第23話 神殿

ムルナを連れておさの屋敷を後にしたテオドルは、教えられた道を歩いてすぐに神殿を見つけた。

アルドバンの神殿は、さとの中心近くに建っていた。


住居とは違う白い石造りの建物は、この世界のどの都市や街、村であっても、大きさの差はあれど造りは同じだ。


オルセールス神殿。


太陽と月の兄妹神を崇め祀る神の国、オルセールス神聖王国が統括するこの神殿は、太陽神殿と月光神殿という二つの神殿を、渡り廊下代わりに大広間が繋ぐ造りになっていた。




屋敷を出た時に薄暗くなっていた空は、既に夜の色になりつつあった。

風の季節は、太陽の光が力を失うのが早い。


魔獣を連れて、神殿の正面入口は潜れない為、テオドルは敷地の裏に回り、裏庭から両神殿の間の広間に足を向けた。


広間は既にポワリと明かりが灯されていて、中に入ると不思議と歓迎されているように感じた。

救いを求める者は、神殿に充満する神の御力みちからに触れると、そんな風に感じるものなのだろうか。


腕に抱きかかえたままだったムルナを見下ろせば、つぶらな瞳は興味津々という様子で室内を見回していた。

その落ち着いた様子から、ムルナもまた、神殿の空気を心地よく感じているように思えた。



「神殿に御用ですか?」

声をかけられて、テオドルはそちらに向いた。

太陽神殿に繋がる扉から、白い祭服を着た若い男神官が出てきたところだった。

右胸に太陽神の赤い聖紋が刺繍されてある。


「裏口からすまない。従魔を連れて来たんだが……」

テオドルがムルナを示せば、神官は心得たと言うように軽く頷いた。

「呪いを受けているのですね。神殿に預けたいとお考えですか?」

「ああ。一時預かりだが」


側に来た神官は、一人と一匹の様子を見てから、テオドルに向き合った。


「お預かりする前に確認をさせて頂きますが、神殿でお預かりしたからといって、従魔の解呪は出来ません。理解されていますか?」

「ああ、そう聞いた。それでも、出来る限り穏やかに長く生かしてやりたいんだ」

テオドルが言うと、ムルナが一瞬震えたので、その背をそっと撫でる。

「……分かりました。けれども、お預かりする間、日に一度は様子を見に来て下さい」

「日に一度?」

「そうです。アルドバン魔獣使いの郷と言えど、呪いを受けた従魔は契約を解除されることがほとんどです。わざわざ神殿に預けてまで永らえようとしてもらえる従魔は、間違いなく主人を恋しがるもの」

神官はムルナを見下ろす。

ムルナはそれを肯定するように、柔らかくクルルと鳴いてテオドルを見上げた。

「主人が自分を預けたまま顔を見せなければ、寂しさから気力が落ちます。気力が落ちれば、神殿の中といえども呪いが進行してしまうこともあるのです」


テオドルは強く頷く。

「ああ、良く分かる……」

真摯に向き合ってから、ムルナの気力を自分テオドルという存在がどれだけ支えているのか良く分かった。

それ程に自分が想われているのだということは、どこかくすぐったい気持ちもあるが、落ち着かない程に胸が熱くもある。

そして、決して目を逸らしてはならない重大な事実なのだ。


ムルナの生命は、文字通り自分が握っているのだから。



「俺はこのさとに来たばかりだが、落ち着く算段が出来れば、ここでこの子と共に暮らしたいと思っている。ただ、請け負っている仕事だけは終えなければならない」

腕に抱いたムルナをそっと持ち上げて、テオドルはその瞳を覗く。

「ムルナ、俺がヘッセンの護衛契約を終わらせるまで、ここで待つんだ。その間は会いに来れないだろうが、必ず迎えに…っ!」

言い終わる前に、ムルナが片翼を広げてテオドルの口を押さえた。


キュ!

キュッ!


何かを強く主張するように、短く鳴く。


〔ワタシも行くの!〕


そう言いたいのだと分かって、テオドルは太い眉を下げる。

以前ヘッセンが言っていた。

ムルナは仕事熱心で、役割を与えてやらなければ元気をなくすだろうと。

確かに、ムルナは探索魔獣であることにやりがいを持っている。

テオドルと出会う前から、ヘッセンが虹霓石こうげいせきを見つける手助けをしてきたのだから、残り一つの石を見つけるまでは役目を果たしたいと考えるのも当然だ。


「……ムルナ、気持ちは分かるが」

キュッ!

「ムルナァ……」


一歩も引かない姿勢のムルナに困り果てたテオドルの横で、神官が吹いた。


「……失礼しました。その、なんというか見たことのないような主従で……」

「あー…、まあ、のは分かってるよ」

テオドルは、バツが悪そうに角張った顎を掻いた。

「いえ、そういうことではなく。これほど従魔が自分の気持ちを主張するのは珍しいと思いまして。あなた方は、とても良い主従なのだと思いますよ」


神官は微笑んだまま尋ねる。

「その仕事というのは、すぐにでも出掛けられるものなのですか?」

ヘッセン雇い主のことだ、おそらく明日にも出発するだろう」

考えて答えれば、同意するようにムルナが首を縦に動かした。

「では、まず試しに一晩預けて考えてみてはいかがですか? 従魔にも個体差がありますから、預けることが必ずしも良いこととは限りませんし」

神官の言葉を聞いて、テオドルは改めてムルナを見つめた。



「……よし、まずは今晩、神殿で過ごしてみよう、ムルナ」

しばらく考えていたテオドルが、思い切ったように言った。

ふる、とムルナが震える。

「今晩神殿で過ごしてみて、それでもムルナが行くと言うなら、……連れて行く」

ムルナは驚いたように、つぶらな瞳を瞬いた。


テオドルはヘッセンの護衛についてから、魔獣について新しく知ることばかりだった。

ムルナを隷獣れいじゅうにして、何でも少しずつ実感して進んできたのだから、ここでもそうすればいい。

神殿にいれば呪いの進行が抑えられるとは聞いたが、実際どうかは、体験してみなければ分からないのだから。


「だから今晩はちゃんと神殿ここにいろ」

テオドルが言うと、ムルナはクルと鳴いて、テオドルの肩に飛び乗って頰に頭を寄せた。


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