第11話 未来
街道の分かれ道まで戻った一行は、行きに選ばなかった左側の道、北上してアルドバンへ至る道を進む。
街道沿いの町で一泊する為に宿を探したが、この町には魔獣連れで泊まれる大きな宿はなかった。
小さめの宿だと、食堂までは良くても、客室に連れて入れる魔獣は小型の低ランクまでだ。
中ランク以上は外の獣舎で寝泊まりすることになる。
獣舎泊決定のトリアンがあからさまに嫌そうな態度を見せたが、この宿を選ばなければ町を出て野営だ。
結局人間の意見が通って、宿に泊まることとなり、ココがトリアンに向かって嬉しそうにブヒヒと鼻を振動させたので、トリアンは短い
食堂のテーブルを二つ占領した一行は、夕食を摂りながら会話をしている。
キセラが同行するようになってまだ半月程だったが、既にこの形にまとまって寛ぐことが定着していた。
テオドルの食事の器が置かれた直ぐ側で、ムルナは深皿に
キセラに「アルドバンに帰ったら
それで安心したのか、ムルナは水の飲み方も落ち着いていて、マリソーを横目で睨むこともない。
見下ろしていたテオドルは、視線に気付いて見上げたムルナの濡れた嘴を指で拭った。
ムルナの羽根がボワリと膨らみ、ソワソワと身体を揺らす。
嬉しいのだと分かったが、そのつぶらな瞳の奥は、どことなく昏い。
どれだけムルナの心が安定して呪いの進行を留めることが出来ても、決して退行はしないのだ。
テオドルは顔を上げて、一度ヘッセンとキセラと目を合わせた。
◇ ◇ ◇
「ムルナ、話があるんだ。聞いてくれるか」
テオドルがそう言ってムルナを腕に乗せたのは、皆の食事が終わった頃だった。
改まった様子のテオドルに、ムルナは何事かとドキリとした。
しかし、赤茶色の彼の瞳は真剣であっても、ムルナを気遣う気持ちに溢れている。
それで、落ち着いてクルと鳴いて頷いた。
どんな内容であっても、きっと彼はもう、“逃げ”からの言葉を向けたりはしないだろう。
そう信じることが出来た。
テオドルはムルナの様子をよく見てから、口を開いた。
「ムルナには呪いが掛かっている。知っているよな? 普通なら呪いは神聖魔法で解呪するものだが、魔獣には神聖魔法が効かないんだ」
ムルナはゆっくりと言葉を頭の中で反芻して、数度瞬いた。
神聖魔法というのは、神殿にいる聖職者を名乗る人間が使うものだ。
神殿へは、
『魔獣に神聖魔法は効かない』
その言葉も何度か聞いたことがあった。
神聖魔法を使うのは人間なのだから、人間に疎まれる
テオドルはムルナと目を合わせたまま、ゆっくりと話を続ける。
「キセラの話では、アルドバンにも神殿があって、そこには呪いに侵された従魔が預けられているらしいんだ。だから、アルドバンに着いたら、俺はお前を一旦神殿に預けようと思う」
ムルナはビクリとして、わずかに羽根を萎ませた。
神殿に、預ける……。
ワタシを?
ワタシを手放すの?
しかし、すぐにプルと頭を振り、テオドルの次の言葉を待った。
彼は『一旦』と、確かに言ったもの!
ちゃんと最後まで聞かなくちゃダメ。
ムルナが緊張しつつも、真っ直ぐに見つめているのを確認して、テオドルは微笑んで頷いた。
「ヘッセンとの今の契約が終わったら、俺はアルドバンに落ち着くつもりだ」
◇ ◇ ◇
従魔達が一瞬驚いたように身を動かしたが、ヘッセンとキセラは黙ってテオドルとムルナの会話を見守っている。
「解呪は出来なくても、神の力が満ちた神殿内なら、魔獣であっても呪いの進行が止まるらしいんだ」
神殿は、
神殿内にいれば、解呪は出来なくても、その
それは、アルドバンの神殿で発見された事実だった。
アルドバン以外の神殿では、魔獣を建物内に入れることなど、決して許されない。
魔獣使いの
「残りひとつ魔石を見つけるまで。それが契約期間だ。遺跡で採掘を終えたら契約は終了する。その後は、アルドバンで仕事を探す。……何も傭兵に限ったものでなくてもいいからな」
テオドルが傭兵になったのは、働いていた農場がなくなって、路頭に迷いそうだったからだ。
縁あってラタンに拾われ、傭兵稼業を教わったが、そもそも身体を使って働くことが向いていたというだけで、ずっと剣を握っていたいわけではないのだ。
解呪出来なくても一緒に生きていくのなら、少しでも元気でいられる時間を長くしてやりたい。
テオドルはそう決意していた。
魔獣について詳しい者達がいるアルドバンで、呪いの進行を抑えつつ、一所で共に暮らす。
そうすることで、今よりも安定していられるだろう。
「だから、これから先は俺とアルドバンで暮らそう、ムルナ」
ムルナがふるると羽根を震わせて、パッとテオドルの肩へ飛んだ。
「肉体労働なら、いくらだって見つかるわ。魔獣使いって、意外と弱っちいのも多いから」
キセラが笑って横目にヘッセンを見た。
「……採掘士は筋力はありますが?」
「だけでしょ」
ヘッセンは一度軽く睨んでから、嬉し気に翼を動かしてテオドルの頬に顔を寄せるムルナを見て安堵する。
そして、過去にリリー達と心を繋いでいた感覚を思い出し、眩しいものを見たように目を細めた。
魔獣使いだとか、そうでないとか、関係ない。
目の前の生命と真摯に向き合うことで、その心は繋がれていくのだ……。
ふと、膝の上のラッツィーが、小さな手で上着の裾をギュッと握り締めていることに気付いた。
三角の耳が萎れるように倒れている。
「ムルナと別れるのが寂しいか?」
こちらを見上げる瞳が、寂しいと答えていた。
「アルドバンに行けば、また会える」
ヘッセンが微笑めば、ラッツィーはスルスルと腕を駆け上がって首にぺたりと張り付き、柔らかな頬を擦り付ける。
ヘッセンは愛おしくラッツィーの後頭を撫でながら、側に座ったベルキースの背にも手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、ベルキースはビクリと大きく身体を震わせた。
「ベルキース?」
驚かせてしまったのだろうか。
ぎこちなく視線を向けたベルキースは、一度ゴクリと喉を鳴らした。
「どうした?」
「…………驚いただけだ。それより、ムルナが残りの魔石を探索するまでは、共に行動したいと言っている」
「わ、喋った。良い声……」
初めてベルキースの声を聞いたキセラが、目を見開いて身を乗り出した。
その足下で、ベルキースに対抗するようにココがブヒィ、フゴォと大きく鳴いてお喋りを始め、皆の笑いと呆れを誘った。
それでこの時、ベルキースの動揺に誰も気付くことが出来なかったのだった。
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