第40話 魔閉扉 ⑵
「魔界へ……」
「そうだ。元々帰るつもりだったのだろう? それなら予定通りだ。我も一緒に戻ってやる」
「キサマも……? 主人はどうするつもりだ!?」
「バチェクは我が魔界に帰ると言えば止めぬよ」
ディメタは軽く鼻を鳴らすようにして笑った。
その間にも、
そしてその数に伴って、地面から伝わる振動も徐々に大きくなっていた。
ベルキースは身を捩ったが、ディメタの身体の下から抜け出すのは困難だった。
「魔界へ帰ったからといって、昔に戻りはしない!」
「確かに、すぐには戻らぬだろう。だが、向こうには魔獣しかおらぬのだから、それらを取り込む内に、いずれは元に戻る」
ベルキースが牙を剥き出して唸った。
「いい加減にしろ! 私はこの世界で生きる! キサマとは行かない!」
シュルとベルキースの身体にディメタの尾が巻き付いた。
ギリと締め付けられて、ベルキースの息が詰まる。
「……あ…ぐっ……」
「決めるのは強者だよ、ヴェルハンキーズ。異議があるのなら、我と力比べ出来る程に戻るのだな」
十個目の虹霓石が窪みにはまり、小袋に入っていたもの、全てが配置された。
細く走った赤い光は、扇状の扉に複雑な紋様を描き、周囲は魔獣の瞳のような色が溢れている。
ディメタは赤い光の筋が入っていない二枚を見下ろす。
元々小袋には十一の虹霓石が入っていたが、一つはベルキースが取り込んだ。
起動するには二つ足りない。
「一つ足りなくても魔閉扉を動かす術を見つけていたのだろう。どうするつもりだったのだ?」
「……」
ベルキースは牙を剥いたまま、黙ってディメタを
「……言わぬつもりか?」
「ベルキースッ!」
振動で低い音が鳴っていた地底に、ヘッセンの声が響いた。
ベルキースが首を捻って見た先に、赤い光で照らされた壁際の階段層を飛び降りるヘッセンが見えた。
「ヘッセン!」
「これは良いところに現れたな」
悪い予感がして視線を戻したベルキースより早く、ディメタは巨体を滑らせ、目にも止まらぬ速さでヘッセンに近付いた。
「ディメ……っ!」
階段層を降りきり、立ち上がったヘッセンは、眼前に現れたディメタに突然締め付けられ、名を呼び切ることが出来ずに息を詰めた。
ヘッセンの上半身に、長い身体をキツく二周巻き付けたディメタは、尾の先をヘッセンの顔の前で揺らすと、端にヒビの入っていた眼鏡を容赦なく弾き飛ばす。
「ディメタ!」
「動くな」
飛びかかろうとしていたベルキースは、ディメタの声でその場に留まった。
締められて声も出せないヘッセンの肩に、大きく口を開いたディメタが牙を寄せている。
「やめろ!」
クッと笑って、ディメタはヘッセンの上衣の内へ、尻尾の先を滑り込ませた。
狩り場で採掘した虹霓石が内ポケットに入っていることは、魔力の塊を感じてすぐに気付いた。
器用に取り出したディメタが尾を振ると、虹霓石は、魔閉扉の残りの窪みの一つに収まる。
魔閉扉の側では、腰を抜かしたような
「あと一つだ。……さあ、ヴェルハンキーズ、どうするつもりだったのか、教えてくれるだろうな?」
ディメタは尖った尻尾の先を、見開かれたヘッセンの瞳にゆっくりと垂直に近付けた。
地下遺跡の崩れた壁面を、三体の影が軽やかに跳ねる。
地上の亀裂で出来た大穴から飛び込んだ三匹の
それこそ足場など蹄一つ分しかないであろう場所でも、躊躇わずに次の足場を目掛けて跳び降りるのだ。
右へ、左へ。
ジグザグと跳び降りる山羊達は、少し離れた所に大きな階段層があっても気にせず、最短距離の小さな足場を選んで跳ぶ。
おかげで、乗っているテオドルに生きた心地はしない。
「!!〜〜〜っっ!!!」
舌を噛むから絶対に口を開くなと言われていたテオドルは、必死に歯を食いしばってはいたが、声にならない悲鳴を上げている。
情けないなどとは言えない。
乗っている身からすれば、その感覚は降りると言うよりは、落ちるが正しいのだ。
ゆっくり旋回しながら下降して行くムルナは、山羊に乗ったテオドルを見てハラハラしっぱなしだ。
魔獣のムルナは、山羊型魔獣の身体能力の高さをよく知っている。
しかし、目の前で最愛のテオドルが、言い表せない程のひどい顔で山羊の角にしがみついているのを見れば、落ち着いて見守るなど無理な話だ。
もしも振り落とされたら、絶対に受け止めなくては!…などと、どうやっても無理な決意をして羽根に力を込める。
どの程度の距離が残されているのかと下を見て、最下層に赤い光があることに気付いた。
光と共に徐々に増していく魔力は、端から巨大な円形を描いていく。
先頭を降りていた魔獣使いが、山羊に指示を出して、広い階段層に一旦止まった。
続く二匹が隣に降りると、魔獣使いはムルナが気付いていた最下層の光を差した。
「ゼナス、あれは……」
「魔閉扉だな。ここは魔閉扉の真上だったんだ」
答えたゼナスが、目を眇める。
「どうなってる……ベルキースが起動しているのか?」
ようやく生きた心地を取り戻したテオドルも、下を睨み付けて首を振る。
「分からない。ディメタとどう決着がついたのかも……。とにかく、急ごう!」
三人は再び山羊を動かした。
◇ ◇ ◇
ムルナはテオドル達の乗った山羊達が動き出すのを確認して、すぐに急降下した。
下に、感じたことのある魔力の塊を見つけたのだ。
いつも感じるものよりも、とても弱い。
だが、あれは確かにトリアンの魔力だ。
〔トリアン!〕
トリアンの姿を見て、その状態を察したムルナは胸を痛めた。
〔……ああ、ムルナ……テオドルは?〕
痛みで苦しいのか、覇気のない喋りでトリアンは尋ねた。
〔今、こっちに向かってる。主様とラッツィーは?〕
〔下だ……。よく分かんないけど、さ、ラッツィー助けてやって……ついでに、主人もさ。テオドル、護衛だろ……。なんかさ、多分、下でモメてるんだ……〕
〔モメて……〕
ムルナは、テオドルがゼナス達に説明をしているのを聞いていた。
ディメタのベルキースへの執着と、過去の確執。
ムルナは飛ぶ。
そして、下に探索の意識を向けた。
ディメタの強力な魔力と、ベルキースの魔力がぐちゃぐちゃに乱れていて、恐ろしさから目を背けたくなる。
怖い。
だがあの中に、確かに
ラッツィーはどこにいるのか分からない。
見上げれば、テオドル達は確実に降りてきているが、最下層まではまだもう少しかかるだろう。
どうする?
いや、迷っても、弱い自分には何も出来ない。
怖い、……怖い。
でも……。
どうしよう……、怖い。
ぞわり、とムルナの奥底から、黒いものが膨れ上がった。
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