第41話 魔閉扉 ⑶

からの魔石に魔力を充填するのだ」

ヘッセンを盾に取られ、手出しの出来なくなったベルキースは、焦る気持ちのまま手立てを告白した。

「充填?」

「そうだ、魔閉扉まへいひには空の虹霓石こうげいせきが残っていただろう。それに、虹霓石として復活するまで私の魔力を充填するつもりだった」

ディメタは、床に転がされた空の虹霓石を一つ、浮き上がらせた。

その黒炭のような黒い石を眺め、再び尋ねた。


「どうやって?」

「……直接触れて、魔力を流し込む」

ベルキースは慎重に答えた。

魔石について詳しくないディメタは、もちろん魔力の充填の仕方など知らないだろうと思ったが、やはり間違いないようだった。

「ふむ……」と石を回し、ベルキースの足元へ転がす。

「やってみろ」

ベルキースは黙って石を咥えた。

そのまま、牙を通して魔力を石に流し込む。

真っ黒だった石は、魔力を染み込ませるように吸い込み、ごく僅かな光を取り戻す。


「待て。私がやる」

ベルキースの身体が一部変形したのを見て、ディメタが止めた。

ディメタの一部を取り込んで、過剰摂取の弊害を抑えたベルキースの身体は、馴染んできたとはいえ、まだ不安定だった。

充填の為に体内から魔力を引き出せば、再び異変が起こるかもしれない。

せっかく助けたのに、また壊れかけては意味がない。


ベルキースが放った石を、ディメタは軽く咥えて受け取った。

ベルキースが行った通り、見様見真似で牙から魔力を通していく。



ディメタが咥えた石が、魔力を吸い込んで魔石のランクを上げていくのを、ベルキースは息を詰めて見守る。

魔力の充電は意外に繊細な作業だ。

細かく流れを掴まなければ、魔石に吸い込まれない魔力は外へ逃げる。


無駄に魔力を消費するのだ。


ディメタは充填などやったことはない。

トルセイ家の没落から、日常的にこの作業を行ってきたベルキースには簡単でも、ディメタには加減が難しいはずだ。

現に、ディメタが咥えた石は順調にランクを上げているが、周辺に魔力が多く散っている。


最高品質の魔石、虹霓石の魔力は膨大だ。

中ランクに落ちていたベルキースは、死を覚悟して最後の一つを充填するつもりだった。

魔閉扉を開けば目的を果たせば、その後に生きようとは思っていなかったからだ。

ディメタとて、虹霓石への魔力充填は大きな負担となる。

おそらく、虹霓石として充填出来る頃には、はず。


ベルキースは、充填が完了する瞬間を慎重に待った。





山羊型魔獣に乗って遺跡内を降りていたテオドルは、最下層が近付いてきてようやく僅かな余裕を持った。

そこで、ふと気付く。

ムルナがいない。

てっきりムルナだと思っていた鳥の影は、ゼナスが連れているふくろう型だ。


どこだ!?

