「なあ、デンジィ、おめえどうやってあの悪魔、殺した?」


 会長は立てた親指で後部座席のトランクを指した。そこにはさっきデンジが殺したばかりの悪魔が詰められていた。


 「あ、ポチタがやったんす。ポチタってこいつのことなんですけど」


 その生き物はデンジの膝の上で大事そうに抱えられていた。今は目を閉じ眠っているように見えた。


 「悪魔なのか?」


 おれはこくんと頷いた。


 「でもこいつは、悪い奴じゃあない」


 んなこたどーでもいい。


 会長は思った。


 後ろで切り刻まれてる奴より無価値そうに見えた。悪魔に詳しくない会長でもわかる。どう見ても値の張るようなやつには見えなかった。全然、強そうではない………ぬいぐるみじゃねえのか?


 高い車はまるで静止してるみたいに進んだ。おれはこんな革張りの座席になんて座ったことない。おまけにまだ自分の処遇について聞いていなかった。


 車は人気の無い場所へと辿り着き、停まった。そこは再開発から見放された広大な荒れ地だった。密談するにはうってつけの場所。会長は降り、おそらくは売人であろう素性不明の男と交渉していた。それまで黙って運転していた軽薄そうな若者が呑気に煙草を窓の外へと放り投げた。


 「さあ〜てデンジーちゃんの命はこれからどうなるのかな?」


 げひひっと早速、新しい煙草に火を点け回るルーレットの行く末でも見つめるよう後部座席のデンジをミラー越しに眺めた。数年後おれのチェンソーで裂かれることになる。だがそのことはまだ知らない、もちろんおれも。


 「そっすね!」


 ハキハキとおれは言った。


 会長は売人と共に車へ戻って来てトランクを開け、中身を確認した。今度は窓をこつこつと叩きおれに言った。


 「おいデンジィ、こいつなんの悪魔かわかるか?」


 「へえ?」


 会長は更に続けた。


 「悪魔にはなあ、お前に言ってもすぐ忘れちまうだろうが、それぞれ名前ってもんがあんだよ」


 「名前っすかあ………」そこで売人の方が口を開いた。


 「見たところあんまり特徴の無い悪魔のようですね」


 片手の指を何本か立て会長に示した「どうです?」会長は小さく頷いた。


 「じゃ金、持って来ますので」


 売人は自分の車へと行く途中、思い出したように手招きし会長を呼び寄せた。


 「………あの子供、悪魔、抱えてましたね」


 札を数えながら言った。


 「おお、あいつも一緒に売れるか?」


 売人は一瞬、動きを止めた。


 「幾らで?」


 その挙動を見て会長は言った。


 「いや、あれは特殊なやつでなあ」当然、悪魔の知識なんて無い。


 おれは車内からそんな二人のやり取りを見つめていた。暫くして会長だけが戻って来た。


 「良かったなあデンジ、取り敢えずてめえの命は今日のところはお預けだ」


 「え、つーことは?」


 「デビルハンターとして雇ってやる、ただし働きが悪けりゃそこで終わりだ」


 ぽいっと投げて寄越された「おめえの通帳だ」と言われた。めくると中に凄まじい金額が記されている。


 「す………すげえ、これが全部おれの給料?」


 「馬鹿やろうよく見ろ、頭にマイナスが付いてるだろ」


 目を細め凝視するとその数字がこれから自分が支払わなくてはならない借金であることがわかった。ポチタが目を覚ました。ぶるっと頭を震わせこちらを見上げている。


 「ワフッ」


 おれはそうっと頭に手をやった。


 「………ポチタァ、取り敢えず今日のところは大成功ってやつらしいぜ?」


 「ワフ!」


 事情を知らないポチタは呑気に言った。おれもその思考に乗っかることにした。先のことなんて先になってから考えりゃいーぜ。取り敢えず今日は無事、生きている。


 車はおれを貧民街で降ろすと再び音も無く走り去った。


 会長は静かになった車内で先程の売人とのやり取りを思い出していた。売人は言った。


 「あれ………チェンソーの悪魔ですか?」


 「チェンソー? 知らんな、おれもさっき初めて見たばかりだ」


 売人は勘繰りながらも、続けた。


 「馴染みのデビルハンターから聞いたんですが」そこまで言って会長がぎろりとこちらを睨んでいるのがわかり、話しをやめた。


 「いえ、何でもないです」


 「売れるなら売りてえんだよ、こっちは」


 売人は数字を提示した。それは会長が思っていたよりずっと高い値だった。


 会長は売るのを拒んだ。結局、最初の悪魔だけを引き払うことにした。静かな車の中で思った。


 (あの野郎の目利きは信頼、出来るもんだ)


 デンジとポチタ。


 自分の手の内に置いておけばいざって時に役立つかもしれねえ。役に立たなけりゃその時、処分すればいいだけのこと。


 売人はポチタの正体に半信半疑だった。だから提示した額は本物か偽物かわからなくても賭けるだけの価値のある金だった。


 チェンソーの悪魔。


 売人の知っているそいつは地獄の咆哮と共に現れ、一瞬で視界の景色を血で染め上げる狂気の悪魔だった。先ほどの少年の膝の上で眠る悪魔の姿を思い出した。


 「まあんなわけないよな」










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