第18話 手紙
老人は、キセラとその父と同じ、焦げ茶色の瞳を細めた。
フルネームで呼ばれて、ヘッセンは思わずキセラを見たが、まだ何も連絡していなかったと言っていたキセラは、もちろん首を横に振った。
「ああ、
言って、老人は側の壁際に据えてある古い机の上を指した。
机の上には使い込まれた黄銅の香炉と、大小合わせて二十本程の
そして、机の上に突き出した棚板の上には、小さな
「名乗り遅れましたな。アルドバンの
名乗りを受け、ヘッセンは改めて、テーブルを挟んでゆったりと座った老人に向き合った。
老人と言っても、肉付きがそこそこ薄くなった身体は、日常生活を健康的に送れそうなだけの筋肉が見て取れた。
短く刈られた髪は、元々の色が焦げ茶であった名残りは感じさせるが、ほとんど白い。
「お会い出来て光栄です、バチェク殿。しかし、居場所の把握は出来たとして、なぜ私の名前までご存知なのですか?」
「あなたのこと、そしてベルキースのことは、ヘスティア殿から聞いていましたからな」
「姉をご存知なのですか!?」
思わぬところでヘスティアの名を出されて、ヘッセンは思わずテーブルに手をつき、身を乗り出した。
ゾロ、とバチェクの座る椅子の下で何かが動いた。
ヘッセンの後ろに控えていたテオドルの肩で、怯えたようにムルナが羽根を震わせる。
動いたモノの正体を目にして、テオドルだけでなくヘッセンさえも、僅かに身を硬くした。
「私の従魔です。名はディメタ」
バチェクの足元から這い出てきたのは、身体を伸ばせば成人男性程はあろうかという
椅子と同じ渋茶色で、椅子の脚に尾を巻き付けるようにして、バチェクの背に半身を添わせていたので気付かなかった。
「ヘスティア殿が正式に家長となった年、……もう十年以上前ですな。その頃に初めて手紙を頂いたのです」
席を勧められ、テーブルを挟んで腰を下ろしたヘッセンは、想像もしていなかった内容を聞かされて一瞬言葉を失くした。
「ヘスティアは魔獣使いじゃなかったはずだよな?」
ムルナが怯えきっているので、テーブルには近付かずに壁際に立っていたテオドルが、ヘッセンに視線を向ける。
それでヘッセンは、ようやく口を開いた。
「ええ。ヘスティアがアルドバンに興味を示していた覚えはありませんし、彼女の口からその名を聞いた覚えもありません。……本当に、姉からだったのですか?」
「確かです」
頷いたバチェクが立ち上がる。
その段になって、彼の右足は膝から下がないことに気付いた。
ディメタがスルスルとその身体に添い、まるで
バチェクが棚の引き出しから数通の手紙を取って戻る間、短い移動ではあったが、彼等はまるで一体であるように動き、ごく自然に再び椅子に収まった。
「これが、送られてきた手紙です」
ヘッセンは手紙を手にして確かめたが、封蝋の印はトルセイ家のもので間違いなく、筆跡は確かに見覚えのあるヘスティアのものだった。
「……確かに、姉の筆跡です」
「念の為、従魔を飛ばして確認もしましたのでな、間違いありません」
初めて知る過去の事実に戸惑い、ヘッセンはテーブルの上の手紙を見つめた。
ヘスティアが家長となっても、ヘッセンは多くのことを共有してきたつもりだった。
しかし、彼女一人が背負っていた家門の秘事は、ヘッセンが想像していたよりも多かったのかもしれない。
それが、”家長”というものの責任だったのだろう。
「ヘッセン殿は、トルセイ家の大魔術士が
ヘッセンは顔を上げ、頷いた。
「はい。キセラから聞いたことだけではありますが」
魔竜出現以前の頃、トルセイ家の大魔術士が魔獣を呼び出して従属させることを試みた時、手助けしたのがキセラ達の祖先、魔術士アルドバンだ。
トルセイ家の詳しい記録は、家長となった者が指輪と共に受け継ぐ為、ヘッセンはキセラから聞くまで知らなかったことだ。
「アルドバンがトルセイ家と直接関わったのはその一件だけです。その後は、別の国で魔界や魔獣の謎を解明するために生きました。しかし、全く関わりを絶った訳ではなく、互いの後継によって魔術に関する情報の共有や、魔獣についての情報交換などが行われていたようです。その関係も、魔竜出現によって自然消滅したようですが……」
魔竜出現で、世界は大きく変わった。
フルブレスカ魔法皇国は衰退し、トルセイ家を含む皇国の残った貴族家門は、表舞台から消えていった。
「ヘスティア殿は、その頃の記録を辿って、
助力
その言葉は、ヘッセンの胸に不思議と違和感なく届いた。
ヘスティアが家門の記録を辿ってまで、アルドバンの郷長に助力を求める。
それは、間違いなく
ヘッセンは手紙を手に取り、大きく一度息を吐いた。
「バチェク殿、この手紙を読ませて頂けますか?」
「もちろんです。姉君がアルドバンに何を望んだのか、お知りになるべきでしょう」
バチェクは両手を組み、ゆっくりと背もたれに身体を預けた。
その側で、
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