第28話 採掘 ⑴

〔あの子、探索能力が増してやいないかい?〕

広域探索をしていたトリアンは、休憩に降りてきたムルナが、テオドルの手から水を飲むのを横目に見た。

トリアン自身も水を飲んで一息付いたところだった。


〔トリアンもじゃない?〕

側に来ていたラッツィーが言った。

〔……そうかい?〕

〔うん、だって二匹ふたりとも位置の特定がすごく早かったよ〕


トリアンが地上から、同時にムルナは空中から。

二匹同時の広域探索は、普段の移動の際にも行なわれて来た。

常にそうすることで、連携が取れやすくなるからだ。

その成果もあるのかもしれないが、この場所での探索は、二匹の見立てが短時間でピタリと合った。


〔何だか、この場所はんだよね〕

トリアンが少し考えて言えば、ラッツィーもコクコクと頷く。

〔うん、変な感じの場所だなって思ってたけど、身体は軽いんだ〕

二匹は同時にぐるりと辺りを見回した。

〔これが魔界の空気……なのかなぁ?〕



「ムルナ、疲れてないか?」

濡れた栗色の嘴を指で拭い、テオドルが尋ねる。

ムルナはクルと返事をして、彼を見上げた。


いつも通り喉は渇くが、体調は悪くない。

むしろ、身体は軽く、動きやすい。

それはやはり、この場所の空気のせいかもしれない。


ムルナの見上げた先、側に寄せたテオドルの顔色は良い。

魔界によく似た空気を感じるこの場所は、魔獣にとっては心地良いが、人間にとってはどうなのだろうと心配していた。

しかし、テオドルとヘッセン主様を見る限り、調子を悪くしたようには見えない。

魔界によく似た空気感であるが、全く同じではないことが理由だろうか。

魔界の魔力は全体的にもっと濃く、こんなにまだらな感じはしなかったように思う。


難しいことは分からないが、これだけ身体が軽いなら、まだワタシは役に立てるかも……。


そんなことを考えながら、ムルナは再びテオドルの手の平に残った水に嘴を浸した。




◇ ◇ ◇




午後になり、ヘッセンは採掘地点を決定した。


魔力脈の上で、手付かずの場所とはいえ、トリアンとムルナは想像以上の速さで採掘地点を絞った。

ヘッセンには、二匹が魔石粒を与えた後のように動きが良く、感知力も上がっているように感じた。

遺跡付近のこの場所は、彼等にとっては動きやすいのかもしれない。


いや、彼等に限らず、自分自身も普段より魔力がよく

単に一帯の魔力が濃いからなのかと思ったがそうではなく、自身が動きやすいからなのだと感じた。

この場所に足を踏み入れた時の、言い表せないような違和感は、いつの間にかほとんど感じなくなった。


まるで、この空気の中にいることが自然であるかのように。


テオドルも、この付近にいるアルドバンの者達も、ここに来た時には口にしていた違和感を、今は少しも訴えていない。

彼等も、この空気感に馴染み始めているのだ。


ヘッセンは大きく息を吸い込み、じわりと赤を滲ませた魔力を揺らす、遺跡の中心を見つめた。

もし今感じている空気感が、魔獣にも人間にも心地良いものであるのなら、これが新しい世界の標準であるのかもしれない―――。





地面に敷いた敷物の上で、採掘道具を几帳面に確認するヘッセンの側に立ち、テオドルはそこから見える地面の穴を覗いた。


テオドルの身長半分程の深さに抉られた地面は、虹霓石こうげいせきの採掘地点と定めた場所だ。

柔らかな土は既に大きく取り除かれ、底にはこれからヘッセンが掘削する岩盤が覗く。

今までベルキースが最初に行っていた大まかな掘削は、アルドバンから来ている魔獣使いの大型従魔が担ってくれた。

ここからは、ラッツィーとトリアンが地中の細かな魔力の流れを読み取り、ヘッセンに伝えなければならない。



「……いけるのか?」

道具の確認を終え、それらを収納した重い袋を背負ったヘッセンに、テオドルが声を掛けた。

その言葉が何を意味しているのか分かり、自然と袋の肩紐を握るヘッセンの拳に力が入った。


この八年間、採掘は常にベルキースと共鳴して行ってきたが、今回は出来ない。

ベルキースはいないのだ。


「やるしかありません」

ヘッセンは答えて、抉られた斜面を滑り降りる。

ベルキースを隷獣れいじゅうとする前は、リリー達と共に虹霓石を採掘出来た。

その感覚を思い出して挑むしかない。

「ラッツィー、トリアン」

頼みの従魔の名を呼んで手を伸ばせば、二匹は並んで斜面を駆け下りた。




しかし、ヘッセンの決意も虚しく、採掘は思うようにならなかった。


ベルキースを介して伝えられないことで自信が持てないのか、ラッツィーの魔力読みが精彩を欠く。

日を追うごとに息が合ってきていたトリアンとの連携も乱れ、危うく魔石の質を落とし、虹霓石を失うところだった。




◇ ◇ ◇




日が暮れて、普段なら採掘はとうに終了している時刻であったが、今はまだ魔術具のランプが煌々と採掘現場を照らしていた。

つい先程、ヘッセン主人が今日の採掘を終えると決めたところなのだ。


〔ラッツィー、大丈夫?〕

しょんぼりして木の実を噛じるラッツィーの横に降りて、ムルナは心配そうに顔を覗き込んだ。

〔大丈夫じゃない。オレ、全然上手くやれてない……〕

ラッツィーは噛りかけの木の実を下ろした。


この場所の感じは今までと違っていて、最初は戸惑ったが、すぐに馴染んだ。

身体が軽いとすら感じるようになったのに、トリアンやムルナと違って、自分は上手く動けていない。



〔オレ、ベルキースがいないと役に立たないのかも……〕

三角の耳をペタンと倒し、ラッツィーが溜め息混じりに言った。

〔ラッツィー、そんなことない〕

〔ううん、オレ、出来ないもん……〕


あるじは虹霓石を手に入れないといけないのに、オレは足を引っ張っている……。


ラッツィーはもう一度溜め息をついて顔を上げた。

〔トリアン、明日はトリアンがあるじの側で魔力読みしてよ〕


その瞬間、トリアンが短いたてがみを逆立てた。

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