第38話 地階へ

地上には、大穴の空いた地面を遠巻きに覗き込む人々がいる。

二体の竜によって作られた亀裂は、その周辺の崩落こそ止まったが、不用意に近付けば更に崩れそうな状態だった。


テオドルもまた、奥歯を噛んで穴を覗く。

一時視界が閉ざされるほど舞い上がっていた土煙は、徐々に薄くなってきたが、魔閉扉へと続く地下遺跡の状態はよく見えない。

地上で耳にしたような、二体の竜がぶつかる音や、何かが破壊されたような轟音が何度か響いてきたが、その度に土煙や地下遺跡にいたのであろう小型の魔獣が飛び出して来て、結局下の状況はよく分からないままだった。




ヘッセン達が消えた後、ゼナスがやって来て状況を確認し、ここから下へ降りる算段を始めた。

別ルートの入口から入る者にも指示をしているが、ゼナスはここから降りるつもりだと言う。


郷長親父から任されたってのに、このままディメタを放ってはおけん。最短のここから降りて、奴に長のを聞かせる」

「声を?」

「ああ、アイツが伝える」

ゼナスは、壊れた石柱の上に静かに止まるフクロウ型魔獣を指した。


「おそらく、長も俺達も、ディメタとベルキースのえにしを完全には理解出来てはいなかったんだろう。ディメタ側の主張しか知らないんだから仕方がないが、予想が甘過ぎた。だが、ディメタの奴は明らかにやり過ぎだ。久々の再会に我を忘れていやがる」

ゼナスが太い腕を組む。

「親父に灸を据えてもらわなきゃならない」



「オレも行く」

テオドルが言うと、肩に止まったムルナがクルと鳴いた。

幸い、あの怪獣大戦でもテオドルの荷物は無事だったので、水は飲ませることが出来ていた。


テオドルは、ムルナを優しくひと撫でした。

「オレはヘッセンに雇われた護衛だ。アイツの無事を確かめて、必要なら手助けしなきゃならない」

「その子はどうするんだ?」

テオドルが一緒に行くと主張することなど、とうにお見通しだったようで、ゼナスは表情を変えることなく、肩上のムルナに視線を向けた。


「ムルナは…」キュッ!


テオドルが答える前に、ムルナが栗色の嘴を突き出して答えた。

「ムルナァ……」

弱ったように太い眉を下げたテオドルに向かって、ムルナは再び主張する。


キュ! キュッ!


「分かってるって。約束したんだ、今更置いていったりしない。だけど、今のはオレが返事するとこだっただろ?」

苦笑いでそう言われ、先走ってしまったことに気付き、ムルナはぽわぽわと羽根を膨らませて首を縮めた。


「まあ、その子の探索力があると助かるよ」

ゼナスが可笑しそうに笑ったところで、アルドバンの魔獣使いが、従魔らしき魔獣三匹を連れてゼナスのところへ走って来た。

「ゼナス、連れてきたぜ」

「おう、ご苦労だったな」

連れて来られた魔獣の首を軽く叩き、ゼナスはその魔獣を示してテオドルに言った。

「コイツらで大穴そこから駆け降りる」

「……ほ、本気がよ……」

テオドルは三匹を見て顔を引き攣らせた。


べェェ〜ッ!


つれてこられたのは、呑気そうに声を震わせて鳴く白い山羊ヤギ型魔獣だ。

湾曲した立派な二本の角が生えているが、大きさは子馬ほど。

着けているのは革で作られた簡易の鞍だけで、手綱らしきものもない。


「知らないのか? 山羊は崖を駆け下りるのが上手いんだ」

「が、崖を……?」

言われてみれば、亀裂から下へ降りるのだから、なだらかな斜面なはずもないだろう。

「特に魔獣の山羊型は身体能力が高くてな。乗る者がしっかり掴まって振り落とされさえしなけりゃ、無事に下まで連れて行ってくれるぞ」

ゼナスが魔獣の大きな角を撫でた。


テオドルは、笑うように目を細めてベェェ〜と鳴く山羊を見て怯む。

コイツに乗って、角だけ握って絶壁を降りる……?


「怖気付いたか?」

ゼナスにニヤリと笑われて、鼻の上にシワを寄せたテオドルが気合を入れた。

「そんなわけあるか! やってやらぁ!」

肩の上で、ムルナもクルッ!と鳴いた。



少し離れた所で、心配そうな顔をして見守っているキセラに気付き、ゼナスは近寄って肩に手を置いた。

キセラはさっき目を覚ましたばかりで、まだ柱にもたれ掛かっていた。

地上うえのことは任せるぞ、キセラ」

「分かってるわよ」

ゼナスは、満足に動けないくせに強がる彼女の頭を撫で、ぐしゃぐしゃと髪を乱す。

手を叩かれて、笑って離れた。


「無事に戻ってよ!」

「当たり前だ」

ゼナスが手を挙げ、先頭の山羊型魔獣にヒラリと飛び乗った。





頬を小さな何かがペチペチと叩く感触で、ヘッセンは薄っすらと目を開けた。

硬い石の床に転がっていて、辺りは薄暗い。

しかし、頭上から光の筋が幾筋も降りているのが見えて、きれいだ、とぼんやり思った。


唐突に、ヂッと声が聞こえて、ハッと意識を明確にする。

次いで、急ぎ起き上がろうとして、体中の痛みに顔を顰めた。

「……うっ…」


チィー…

側で声がして、瞬く。

薄暗さに何とか目が慣れてきた所で、手を床についた側にラッツィーがいることに気付いた。

「ラッツィー!?」

名を呼ばれて、嬉しそうにラッツィーが腕を駆け上がるが、身体が重いかのように、その速さはいつもよりも随分遅かった。

「どうして一緒に……」


ここでようやく、ヘッセンは色々なことを思い出し、周囲を急いで見回した。

ヘッセンがいるのは、遺跡内の階段層のどこかだろうが、明かりと言えば地上の裂け目から入る月光のみで、よく分からない。

見える頭上の裂け目の感じからして、地下四、五階階程度の場所だろうか。


ここは転移陣の指定地点なのか。

わざわざ転移陣を作っていたくらいなのだから、おそらくは魔閉扉まへいひに近い場所に飛ぶようになっていたのではないだろうか。


そう考えた所で、ラッツィーがチィーと鳴いた。

ヘッセンは肩の上に乗るラッツィーの背を撫でる。

留まるよう命じたのに一緒にいると言うことは、ラッツィーは命令に反して追いかけてきたのだ。


それは、一緒にいたいという意思表示に他ならない。


「命令を撤回する……大丈夫か?」

命令に反して与えられていた痛みが消えたのか、ラッツィーが脱力した。

しかし、すぐに腕を駆け下りて、数歩分離れた場所へヘッセンを呼ぶ。


出張った石の影に、トリアンがだらりと転がっていて、ラッツィーが側に寄ると僅かに顔を上げた。

「トリアン!」

ヘッセンが触れようと手を伸ばすと、一瞬だけ威嚇の声を上げたが、そのまま頭を下ろした。



トリアンの後ろ足は砕け、動くことが出来なくなっていた。

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