第5話 激高

魔獣車で東部に入った一行は、結局アルドバンへ向かわずに予定通り中心方向へ進んだ。


決定を覆さなかったヘッセンに不満気な様子を見せたキセラだったが、だからといって強引にアルドバンへ向かわせようとするつもりはないようだった。

約束通り、東部の中心寄りにある丘陵地を目指す。



フルブレスカ魔法皇国の国土であった部分の、ちょうど最東端に当たるドンズ丘陵地は、魔竜と人間との戦いで大きく地形を変えた土地でもある。

戦いの後、たまたま大きく抉られた部分から金鉱脈が見つかり、一時採掘場となった。

ところが、期待された程の採掘量はなく、その殆どが割と短い期間で破棄されている。


採掘が盛んだった頃は、一緒に魔石も幾らか見つかったと言うが、集中して採掘を行うほどではなかったらしい。

しかしここは、ドルスカル鉱山跡から細く魔力脈が繋がっている場所でもある。

ドルスカル鉱山跡の魔石帯が復活したのなら、こちらにもそれなりの変化があるのではないかとヘッセンは睨んでいた。





夕方近くになり、ヘッセン達は街道沿いの街に入った。


風の季節の今は、日の入りの時間まで余裕があっても、暗くなるのは早い。

街で一泊するのなら、魔獣と共に宿泊できる宿を早めに確保しておかなければならなかった。



宿の一階の食堂で、ヘッセン達はテーブルを囲む。

大型の魔獣以外は同伴しても良い決まりだが、ベルキースとトリアンに加えて、ココがいる一行はなかなか場所を取る。

結局、テーブル二つを占領して夕食を摂っていた。

早めの時間であった為、食堂がそれ程混んでいなくて助かった。



「郷長の娘が、何で魔石採掘士に雇われてあんなとこにいたんだ?」

ゴロゴロと大きな具の入ったシチューを掬い、テオドルは隣のテーブルのキセラを見た。

キセラの足下にいたがるココは、中ランクの豚型魔獣だが、身体の大きさはなかなかのものだ。

だから、キセラだけ隣のテーブルにいた。

キセラの足下で、ココは大きな器に鼻面を突っ込んで、山盛りの餌をんでいる。


キセラは千切ったパンをシチューに浸して口に含んでいたが、飲み下すと呆れたように言った。

「何でって、私の従魔は優秀な探索魔獣なの。探索魔獣は探索させなきゃ意味ないじゃない。郷にいたってやることないわ」

「はぁ、なるほど……」

テオドルが一応納得すると、ココが床で笑うようにブヒヒヒと鳴く。

その拍子に、器から潰れた豆が何粒か飛ぶと、気付いたラッツィーが椅子から飛び降りた。




◇ ◇ ◇




〔およし!〕

ラッツィーが床に着く前に、同じ椅子の座面に丸まっていたトリアンが、尻尾を咥えた。

ぷらーんとぶら下げられたラッツィーが、ジタバタしながら抗議する。

〔オレも、豆、食べたいもん!〕

〔あらぁ、リスちゃんおいでよぅ〕

ココが口の端をニィと上げるので、トリアンはギギッと喉を鳴らす。

そして、隣の椅子に座る主人ヘッセンの太腿を尻尾で叩くと、こちらを向いたヘッセンに、立ち上がって口からぶら下げたラッツィーを突き出した。


ヘッセンと目が合ったので、ぶら下がったまま、ラッツィーはモジモジと小さな手で転がった豆を指差した。

〔あ、あるじぃ…オレもあれ食べてみたいな……〕


そんな主張は初めてだったのでドキドキしたが、ヘッセンは軽く笑ってその身体を掬い上げ、頭を撫でた。

「食べたいのか? お前は食いしん坊だな」

それだけ言って、ヘッセンはラッツィーの為に豆を追加注文した。


目の前に出された十数粒の豆に、ラッツィーは感激してトリアンに抱きついた。

〔トリアン! ありがと!〕

〔いいから食っちまいな。もうアイツのエサ欲しがるんじゃないよ〕

〔うん! ひとつトリアンにもあげる!〕

〔ゲェッ、いらな〜い〕

〔ええ〜なんで!?〕

ラッツィーがぷぅと頬を膨らませると同時に、離れた床から、ベフンベフンッと不満気にココが鼻を鳴らした。




ムルナは、テオドル達のテーブルの端で、静かに果実を突付いていた。

しかし、隣のテーブルで同じ様に果実を突付くマリソーが、ずっとこちらを見ているのが気になって落ち着かず、フイと顔を背ける。

ちょうど視界にテオドルの姿が入った。

しかし、彼は隣のテーブルのキセラの方を向いて話していた。


ふる、と無意識に羽根が震えた。

唐突に喉の渇きを感じて、側に置かれた深皿にくちばしを差し入れ、なみなみと入れられている水をコクリと飲む。


テオドルが用意してくれている水を飲めば、渇きは癒され、心は落ち着く。


……はずだった。


不意に深皿に横から嘴が入れられた。

驚いて一步分飛び退しさった拍子に、テーブルに水が溢れる。

いつの間にか寄ってきたマリソーが、深皿ムルナの水に嘴を差し入れて一口飲んだ。



テオドルがくれたワタシの水……ッ!!



美味しそうに喉を震わせて、ムルナに向けて首を傾げて見せたマリソーの姿が、ムルナの視界で歪む。

身体の奥底からどうしようもなく怒りと憎しみがこみ上げて、ムルナの身体を昏い奔流が飲み込んだ。




◇ ◇ ◇




フーッッ!


突然激高したムルナが、威嚇の声を上げてマリソーを突いた。

驚く皆の前で飛び上がり、よろけたマリソーを蹴りつける。


「ムルナ! よせっ!」

「マリソー!」

テオドルがムルナを、キセラがマリソーを抱えて離した。

呆然とするマリソーを睨みつけ、ムルナは暴れる。

フッフッと威嚇し続けるムルナを、テオドルは何とか宥めようとした。

「ムルナ、落ちつけ! どうした」


キセラ達と初めて会った際、マリソーから求愛を受けて、ムルナが怒ったことがあった。

それがあったので、今回キセラ達を同行するにあたって、テオドルはマリソーに注意を払っていた。

キセラにも頼んでいたので、必要以上にマリソーが擦り寄るようなことはなかったはずだった。



なおも暴れるので、テオドルはムルナの身体を胸に寄せてしっかりと抱き止めようとした。

その瞬間、ムルナが首を振り抜き、くちばしの先がテオドルの顎下を抉った。

「つっ……!」

ピッと細く筋が走る。

しかしムルナはそれにも気付かず暴れた。


横からヘッセンが腕を伸ばし、ムルナの栗色の觜を掴んだ。

上下を一緒に掴まれて開かず、ムルナは初めて目の前にいるヘッセンの顔を見た。



薄い水色の瞳に射竦められて、ムルナはビクリと身体を震わせる。

その言葉には、特別な効力などはない。

しかし、ヘッセンに捕らえられて弱らされ、初めて従属契約を結んだ時の事が頭をよぎったのだった。



ようやく動きを止めたムルナに安堵して、テオドルは大きく息を吐いた。


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