第29話 採掘 ⑵
突然トリアンから向けられた尖った気配に、ラッツィーとムルナは震え上がった。
すっかり馴染んで共に過ごしていたが、トリアンは二匹と違って中ランクの魔獣。
従魔となった頃には、そばにいるだけで身体を固くしてしまうような気配をまとっていたことを思い出す。
〔ふざけたこと言うんじゃないよ。アンタはまだ、やれるだけのことを全部やってないだろう〕
〔や、やったもんっ! でも上手くいかなくて……〕
トリアンは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
〔あれで全部やったなんて、どれだけショボい能力なんだか。ヘッセンもつまんないガキを従魔にしたもんだねぇ〕
〔
〔ラッツィーはショボくなんかない!〕
ラッツィーが背中の毛を逆立て、ムルナも翼の先を震わせて言い返した。
しかし、トリアンは尚も深紅の瞳を吊り上げる。
〔ハッ。低ランクで馴れ合ってるだけの従魔なんて、ただの
ボッとラッツィーの尻尾が毛羽立った。
持ったままだった木の実を投げ落とし、トリアンに飛び掛かる。
〔主は二流以下じゃないっ!〕
小さな手が届く前に、トリアンは長い尻尾でラッツィーの身体を強く払った。
ラッツィーの身体は簡単に地面に転がる。
〔ラッツィー!〕
ラッツィーの側へ飛ぼうとしたムルナを、トリアンは返す尻尾で叩いた。
「やめろトリアン!」
「ムルナ!」
ヘッセンとテオドルが気付いて止めに入り、制止を命じられたトリアンは、その場で地面に伏せることになった。
〔アンタの“家族”ってのは、そんなに軽いもんかいラッツィー!〕
トリアンの声に、転がったラッツィーはビクリとして土に
トリアンは地面に伏せたまま、ラッツィーを睨んだ。
〔アンタがアタシにその場を譲るってんなら、貰ってやる。ただし、二度と返してやらないから覚悟して明け渡しな!〕
「トリアン!」
シィィと威嚇の声をあげたトリアンを、ヘッセンは魔術で地面に抑えつけた。
トリアンは抵抗しなかったが、キツくラッツィーを睨んだままだった。
仲の良いはずの二匹の諍いに、ヘッセンは眉根を寄せながらラッツィーを拾い上げる。
その手に縋り、ラッツィーはヘッセンの袖をギュウと握りしめた。
翌朝、早い時間から現場に膝をついた
主が
それらは全て繊細で重要な作業で、側で魔力を見ながらサポートするのは、自分の役割だ。
地中の魔力脈を通る魔力の流れは、よく見えている。
ただ、これを上手く伝えられない。
ガッと固く鈍い音がして、ラッツィーはヂッと鳴く。
主は手を止め、ラッツィーを見た。
そうじゃない、でも、伝わらない…。
ベルキースがいれば完璧に伝えてくれたのに、今はいない。
自分だけで、間違いなく伝えなければいけないのに、出来ない。
どうしよう……。
やっぱり、トリアンに替わるべきなんだろうか……。
弱気なことを考えた途端、主が細く息を吐いて道具を置いた。
ラッツィーは三角の耳を倒して震える。
とうとう主に呆れられ、役割を外されるのだと思った。
しかし、ラッツィーは優しく救い上げられ、頭を撫でられた。
「ラッツィー、いつも通りでいい。お前が伝えることを読み取ることが出来るかどうかは、私の力量の問題だ」
ラッツィーは驚いて目を大きく見開いた。
「お前は優秀な探索魔獣だ。だから、自信を持っていつも通りやっていいんだ」
もう一度撫でられて、ラッツィーはふるると震えて主の胸に抱きついた。
主、主!
大好き。
オレの大事な家族。
オレ、ずっと主と一緒にいたい。
ずっとずっと、側にいて
撫で続けてくれる手の平から、ヘッセンの温かな気持ちを感じて、ラッツィーはハッとして瞬いた。
……流れ込む気持ち。
触れると、感じるんだ。
繋がっていると、ちゃんと感じる。
例え、隷獣でなくても、伝わるんだ。
振り返れば、トリアンがじっと見ていた。
その瞳には、怒りも、竦むような強い気配もなく、ただ真剣にこちらを窺っている。
トリアンの長い尻尾の先が、タン、タンと小さくリズムを刻んでいた。
ラッツィーは、昨夜のトリアンの言葉を思い出した。
〘アンタはまだ、やれるだけのことを全部やってないだろう〙
トリアンは、オレがまだまだ力を出せるって、信じて待ってくれてるんだ……。
ラッツィーはピピッと耳を立て、フンフンと荒く鼻息を吐くと、ぴょんと地面に跳び下りた。
広げた両手両足に力を込める。
〔トリアン、こっちに来て〕
トリアンは僅かに目を細めたが、ラッツィーに言われた通り側に寄った。
すると、ラッツィーはトリアンの艷やかな長い尻尾を、自分の胴体に巻きつけた。
〔何する気だい?〕
〔やっぱりトリアンが流れを読んで。オレが主にそれを伝えるから!〕
〔あぁん?〕
魔力読みは、トリアンに全て任せる。
魔力感知と感応能力も使って、トリアンと主を繋ぐのだ。
きっとそれは、自分にしか出来ないこと。
怪訝そうに向けられた尖った鼻先に、ラッツィーは頭を擦り付けた。
〔オレがんばるから。トリアン、がんばるから、だから一緒にやって!〕
ラッツィーは、岩盤の上に膝をついた主の太腿を、三本の尻尾で掴むようにしっかりと添わせた。
ヘッセンは黙って二匹の様子を見守っている。
トリアンが恐る恐る聞いた。
〔本当にアタシが読むのでいいのかい?……アンタの役割を取っちまうよ〕
〔いいんだ。トリアンと主、両方と繋がれるのはオレだけだもん! オレは、オレにしか出来ないことで役に立つんだ!〕
フンフンと鼻息荒く言い切ったラッツィーの顔を、トリアンはベロリと一度舐めた。
〔ふ〜ん、いいじゃないか。それでこそおチビちゃんだ〕
〔おチビじゃないってば!〕
〔今回のが成功したら、もうそう呼ぶのはやめてやるよ〕
トリアンがニイと笑う。
〔さあ、行くよ〕
〔うん!〕
二匹の呼吸が合わさるのを感じて、ヘッセンは強く
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