第27話 狩り場

フルブレスカ魔法皇国の王宮があった場所を中心とした一帯は、今現在も巨大遺跡として多くの半壊建物が残されている。


アスタ商業連盟の北部と、アルドバンを含む東部の一部は、元々は皇国の領土だった為、アルドバンから遺跡へ向うことは、それ程難しくない。

遺跡の周辺は、従魔とする為の魔獣を狩る“狩り場”となっていて、アルドバンから行き来する者は多かった。

アルドバンの魔獣使いだけでなく、別の地域、別の国からも、狩り場へ入りたい者がアルドバンを訪れることは少なくないという。


アルドバン経由でなくても、遺跡に近い地域には、魔獣を狙う人間は数多く訪れる。

愛玩目的に魔獣を捕らえる者もあれば、素材として狩る者もいた。

魔獣をひとつの生命として、その尊厳を守ろうとする者はまだ少ないのだ。




ヘッセン達は、翌日の早朝に出発した。


郷長さとおさであるバチェク主導の下、アルドバンの魔獣使いや魔石採掘士達も協力し、まずは遺跡の外周付近で虹霓石こうげいせきを探す。


アルドバンの者達を現地で仕切るのは、次期郷長であるキセラの父、ゼナスだ。

そしてその間、ディメタがその側に付くことになった。

バチェクは年齢と身体を考慮して郷で待機し、状況に応じて梟型の従魔を介しての連絡係だ。


ディメタが側にいれば、放たれる魔力圧と存在感で、低ランク、中ランクの従魔達は萎縮してしまう。

そこでゼナスの従魔である豚型魔獣パグラは留守番になった。




魔獣車も利用して丸一日の移動期間中、遺跡に近付くほど、徐々にラッツィーは落ち着かない様子になった。

トリアンもどこか緊張した様子だ。


魔閉扉まへいひを地階に据えた王宮跡は、遺跡のほぼ中央に位置する。

そこへ近付けば近付く程、魔力は徐々に濃くなった。

しかし、ラッツィー達が落ち着かない原因は、魔力の濃淡よりも、その空気感だった。


ヘッセン達も、言い表せないような違和感を感じていた。

ここは自分達が生きている世界であるのに、

そう感じた。




◇ ◇ ◇




一行には、ムルナも加わっていた。


最後の虹霓石を得るまでは探索魔獣の役割を果たすと決めたムルナは、確固たる意思を持って、出発の朝に神殿へ来たテオドルの肩に止まった。

テオドルは何も言わずにムルナを撫で、首の蜂蜜色の布を結び直すと、神官に断りを入れて連れて出た。



魔獣車の中で、テオドルの肩に止まっているムルナは、少しずつ変わっていく空気感を懐かしく感じていた。

このまだらに濃い魔力と、僅かに湿気高く感じる肌感覚は、生まれ育った頃に感じていたものに似ている。


魔界の空気だ。


ラッツィーとトリアンは、魔界からこちらの世界に来た魔獣の子孫。

こちらの世界で生まれ育った、いわゆる“二世以降”の魔獣だ。

魔界を知らないのでこの空気に違和感を覚えているようだが、ムルナに違和感はない。

おそらく、ラッツィー達も長くこの場にいれば、不思議と馴染むだろう。

この世界の空気より、魔界の空気の方が魔獣に合うことは、身を以て知っている。



ムルナは、側にあるテオドルの横顔を見た。


あの夜、テオドルが神官に解呪を頼んだ理由を聞いた。

この世界と魔界が融合しようとしているというのは、この遺跡付近の空気を感じれば、間違いないと思える。


生きている内に、そんな日がくればいい。

そうすれば、テオドルがワタシのことで悩まなくて済むかもしれないのに。


そんな思いと共に、自分のことをどうにか生かしてやりたいというテオドルの強い気持ちを感じて、胸が温まる。


嬉しい。

人間にこんなに想ってもらえるなんて、ワタシはとても、シアワセな魔獣だ。

もしも本当に世界が一つになるのなら、魔獣と人間が、こんな風にもっと一緒にいられる世界になって欲しい。

ミンナがもっと、シアワセになれる世界に……。


ふと、テオドルが視線に気付いてムルナの方を向いた。

優しい瞳で微笑まれて、ムルナの胸は一層温まる。

その頬に嘴をそっと擦り付け、ムルナはクルと小さく鳴いた。




◇ ◇ ◇




遺跡外周の狩り場に近付き、ヘッセン達は魔獣車を降りて移動した。


虹霓石こうげいせきを掘り出せる可能性がある場所は、アルドバンの魔獣使いが探索魔獣を連れて、既に数ヶ所当たりを付け、採掘を始めているところもあるという。



「この辺りには魔力脈が何本か通っているが、採掘には至らず手付かずだ。場所がら、落ち着いて探索も採掘も出来ないからな」

別の魔獣車で移動していたゼナスと合流して、ヘッセン達は狩り場を進む。


“狩り場”と呼ばれる程に、この辺りは魔獣がよく現れる場所だ。

落ち着いて採掘は出来ないし、質の良い魔石が姿を現せば、それを取り込む目的の魔獣を呼び寄せてしまう。

ここで採掘するのは危険だらけなのだ。


だが、今回はディメタがいる。

ディメタがいれば、よほどの大物以外は付近へ寄らないのだ。

そのおかげで、何ヶ所かの採掘を始められてはいるが、実際に虹霓石を得られる可能性は低い。



ディメタはスルスルと地面を這って、ゼナスを先導して行く。

ディメタに続きながら、ゼナスがヘッセンを振り返った。

「虹霓石の採掘は繊細だ。余程長く組んだ魔石採掘士と魔獣使いでも、なかなか君のようには上手くいかん。……虹霓石を得られるかどうかは、やはり君自身に掛かっているだろう」


立ち止まったゼナスが「ここだ」と示したのは、過去には住居が立ち並んでいたのであろう場所だった。

生い茂った草と転がった岩石の間に、苔生した建物の基礎らしき名残がある。

最有力地ここは、君等に任せる」



頷いたヘッセンは、ディメタが離れるのを待って、トリアンとムルナを順に見て言った。

「トリアン、ムルナ、まずは場所を特定する。頼んたぞ」


スンスンとトリアンが匂いを嗅ぐように鼻を動かすと、テオドルの肩からムルナが飛び立った。


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