第19話 真の願い ⑴
ヘスティアの書いた手紙を、順を追って開いたヘッセンは、最初の一通でまず衝撃を受けた。
そこには、ヘスティアが家長となって知り得た家門の過去から、アルドバンの
そして、彼女が
『家門に従属させられた魔獣の契約を破棄し、魔界へ帰す方法はないのでしょうか』
ヘッセンは顔を上げた。
「ヘス……姉は、ベルキースを魔界へ帰そうと考えていたのですか?」
テオドルとキセラが驚いて目を見合わせたが、言葉を発することはなかった。
ヘッセンが全てを読み終えるまでは、口は挟めない気がしていた。
バチェクは、背もたれに身体を預けたまま頷いた。
「そのようです。ヴェルハンキーズを従属させるのは、ご自身が最後でありたいと思われていたようですな」
ヘッセンにも思い当たる節はあった。
トルセイ家では家長が代替わりする際、必ず同時に次の家長候補を定めている。
ヘスティアが幼い頃に次期家長と定められていたのも、その為だ。
それはひとえに、ヴェルハンキーズという特異な魔獣を、途切れなく家門に従属させて行く為に他ならない。
しかし、ヘスティアは家長となっても、次期家長候補を頑なに定めなかった。
おそらくそれは、自分がベルキースの最後の主でありたいという願いからだったのではないだろうか。
バチェクは遣り取りのあった頃の記憶を辿るように、組んでいた両手の指をゆっくりと組み替える。
「ヘスティア殿は、ご自身の代で従属契約を終わらせ、ヴェルハンキーズを魔界に帰したいと考えられた。しかし、お一人だけではどうすることも出来なかったのでしょうな。トルセイ家門には召喚当時の記録が残されていたようですが、何しろ世界の魔力事情が変わってしまいましたから。……それで、私に
魔竜出現以前の世界は、今より多くの魔力が満ちていたという。
魔術素質を持つ者の方が、持たない者よりも数多く、力ある大魔術士はどこの国にも存在した。
しかし、魔竜出現で世界のバランスは崩れた。
世界の魔力減少と共に、魔術士の数は激減し、高度な魔術も担い手がいない為に次々と失われていった。
代わりとなるべく発展したのが、魔術具だ。
魔術素質がなくても、魔石さえあれば使える魔術具が重宝され、その技術が向上していくと、魔術自体の衰退は加速していった。
ヘスティアが受け継いだトルセイ家の記録には、ヴェルハンキーズを魔界から召喚した時のことが残されていた。
当時のように実力のある魔術士がいるのなら、その記録からヴェルハンキーズの送還方法を探り出すことが出来たかもしれないが、現在はその能力を持った者は存在しない。
誰かに相談しなければ、ヘスティア自身ではどうにも出来ない。
それで辿り着いたのが、過去に家門と、そしてヴェルハンキーズと縁のあった、アルドバンだったのだろう。
ヘッセンはバチェクが口を閉じたのを見て、再び手紙に視線を落とした。
全ては、この数通の手紙を読み終わってから、ということだ。
手紙の中でヘスティアは、契約という縛りを解き
しかし、魔術による送還の可能性を探ることは現実的ではない。
よって、
この世界と魔界を繫ぐ穴、
それは突発的に起こる現象で、人間が発生をコントロール出来るものではない。
ヘッセンは、キセラが以前、アルドバンの
発生場所を予測出来るのであれば、魔獣をこちらの世界から魔界へ帰すことも可能かもしれない。
その内容は、二人の手紙の遣り取りの中にも出てきており、ヘスティアはそれを長に懇願していた。
しかし、長からの返答は、ベルキースが魔穴を潜り、魔界へ帰ることは不可能であるというものだった。
理由は、ベルキースが魔閉扉の鍵であるから……。
読み終えたヘッセンは、手紙をテーブルの上に揃えて置いた。
魔閉扉を動かすには、
ヘッセンはベルキース自身が鍵なのではないかと考えていたが、それが正しかったようだ。
「……バチェク殿は、姉に諦めるよう仰っていますね。魔穴の発生を予測できるのなら、そこからベルキースが魔穴を潜ることが出来るのか、試すことも出来たのではないのですか?」
バチェクは大きく頷いて、椅子の背もたれから身を起こす。
同時に、渋茶色の
「確かに試すことは可能です。しかし、ヴェルハンキーズは魔閉扉の鍵として使用されております。契約や呪いといった、非物質の縛りではなく、物質的に縛られている。ですから、別の魔穴を潜り魔界へ帰ることは出来ないのです。出来るとすれば、鍵として魔閉扉を開け放った後でなければならず、それには虹霓石が必要だった」
バチェクの言葉に、ヘッセンは拳を握った。
ヘスティアが魔閉扉を動かそうとした理由はこれだ。
思い返せば、ヘスティアは一度も魔閉扉を閉じるとは言わなかった。
そして、そこからベルキースを魔界へ帰すことが目的だったのだ。
ふと、ヘッセンの頭に一つの疑問が
なぜバチェクは、ベルキースに物質的な縛りがあるから魔穴を潜れないのだと断言できたのだろう。
ヘスティアの手紙には、“鍵として使用された”とは書かれてあったが、詳しい内容までは説明されていなかった。
魔術技術が衰退した今、鍵がどういうものかを知る
口を開きかけたヘッセンに向け、バチェクはそっと手の平を向けた。
「疑問には全てお答えします。……が、その前にひとつだけ、ヘッセン殿に確認しておきたいことがありましてな」
「……なんでしょうか」
「今は別行動のようですが、仮にヴェルハンキーズが魔閉扉に現れ、扉を開こうとするのなら、あなたはどうなさるつもりなのですかな?」
バチェクは、肘掛けの上の
ディメタの深紅の瞳は、ヘッセンの決意と選択を
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