第17話 家族

使い魔が姿を消した途端、街道から一直線に近付いて来たのは、個人所有の魔獣車だった。

魔獣車や馬車が街道を外れるようなはことは、まずない。

一体どういう事かと困惑するヘッセン達の前に、魔獣車が止まった。

「この車……」

キセラが口を開いた時だった。


バーン!と勢い良く内側から扉が開く。

飛び出してきたのは、黒茶の斑模様の巨大な豚だ。

その豚が、飛び出した勢いのままドカーンとココにぶつかった。


ブゴーッ!!

ブピーッ!!


二匹が盛大に鳴いて共に転がり、下生えを抉り取らん程の勢いで絡み合って格闘する。

ヘッセン達は慄いて三歩ほど下がった。

「パグラ! 待て! 離れろ!」

「ココ! 落ち着きなさい!」

同時に叫んだのは、魔獣車から慌てて降りてきた男とキセラだ。


呆気に取られているヘッセンとテオドルの前で、大興奮の二匹を何とか引き剥がしたキセラが、ココを抱きかかえたまま言った。

「あー、もう、ごめん。、私の父」

「父親!?」

黒茶の豚を見て驚いたテオドルに、キセラが顔をしかめて叫んだ。

「バカじゃないの!? こっち!」


指差された男が、ココよりも興奮している黒茶の豚型魔獣に跨って、顔を上げる。

大きな豚型魔獣を抑えられる程に屈強な身体は、よく日に焼けた濃い色の肌だ。

短く刈り込まれた焦げ茶色の髪の下、キセラと同じ額の右端には、獣の牙が三つ並んだ赤い入墨が見えた。


「ははは、お騒がせして申し訳ない。私がキセラの父だ」

快活そうに笑った彼の股の下で、ブゴブゴッと名乗るように黒茶の豚パグラが鳴く。

「アルドバンのおさの命で、あなた方を迎えに来たんだ」





キセラの父が迎えに来た魔獣車に乗り、ヘッセン達はその日の夕方には、魔獣使いのさとアルドバンに入った。


街は、南西は高さのある外壁に、北東は川を利用して作られた堀に囲まれていた。

街の造りや建物自体は、アスタ商業連盟の他の街と大して変わらなかったが、至る所に魔獣の姿があり、それを当然として暮らす人々の姿は新鮮で、ヘッセンとテオドルは驚きを隠せずに、周囲を見回しながら街の奥へ進んだのだった。




◇ ◇ ◇




〔ココォ! 会いたかった! 会いたかったよぅ!〕

〔アンタァ! アタシもよぅ!〕

おさの館に併設された獣舎で、ドッカンと二匹の豚の巨体がぶつかり合う。

ガスガスと蹄で地面を蹴りつけ、二匹の周りには土煙が舞った。


黒茶の豚型魔獣パグラは、キセラの父の従魔で、ココのつがいだ。

傍から見れば格闘しているようにしか見えないのだが、どうやら二匹は今、抱擁しているらしい。


〔おかあさぁーん!〕

〔おかえりぃー!〕

〔みんなぁ! 元気で良い子にしてたぁ!?〕

少し落ち着いたところで、わらわらと子豚達が寄って来て、再びドカンドカンと身体をぶつけ始める。

パグラとココの子供達のようだが、仔豚と言っても全く小さくはないので、その様子はもはや乱闘状態だ。



〔……アイツ、母親だったんだ〕

土煙が届かない程に離れた場所から、トリアンがボソリと言った。

変態して性を選べば、体毛の一部は色が変わるが、ココは全身薄桃色に見えたので気付かなかった。

よくよく見なければ分からない程度にしか変色しない者もいるのだ。


ツン、と小さく突付かれて横を見ると、ラッツィーが見上げていた。

〔トリアン、羨ましい?〕

気遣うような瞳と、トリアンの小麦色の毛をきゅっと掴む小さな手。

トリアンは鼻筋にシワを寄せて口を歪めた。

〔うへぇ、まさか! 見て羨むもんかね。暑苦しいって思ってたのさ〕

〔そうなの?〕

〔そうさ。……アンタこそ親が恋しくなっちまったんじゃないのかい?〕

ラッツィーは狐に襲われて両親を亡くしている。

しかし、ラッツィーはコテンと首を傾げた。

〔オレ、もうあんまり覚えてないんだよね。それに、今はあるじがオレの家族だし!〕

〔ふ〜ん。アンタ、その大事なご主人に付いて行かなくて良かったのかい?〕

トリアンは隣に建つおさの屋敷を横目に見た。


街の奥に位置するこの場所には、街中に立ち並ぶ石造りの民家と大して変わらない建物が建っている。

ただ、塀で囲われた敷地自体は広く、屋敷と同等の大きさの獣舎と、大きな木が数本植わった前庭があった。


〔だってさ、トリアンは付いて行かなかったから……〕

ラッツィーが呟いた。

人間達が屋敷に入る時、キセラとその父は従魔を外に待機させたので、今は大木の枝の先で、マリソーが仲間らしい鳥達と姦しく鳴いている。

しかし、ムルナはテオドルの肩に止まったまま一緒に入って行った。

トリアンは人間だらけの屋内に入りたくなかったので、指示させずとも付いて行かなかったが、ラッツィーはヘッセンに付いて行こうと思えば行けたはずだ。



ココとパグラがつがいだと分かってから、ラッツィーはトリアンのことをずっと気遣っている。

従魔になる前、トリアンが番と子供坊やを亡くしていることを知っているからだ。


本当は行きたかったくせに、と口に出しかけて、トリアンは言葉を飲み込む。

気遣いなんて無用だと突っぱねたい気持ちと、どうしようもなくこの小さな温もりを懐に抱きたい気持ちが、拮抗する。


それで、トリアンはラッツィーの背中を舐めた。

〔まったく、アイツ等が暴れるせいで、毛が埃っぽいったらないね。ほら、毛繕いしてやるよ〕

〔うん。……オレも後で、やってあげるね〕

〔やだよ、アンタの毛繕い、くすぐったいだけで下手っぴだもん〕

〔下手じゃないやいっ!〕

ピピッと毛を逆立てて、ラッツィーが抗議の声を上げる。

トリアンは楽しそうにクククと笑った。




◇ ◇ ◇




おさの屋敷の中は程よくぬくもっていて、風の季節の外気で冷えた身体を、じわりと温める。

奥へ案内されて歩くヘッセンは、屋敷の中にある生活の気配と、その柔らかな空気に胸が締め付けられた。

一所ひとところに落ち着いて生活していたのは、もう八年も前のことだ……。



建物に入ってすぐに若草のような蒼い香りを感じていたが、奥へ進む程、それに香木を焚いた時のような渋みが混じった。


「前もって連絡してなかったのに、よく場所まで分かったね」

キセラが前を歩く父親に声を掛ければ、彼はチラリと目線を寄越して肩を竦めた。

親父殿はまじないでお見通しってわけだ。……まあ、詳しくは本人に聞いてくれ」


そう言ったキセラの父に促されて入った室内には、一人の老人が、渋茶色の大きな木の椅子に腰掛けていた。

「ようこそお越し下された。ヘッセン・トルセイ殿」

キセラとその父にもよく似た顔立ちの老人は、ヘッセンが名乗る前にそう言って微笑んだ。


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