第16話 使い魔
ヘッセン達は魔獣車を利用しながら、出来る限りの早さでアルドバンを目指していた。
従魔達にとっては、街にいる時も魔獣車に乗る時も、人間に囲まれて行動を制限される窮屈な時間だ。
ヘッセン達は街には宿泊せず、乗車移動続きで負担がかかる従魔達の為に、街道脇で休憩や野営をした。
明日中にはアルドバンに到着しようかという頃、街道から少し外れた林の中で、ヘッセン達は休憩を取っていた。
自分で採ってきた木の実を噛るラッツィーを見ながら、ヘッセンは内心焦りを感じている。
ベルキースにいくら呼びかけても、何の反応もない。
ベルキースが意識して閉じているのだ。
一体なぜ急に離れていったのか。
なぜ拒絶しているのか。
隷属契約が破綻したわけでは無いが、そもそも
離れていれば、繫がっているという実感の他には何の役にも立たない。
今になって、せめて側を離れてはならないという制限だけでも設けておけば良かったと、悔やむ気持ちが湧いた。
ヘッセンの様子を見て、声を掛けようとしたテオドルの肩で、ムルナがクルと鳴いて空を見上げた。
示す方向を見ると、首の長い白く輝く鳥が、曇天を裂くようにこちらに向かって飛んで来ている。
「魔獣か?」
「あんな魔獣、見たことないけど」
呟いたテオドルの横で、同じ様に見上げたキセラが目を
「あれは、エルフの使い魔です」
立ち上がったヘッセンが言った。
「使い魔? 何だそれ」
「エルフは魔力を練り上げて、実在の動物を模した使い魔を創るのです。……あれはおそらく、貸金庫屋の
エルフは人間よりもずっと魔力量の多い種族だ。
人間の使う魔術とは別に、独自の魔法技術を持ち、使い魔もその一つとされる。
ヘッセンは、貸金庫屋の店主の
ヘッセンが
白い鳥は、ヘッセン達の姿を確認するように一度頭上で旋回すると、下降して軽く草の上に降り立ち、優雅に羽根を畳んで細い嘴を開いた。
「突然失礼致します、ヘッセン様。取り急ぎお知らせしたいことがあり、使い魔を飛ばしました」
使い魔は使用者の意識と繫がっている為、声をそのまま発して会話できるのだが、初めて見るテオドルとキセラは、「喋った!」と驚いて目を剥いた。
「知らせたいこと、とは?」
ある種の確信を持って、ヘッセンは尋ねる。
鳥は一度頷くように首を動かした。
「ヴェルハンキーズがトルセイ家の金庫を解約しました。魔法契約は違えることが出来ませんので、契約通り、解約者に金庫の中身を全て引き渡しました」
やはり、と思いながら、ヘッセンは続けた。
「解約などということが、彼だけで出来たのですか?」
「解約の条件は満たしていました」
ヘッセンは表情を曇らせる。
「その条件とは何です?」
「トルセイ家門の指輪と、
「指輪を……持っていた?」
ベルキースが指輪を持っていたという事実は、ヘッセンを揺らす。
行方の分からなかった家門の指輪は、館が焼けた際に共に焼失したものだと思われていた。
指輪の在り処を知っていながら、今までそれを否定しなかったベルキースは、ヘッセンに故意に隠していたということだ。
ヘッセンはトルセイ家の家長ではない為、貸金庫の契約規約も詳しく知ることが出来ないままだった。
ベルキースに教えられて、虹霓石を安全に保管する為に利用していただけ。
しかし、ベルキースは全てを把握していたのだ。
もしかしたら、ベルキースは最初から、虹霓石が揃った暁には全てひとりで約束を果たすつもりだったのだろうか。
ヘッセンの頭に、そんな考えが
共にと誓って生きたこの八年は、秘密や偽りの上にあったのだろうか。
ベルキースはやはり、今もヘスティアの従魔であるのでは……。
チチッと耳元で声がして、ハッとした。
側で見つめるラッツィーのつぶらな瞳と、使い魔の鳥をはじめとする皆の視線がヘッセンに集まっていた。
「ヘッセン」
呼ばれて目を合わせれば、テオドルは肩のムルナを撫でて、ニッと笑った。
「アンタさすが、ベルキースのことはよく分かってるぜ。予想通り、ベルキースは虹霓石を受け取りにハガンへ行ったんだ」
言われて、ヘッセンは瞬いた。
そして頷く。
「……ええ。確かに予想通りですね。私達も予定通りアルドバンへ急ぎましょう」
秘密にしていたことがあったのだとしても、八年間共に過ごしたことは本当のことだ。
決して、全てを理解出来なかったわけでは無い。
「知らせて下さって感謝します」
白い鳥にヘッセンが向き直れば、鳥は満足気に、そして優雅に羽根を動かした。
「いえ。トルセイ家の皆様には、長くご愛顧頂き感謝致します」
そして頭を下げると、翼を広げかけたが、再び畳んだ。
「ヘッセン様、皇国だけでなく、もはや家門も失われました。しかし、あの従魔はまだ囚われております」
「……家門にですか?」
「いいえ、おそらくは、凝り固まった自分の想いや信念でしょう。長く生きれば、新しいものを柔軟に受け入れることはなかなか困難なものです」
魔力に満ちた鳥の黒い瞳が、ゆらりゆらりと重く光を揺らす。
「どうか、教えてやって下さい。生きている限り、変化しないものはないのだと。例え、何百年と生きる者であっても」
言って、今度こそ翼を広げる。
「……年寄りが余計なことを申しました」
「いいえ!……いいえ。お言葉感謝致します、店主」
ヘッセンは強く応えて、拳を握る。
どんな想いがあったとしても、やはりベルキースと自分は、確かに深く繫がっている。
ヘッセンは、それを強く感じた。
この八年間で二人だけの絆を作り上げながら、きっとベルキースは変化してきた。
呼び掛けを意識的に遮断しているのは、そうしなければ、何らかの決意が揺らぐからだ。
そうでないのなら、ただ無視しておけば良かっただけのはず。
使い魔が、パッと白い光の粒を散らして消える。
「絶対にひとりで終わりになどさせない」
光の粒が消えゆくのを見つめてヘッセンが呟いた時、離れた街道を駆けていた魔獣車が一台、道を逸れてこちらに向かって来た。
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