第30話 採掘 ⑶

新体制での採掘は、想像以上に上手く進んでいる。


この場所が影響していることもあるが、ラッツィーのトリアンとの連携、ヘッセンとの同調が、殊の外スムーズに行えていた。

それは、ラッツィーの能力適性が新たに発見されたことでもあり、上手くいくことで自信をつけたラッツィーが、さらに集中力を増した結果でもあった。


ラッツィーの集中力は、過去の現場と比べて、格段に増した。

テオドルをはじめとする、傭兵や魔獣使いが距離を置いて護衛する中でも、採掘現場で高まる魔力に惹かれ、既に二度高ランク猛獣型魔獣が現れた。

しかし、ラッツィーの集中力が切れることはなく、休憩を挟みながら、作業は順調に続けられていた。




別の現場近くに控えていたゼナスが、腕に梟型ふくろうがた魔獣を止めてやって来たのは、既に午後になって二刻は過ぎた頃だった。


「ヴェルハンキーズを探していた探索魔獣従魔から、発見したと知らせがあった」


食事休憩を取るため、掘削された穴から上がってきていたヘッセンは、その言葉を聞いて開きかけていた携帯食の包みを下ろした。

「どこで姿を?」

「アルドバンの西だ。北部との境界辺りだな。どうやら、アルドバンを迂回して遺跡ここに向かっているようだ」


ヘッセン達がアルドバンを目指したからか、それとも、魔獣使い達が多くいる場所を避けたのか。

どちらにしろ、魔閉扉まへいひを目指して進んでいることに間違いはない。


「発見した後、そのまま従魔が後をけていたんだが、どうやら気付かれたらしい。残念ながら姿をくらまされた」

ゼナスが言えば、腕に止まった梟型従魔が申し訳無さそうに目を閉じた。

「問題ありません。どういう経路を辿ろうと、ベルキースは遺跡ここを目指して来るのですから」

「そうだな。……魔石は?」

ゼナスが尋ねると、ヘッセンは抉られた地面の底に視線をやった。

採掘途中の岩盤には、発する魔力を遮るための防護布が張られていた。

虹霓石こうげいせきです」

「やはり君のところから出たか……」

ゼナスはゴクリと喉を鳴らして、防護布に目を凝らす。

布と岩盤の隙間に、僅かな虹色が滲んで見えた。


「幸いと言うべきか、他の採掘場所で虹霓石は出ていない」

別の何ヶ所かで先に始まっていた採掘は、探索時点では虹霓石である可能性があったが、魔獣による妨害や、採掘時の魔力読みの失敗で質を落としていた。


虹霓石が姿を見せているのは、現在ここだけだ。


「ヴェルハンキーズ……いや、ベルキースが遺跡に潜る前に最後の虹霓石を手に入れようとするならここしかないが……。どう思う、奪いに来ると思うか?」

ゼナスが問えば、ヘッセンは首を横に振った。

「いいえ。奪うつもりがあるのなら、ひとりで去ったりはしなかったでしょう。全て揃ってから奪う方が、余程効率的だ」

逆に言えば、揃えさせるつもりがなかったからヘッセン達の下を去り、金庫屋に預けてあった虹霓石を持って消えたのだ。

「残り一つは、ベルキースの中では他の手段があるはずです。おそらく、遺跡へ直接向かうつもりでしょう」


「厄介だな……」

ゼナスの表情が渋くなる。


遺跡の中心はフルブレスカ魔法皇国の王宮跡だが、魔竜出現で出来た巨大魔穴まけつは地下にある。

大きく抉られた王宮地下にある魔穴を閉じる為、地上から建設された階段状の地下階は、湧き出る魔獣を退けながら徐々に建設された為にとても複雑な形状だ。

その入口は地上に数多く存在し、在処ありかが不明になっているものも少なくない。

魔閉扉まへいひ建設の頃から関わっていたベルキースが、不明となっている入口を知っていてもおかしくないのだ。


ゼナスは一つ大きく溜め息をつく。

「アルドバンが把握している入口には出来る限り人を配置している。ああ、ここにも護衛を増やそう。……ベルキースが来ないとしても、魔獣はまた惹き付けられるはずだからな」


岩盤の上で、防護布が風を孕んで僅かに膨らんだ。




「ほら、ちゃんと食っとけよ」

包みを持ったまま考え事をしていたヘッセンは、顔の前に差し出されたカップを見てから、視線を上げる。

いつの間にか、湯気のたつカップを持って、テオドルが側に来ていた。

「焚き火のところで傭兵連中がスープ作ってたからな、貰ってきた」


受け取ったスープには、乾燥肉と乾燥野菜が煮込まれていて、ヘッセンはふと表情を和らげた。

「貴方もいつも、こんなスープを作りますね。傭兵はそんなものですか?」

「一品で栄養が摂れて効率的だろ。食わないと力が出ないからな。……まだ作業するつもりなんだろう?」


この辺りの岩盤は比較的軟質で、採掘は捗っている。

ベルキースが近くまで来ているのなら、日没後もこのまま作業を続けたい。

少し離れたところで休憩しているトリアンは、それほど疲れた様子はない。

ラッツィーも、トリアンの側で頬を膨らませ、モリモリと食べている。

休憩をしっかりとれば、まだ作業を続けることは可能だろう。



「猛獣型が寄って来ても、ここには絶対に近寄らせねぇ。だから安心して作業しろよ」

ニッとテオドルが笑うと、ヘッセンは頷いてスープを口に運ぶ。

「ええ。信用しています」

「ははっ、アンタからそんな言葉が返ってくるようになるとはな!」

心底嬉しそうに言って両腕を組めば、ムルナが肩でクルッ!と強く鳴いた。     

「ムルナ、こら、その時はちゃんと逃げろよ!」

焦ってムルナに向かって注意するテオドルを笑った後、ヘッセンは表情を改めた。


「……テオドル、貴方に頼みがあります」





今夜は雲一つない夜だ。

輝く丸い月は、眩しいほどに青白い光を降らせる。


月光の明るさも力を貸して、魔術ランプで照らされた採掘現場は、まだ今日の作業を終えていなかった。

虹霓石が姿を見せてからは、出来る限り早く掘り出すことが望ましい。

特に、いつ魔獣が現れるか分からないこの場所では。


もちろん、今回に限ってはそれだけが理由ではないが。



ゼナスの指示を受け、採掘現場を中心として、遺跡付近に配された人は多い。


アルドバンからやって来た魔獣使いや採掘士達は、その多くが短いケープを身に着けていた。

その中の一人の男が、疎らに半壊建物の跡が残る隙間を、採掘現場から離れるようにして歩いて行く。

彼もまた同じように、短い黒のケープを着ていたが、夜であるのに深くフードを被っていることだけは違った。



入り組んだ隙間を抜け、僅かに開けた場所に出た途端、男の背後から声がした。

「声も掛けずに行くなんて、随分水臭いじゃねぇか」


男が立ち止まり、振り返る。

フードの影から覗くのは、深紅の瞳。


「まったく、心配掛けやがって」

半壊建物の影から、テオドルが出てきた。

空から降りてきたムルナが、静かに肩に止まる。



人形ひとがたのベルキースが、ゆっくりとフードを剥いだ。



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