第22話 繋がる ⑵
テオドルがムルナを連れて部屋を出てから、扉を気にして何度も視線を向けるキセラに、側に立っていたキセラの父が声を掛けた。
「なんだ、それほど気にせずとも、あの青年は
「そうだけど、テオドルは成り行きで主人になったらしいし、
そう口にする
「成り行きで契約したのであったとしても、受け入れたのなら、彼は魔獣使いの端くれだ。従魔の面倒は自分で見なければならない」
キセラは軽く唇を歪めた。
確かに、父の言う通りだ。
隷属契約も含め、従属契約は契約主がいつでも破棄できるもの。
テオドルが契約主であることを受け入れている以上、彼がムルナの面倒を見る義務がある。
アルドバンの魔獣使いであるキセラには、よく分かっている。
「神殿の場所も教えておいたし、彼が自分で考えて行動するだろう。勿論、本当に助けが必要なら助けるが、……彼等はよく繋がっているようだから、大丈夫だろう」
互いを知ろうとする意思と、思い遣る気持ちが見て取れた。
そういう主従は、大体上手くいくものだ。
キセラの父は、筋肉質な腕を組み直して、チラと窓の外を見た。
「どちらかと言えば、お前の方が心配だね」
「……どういうことよ」
「他人の従魔を気にしていないで、自分の従魔を良く見ろ、キセラ」
娘に対する父親の言葉でなく、弟子に掛ける師の苦言の雰囲気を感じ取り、キセラは喉まで出かかった不満を呑み込む。
魔獣使いとしての父から掛けられる言葉は、全て教えだ。
自分がテオドルに向けた教えが、そのまま跳ね返ってきたようで、悔しくも、恥ずかしくもあった。
しかし、父と祖父の前では、自分がまだまだ半人前であることを自覚している。
「………はい」
苦い思いを必死に呑み込んで、キセラはなんとか答えた。
そんな娘にニヤけ、父親は手を伸ばす。
強い力でグリグリと頭を撫でられて、キセラは憤慨して力一杯その手を叩いた。
呆れたような視線を息子に向けたバチェクの側で、
そしてチロリとヘッセンに向けて舌を見せる。
「
ディメタの説明に、ヘッセンは困惑気味に眉根を寄せた。
「確認……とは、どうやってしたのですか?」
「私をこの屋敷の鍵として縛らせて、魔穴を潜ることが出来るか試した。結果は言った通りだ」
「そんな試みを!? 契約が失われるかもしれないのに……?」
ヘッセンは驚きに目を見張った。
その実験は、結果がどうなるのか予想もつかない危険なものだ。
物理的に縛られていて、“潜れない”だけで無事に済むのかどうかは分からない。
しかも、もし潜れてしまえば、ディメタは魔界へ帰ることができ、従属契約は消滅するということ。
最高ランクの従魔を、
「例え契約が失われても、ディメタと私の繫りは消えません。ディメタは私の無二の従魔で、ディメタにとっても、私は無二の
バチェクはゆっくりと言い切って、ディメタのつるりとした胴を撫でた。
ディメタは気持ち良さそうに、僅かに顎の下を揺らす。
「契約が消えたら、また結びなおせば良いだけの話。我が
簡単なことだと言わんばかりの言葉に、ヘッセンだけでなく、壁際のキセラも開いた口が塞がらないといった顔だった。
一度椅子に腰掛け直し、バチェクはテーブルの手紙に手を添えた。
「真に繋がるということは、互いに守り合うことではありません、ヘッセン殿。その者の本質、その能力を知り、高め合うこと。何よりその者の持てる力を理解し、引き出すこと。それが出来るのは、揺るぎない信頼関係があってこそです」
ディメタの試みは、その信頼の上で成されたもの。
それ程に、人間と魔獣は繋がることが出来るのだ。
手紙に添えた皺だらけの手を見て、バチェクは出来ることならヘスティアにもそれを伝えたかったのだろうと、ヘッセンは思った。
ディメタはゾロリと胴をくねらせ、再びテーブルの上に乗り上げると、ヘッセンを間近に見下ろした。
「お前の答えによってはひと飲みにしてやろうと思ったが、まあ良いだろう。自分がヴェルハンキーズの生命を幸せに終わらせてやるのだと言い切れないのだから、あくまでも及第点だがな」
「厳し……」
壁際のキセラの口から、思わず一言漏れた。
ディメタはキセラに向かってシャーと威嚇音を放つ。
「煩い小娘。我は、我が物顔でヴェルハンキーズの生命を抑えつけてきたトルセイ家の輩が嫌いなのだ」
魔獣の、しかも種族違いであるのに、ディメタが見せるベルキースへの執着のようなものはなんだろうか。
ヘッセンの表情にその疑問が見て取れたのか、ディメタは続ける。
「我等は魔竜が成竜と成った後、脱ぎ捨てられた皮と
「兄弟……」
思いもよらなかった事実に、ヘッセンはただ驚くばかりだ。
成竜となった魔竜の残骸から生まれた竜の亜種。
だからこそ強大な力を持ち、ベルキースは魔閉扉に取り込まれずに生き残り、ディメタは魔穴への無謀な試みも躊躇わなかったのだ。
「
一段声を低くし、ディメタはグィと顔をヘッセンに寄せた。
「人間に従うばかりの不甲斐ない
ディメタの顎の下がゆっくりと波打っている。
ヘッセンは強く頷いた。
「危険は承知の上です。ベルキースは、私が連れ戻す」
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