感じる胸騒ぎは、気の所為ではない。


山羊の角を握る手に力を込め、意識を集中すると、ざわりとする不穏な気配と共に低い位置を飛ぶムルナを見つけた。

赤い光で染まる姿は、寸前に見えた。


「ムルナァッ!」

テオドルは山羊の角を引き、軌道を変えた。





ディメタの咥えた石が、仄かな虹色を見せる。

充填が完了したのだ。


ディメタが石を離した。

その瞬間、ベルキースは渾身の力で地面を蹴って跳んだ。

全ての力を使っても、ディメタを抑え込むつもりだった。


しかし、魔力を削られてもなお、ディメタの方が能力は上だった。

寸前まで近寄ったベルキースは、ディメタの尾で激しく叩き落とされて、魔閉扉の上に激突する。

「残念だったな、ヴェルハンキーズ」

ディメタの口端が持ち上がり、笑うような顔に見えた時、扇状の最後の一枚に光が走り、魔閉扉は大きく振動した。

地下遺跡全体にも、振動が広がっていく。



外周から中央へと渦巻く魔力が、ベルキースを包み込む。

扉の一部―――鍵として認識されたのだ。


十二枚の扉が、一斉に中央から外へと滑り始めると、黄金の光が下から溢れ出し、赤い光を飲み込んでいく。

魔穴がその姿を見せ始めていた。


魔力の圧に捕まっていたベルキースは、四肢に力を込めて立ち上がる。

扉が開ききる前に離れなければ、魔穴に落ちる。

「ヴェルハンキーズ」

ベルキースを呼ぶディメタの声は、抑えきれない喜びが滲む。

ゾクリとして視線を向けたベルキースは、息を呑んだ。


ディメタの胴に締め上げられたまま、高々と持ち上げられたヘッセンが見えた。

キツく締め上げられて声も出せない彼の表情は苦痛に歪んでいたが、その目だけは変わらぬ想いでベルキースを見ていた。



「さあ、魔界へ帰還の時だ! 魔穴を潜れ!」

言って、ディメタはシュルとその身体を緩める。


支えをなくしたヘッセンの身体は、金の光の渦巻く魔閉扉の隙間、魔穴へと呆気なく落ちた。


「ヘッセンッ!!」

圧を跳ね除け、ヘッセンが消えた渦へ、ベルキースは遅れて飛び込んだ。




「クッ、ハハハッ!」

笑ったディメタは、完全に開ききる魔穴を満足気に見て、縁へと近付く。


魔穴に人間が落ちれば、ほぼ無事には戻れない。

魔穴の中は魔力の渦が、入口から出口に向けて複雑に流れる。

魔力を正しく読めない人間は迷い続けて果てるか、異物としていずれ吐き出される。

どちらにしろ、ヘッセンあの人間は無事では済むまいが、興味はない。

後は、自分も魔穴を潜り、魔界へ帰れば良い。


とうとう魔界に二体の竜が帰還するのだ。


「ようやくだ……」

言ったディメタは、自身が身体を這わせた場所に、さっきまで最弱魔獣ラッツィーがいたことも、ヘッセンが落ちた時にそれが一緒に飛び込んだことも気付いていなかった。

ディメタにとって、最弱の魔獣は意識してまで見るものではないからだ。



だから、分からなかった。

最弱の魔獣がもう一匹、光に紛れて飛び込んで来たことを。



低空を鋭く飛んだムルナは、今まさに魔穴へと飛び込もうとしていたディメタの瞳に、その勢いのまま突っ込んだ。

鋭い栗色の嘴が、ディメタの左眼球に深々と突き立つ。


遺跡内に響く恐ろしい叫びと共に、蛇竜ディメタが激しく身を捩る。

尻尾で殴打されたムルナは、石床に叩きつけられ、羽根が散った。


「おのれぇっ! どこから現れおったっ!」

赤黒い血を噴き出し、ディメタが頭を振る。

怒りのまま上げた鎌首は、左の視界が効かず、魔石への充填で魔力を格段に削られていたディメタは、続けて飛び込んで来た山羊に気付くのが遅れた。

「いい加減にしやがれぇっっ!!」

長剣を振りかぶったテオドルが、高く跳んだ山羊から飛び降り、落下の勢いをそのままにディメタの胴に突き立てる。

深々と刺さった剣先は、ディメタを地面に縫い付けた。



「ぐおぉぉぉっっ……人間めぇっ!!」



ディメタの咆哮がビリビリと空気を震わせ、激しく捩る巨体が魔閉扉と石床を打ち付ける。

テオドルも負けじと踏ん張ったが、波打つ身体に弾かれて、床に倒れた。


再び吠え、なおも暴れようとしたディメタに、鋭く主人バチェクの声が頭上から降った。


「動くな、ディメタ! !」


突如、蛇竜の巨体が、上から押さえつけられたように地面に貼り付いた。

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