②
ポチタと出会ったあの日、おれは一人分の布団の中でポチタと一緒に眠り込んだ。
「あったけえ………」
誰かとこんな風に一緒に丸まることが気持ち良いなんて知らなかった。ぎゅうっと抱きしめながらポチタに囁いた。
「いいか? 明日な、こおんな髭のわりい奴がおれのことぶっ殺しに来る」
ポチタはよくわかっていないのか澄んだ瞳でこちらを見上げていた。
「なんとかして金、用意しなくちゃならねえ………」
おれはにやりと口元を歪め笑った。
「死んだ親父がよく言ってたんだ『てめえが女だったらとっくに売ってた、男じゃ使いもんにならねえ、悪魔でもぶっ殺してくれりゃー話しは別だが』ってな」
おれは天井を見上げ続けた。
「つまりよー、悪魔ってのはぶっ殺せば金になるっつーこったよなあー?」笑った。
ポチタは不安そうな顔でおれを見つめている。
「ちげーの、ポチタじゃなくって、もっと他のわりい悪魔をぶっ殺すんだよ」
頭の先のチェンソーを軽くつんと押した。
「こいつでな」
「会長、デンジの野郎いませんぜ」
翌朝、早くにやって来た連中はおれの小屋を漁った。扉を蹴飛ばし中へと入って行った。取り返しのつかないことなんてここでは何一つ起こらないとでも思っているようだった。目当てのデンジは既に姿を消していた。
土足でどたどたと上がり込むと、振り返り、若い男は入口で佇む白髭の初老へと報告した。会長、と皆に呼ばれるその男は何処かへと電話を掛けた。
「あーおれだ。昨日のガキだけどな、逃げた、まだそこら辺にいる筈だ」
あーうんうん、あー、と受け応えをし最後に言った。
「まだ殺すなよ」
家に入った男たちは乱暴に棚やら窓やらを破壊しながら探した。もう二度とそれらが機能しなくなっても構わない、少しでも金目の物が出て来ればそれで良かった。だがそのような物はここでは一切、出て来なかった。
「会長ぉ、なんでそのガキ、バラしちゃいけないんすか?」
「馬鹿やろう」
会長は言った。
「まだ生きてるから価値があんだぞ、ただの死体の臓器袋よりずっと値が張る」
会長は生きている少年の使い道を知っていた、それに殺すのはいつだって出来る。
高級車に乗り込むと市街地へと走らせた。まだ遠くへは行っていない筈だ。
「………今頃、おれんちやべーかもな」
はっはっはっと息を切らし、ポチタを抱き抱えながらおれは走った。ポチタの頭の突起が当たらないよう器用に左右に持ち変えた。
「ポチタァ、悪魔の居場所はお前だけが頼りなんだぜ?」
ポチタは目を大きく見開き「ワフッ」と吠えた。左右に分かれた道へと差し掛かった。おれは右を指差す。ポチタは無言で首を横に振る。
はあはあが、ぜえぜえになり、げほげほになる頃、見慣れた街のドブみてえな景色の一角へと辿り着いた。袋小路だった。行き止まり。そしてそこに、悪魔がいた。
「へっ」
おれは笑った。
「ポチタァ、おれぁ今まで生きて来て悪魔になんざ出会ったこともねえ。それが昨日お前に、今日はこいつに………こりゃあようやくおれにも運ってやつが巡って来たかもしれねえぞ」
だがそもそも運の良い奴は悪魔になんか関わり合いにならなくても生きていける奴じゃねえの? と一瞬だけ思った。一瞬だ。だから今はもう無い。頭を使うと頭がおかしくなるから考えるのはやめだ。
食って、寝て、ただ生きていければそれで十分よ。
ポチタはまんまるの目で悪魔をじいっと見据えていた。少しだけ震えていた。違った。震えているのはおれの方だ。
「ポチタァ………ここで、あいつぶっ殺せばよ、おれたちまだ何とかチャンスあっかもな?」
ポチタは返事をしない。
完全におれの武器と化すことを決めたらしい。突き出た刃が緩やかに回転し始め、そして勢いを増した。ギュイィィィィンッ。おれは瞳を閉じ、大きく深呼吸をし、そして瞳を開け覚悟を決めた。
ポチタを抱きかかえ、構えた。
「会長、デンジいやしたぜ」
市街地を張らせていた男から会長の元へ電話があった。
「で?」事務的に続けた「もう拉致したのか?」
「いえまだです」
「………」
会長は思った。
(こいつには自分の脳みそってやつが無いのか?)
こんな馬鹿どもは自分が一生、誰かの使いっ走りで終わるということに気付かないのだ。まあ、そういった連中を上手く使って管理するのがおれの仕事なわけだが。電話口の男は言い訳を始めた。
「いえ………それがその、デンジの野郎、悪魔と戦ってるみたいなんです」
ああ?
悪魔だあ?
会長は音も無く動く車の後部座席で白髭を撫で考えた。「何かの武器で戦ってる」と男は言った。
悪魔は闇市で高額で売買されている、それは会長も知っていた。それは自分たちのシノギではなかった。だが興味をそそられる話しではある。
予想外の展開だ。
デンジの野郎、どうして悪魔の居場所がわかった。
戦ってるだと? あんなガキがどうやって?
おそらく自殺みたいなものだろうとは思ったがそれを実際、観て見物料ぐらいは払ってやっても良さそうだ。早速、指示を出し車をその場所へ向かわせた。
借金、背負った者の末路は大抵、決まっている。
逃げ出す奴がいる。
土壇場で刃向かう野郎がいる。
だがそれらは全て予想の範疇でしかない。
よくあることだ。生まれて死ぬまで真人間の奴にはとても想像もつかないよくあることがそこにある。
会長は思った。
おれたちはずっとそういうことをやって来てるし、今更まともぶるつもりもない。そして人間ってやつは繰り返される事柄に対しやがて何も感じなくなるという機能が備わっているのだ。
最初だけだ。最初だけは何かを思ったり、考えたりもするがそれはすぐによくあることになっちまう。あんなにかつては躊躇った殺人に手を染めてぶるぶると手が震えて、だがそれはもう冷蔵庫の扉をばたんばたん開けたり閉めたりするような行為に成り下がっちまった。
だが悪魔を殺して助かろうとしたガキは初めてだった。
だから会長はこの時、思ったし、考えた。この目で見てみたいと思った。
運転手はデンジを見つけると車を止めた。そこではもう何もかもが片付いたあとだった。半裸のデンジが何か抱き抱え佇んでいる。
(………悪魔?)
会長は思った。
少年の足元にはたった今、切り裂かれたと思われる死骸が転がっていた。片方ずれ落ちたランニングシャツをみっともなく着て、デンジは車から降りたおれたちを見つけると、口を開いた。
「おれをデビルハンターで雇ってくれませんか?」
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