冒険者を引退したおじさんは子供を育てる

 転生して30年、冒険者を始めて20年位。

 俺は引退を決意した。

 冒険者のランクは10段階。

 20年位やって未だにランク5。

 普通に生活できるが分かりやすく言えばうだつの上がらない中年程度の話だ。

 物語の勇者のように世界を救う活躍も、英雄のような輝かしい功績も無い、どこにでも居る田舎から出てきた継ぐ物がない農家の三男坊だ。

 この世界には固有スキルと呼ばれる生まれつきのスキルがある。

 例えば固有スキルの【剣術】と習得スキルの【剣術】は同じ名前でも固有スキルだと圧倒的な強さを誇る強力なのが固有スキルだ。

 そして俺のそのスキルは冒険に役に立たない【育成】。

 このスキルは10年に1人現れるか現れないかレベルの珍しいスキルらしい。

 過去にこのスキルを持った農民が小麦を品種改良し滅多に不作にならなくしただの、剣術指南役についた男がドラゴンを1人で屠れる剣士を育て上げただの逸話も多いがその逆はもっと多い。

 その原因は【何を育成するスキル】かわからないという事だ。

 人によって違い、育成と一言で言っても人なのか動物なのか植物なのか村や町と言った物なのか...。

 逸話が多いので逸話にある物を自分が手を出せる範囲で試してみたが全部良くて一流に届かない。

 育成というスキルは適正の育成以外に関しても多生の補正が加わるので、ある程度は形になるがそれだけだ。

 それならば農家を継げたのではと?

 残念ながら兄二人のスキルは【畜産】と【農業】だ。

 ある程度でしかない【育成】はソシャゲで言えばSRなのだがリサイクルなどに回すべきSRと言われるようなハズレだろう。

 一応このスキルで冒険者として生活し、たまにギルドから新人教育して欲しいという依頼を受けて生活していたが流石に限界だ。

 同年代の半分は既に引退、残りの半分の内更に半分は死に、残りはもっと高いランクになり目覚ましい活躍をしている。

 大きな怪我は無いが、ハズレスキルで実力もそこそこ程度な俺と固定PTを組む者もおらずソロでやっていくにはもう無理だ。

 村付きと呼ばれるまぁ用心棒のようなのにでもなって落ち着いて暮らしたい。


「あら、ヨルムさん。今日は遅いですが近場の森にでも行くんですか?」

「あぁアイラさん、いえ今日はもう冒険者を引退しようかと思いまして。」


 受付嬢、エルフのアイラさんは一瞬驚いた顔をしたが、ある程度予想していたのだろう。

 すぐに村付きを求める依頼書を出してくれた。


「ギルドマスターにそろそろヨルムさんが引退考えるだろうから村付き書類を用意しておけと言われてましたから、こちらが村付きの依頼書です。しかし寂しくなりますね。」

「あはは、冒険者ギルドの育成受付と言われて長いですからね。ですが流石にそろそろ潮時でしょう。」


 軽い雑談をしながら村付き書類を眺めていく。

 どれも条件は対して変わらないがその危険度は実は違う。

 確かに村の近くに出る魔物と言うのはそこまで差は無く、俺でも苦もなく倒せるだろう。

 問題は頻度と盗賊だ。

 この20年で俺の頭の中にはこの国の地理程度はしっかり入っている。

 そこに今までの冒険者としての知識があれば...。


「ここにします。」

「はい、あら?ここは少し遠いですが最近開拓したばかりの所ですが大丈夫ですか?」


 遠いと言っても徒歩で3日程度。

 地形的にも平原で、近くの沼地を開拓していく為の前線として作られた村だ。

 盗賊や魔物が群れれる場所は少ない。


「えぇ、開拓村ならしきたりなど難しい事はないでしょうからね。」

「そうですか...。では受理します。ヨルムさん今までありがとうございました。」

「いえいえ、ではお元気で。」


 アイラさんが深々と頭を下げ、受付から見送ってくれる。

 さて、依頼で知り合った人から借りている馬小屋として使われなくなった馬小屋に行き、整える物も無いが荷物を整えるとしよう。



 10年近く暮らした馬小屋を離れ、馬小屋の持ち主に今までの礼をして荷物をまとめ、今は街道を歩いている。

 少ないとはいえ、それでも荷物は荷物。

 この状況で魔物が出てくれば不安はあるが、のんびり歩いていた。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉおお!」


 今の声はベア系の鳴き声か。

 そこまで強くはないがベア系は一撃が強く下手に当たれば即死もある魔物だ。

 だが肉も美味く、皮も爪も良い素材となる俺の収入源だった魔物。

 目的地ともそう距離はないし、丁度良い手土産となるだろう。

 荷物を手早く隠し、ナイフ一つ持って鳴き声の方へと向かう。

 物語では剣や魔法で大立回りするんだろうが、俺にとっては物語ではなく現実。

 大立回りするのではなく、何かに気を取られてる隙に首か頭を一突きする。

 その方がナイフ一つで済みコスパが良いのだ。


 平原の中にちょっとした岩場がありそこに標的は居た。

 特に変哲の無いベア種の中で一番弱いベアだ。

 一番弱いと言っても防衛力の無い村だと壊滅する危険は十分ある相手だ。

 丁度何かに気を取られ、背を向けている。

 一息に近づきナイフで首を掻き斬る。

 ベアは抵抗もせずその場に倒れた。

 これで手土産は確保できたが何に気を取られて居たのか確認すると...女性がなにかを隠すように倒れていた。

 背中は大きく裂け、どうみても死んでいる。

 可哀想だが、こんな事はよくある話だ。

 せめて埋葬し、アンデットにならないように清めてやろうと立ち上がった所で小さな声が聴こえてきた。

 そういえば女性は何かをベアから隠していた。

 女性を丁寧に退けてみると、そこには二人の赤ん坊が居た。

 どうするべきか...。

 今から行く村になんか孤児院なんてないだろうし、また街へ戻りこの子等を預けるというのも駄目だろう。

 しょうがない、俺の子として育てよう。

 この歳で童貞と言うわけではないが、子供が出来た事は無い。

 だが俺のスキルは【育成】だ。

 まぁ、何とかなるだろう。

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