにつくまえの腹ごしらえしているところだ。しかしな、先生より詳しいぞ。長生きしているからな」

 男はそういうと、手が鋭く刃物のように変形した。

 私が声を出すよりも早く、目をふさぐほどの突風がふく。

「すまない、何も見なかったことにしてくれ。頼む。」

 彼の声がする。真剣な彼の声。目を開くとそこには彼がいた。跪きながら手を変形させた男に頭を下げる彼。

「ああ。そういうことか。いいぞ。ここは片付いたと言っとくよ。お前も堅物だと思っていたけどなかなか面白い奴だ。上手いものは最後に食べるタイプなんだな、お前は」

「恩に着る」

「まあ、いいってことよ。お前の調べがなければここまで順調に事が進まなかった。それくらいいいさ」

 そういと、刃物のような手は元に戻り、男は霧のように消えた。

「学校、みんなは……」

「君を困らせる奴らはもういない」

 彼の目は私の瞳をまっすぐに見つめる。

「私は透明なの? どうして私だけが残るの……」

「はっきりと。鮮明に……鮮やかに……そこに見えている。だから……この先に君の場所ない。ここではないんだ。果てない未来で君に会わなことを祈る。さらばだ」


 事件から十年。あのことをきっかけに各地の伝承を研究している。彼へ感謝を伝えるために。私は今、あの時よりも色づいているだろうか。

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