第4話 記録
魔獣使いの
アスタ商業連盟の北部と、東部の一部は、元々は故フルブレスカ魔法皇国の国土であった。
北部との境界ギリギリに位置するアルドバンもまた、それに含まれる。
商業連盟に取り込まれなかった皇国の残りの国土は、魔竜出現から五百年以上経った今も、どこの国のものでもない。
“失われた魔法皇国”のままだ。
それというのも、魔竜が出現した皇国の王宮があった辺りは、今でも
その為、どんな大国も満足に手を出すことは出来ず、故魔法皇国の巨大遺跡として現存しているのだった。
遺跡付近で発生する魔穴は、魔界と繋がり、時折魔獣をこちら側に引き出す。
それを求める魔獣使い達は、遺跡の外周を“狩り場”と呼んだ。
元々、魔獣を捕える為に来た者達が集落を作ったのが、アルドバンの始まりだ。
国でもなければ都市でもなく、ただの集団であったものが、肥大したアスタ商業連盟の領地に含まれる時に、取り込まれて消えてしまわないよう、代表を立てて独立した集落とした。
今ではアルドバンの郷長が、商業連盟の東部州長の一人となっていた。
「本当にこっちに行くんだから……、結構頭固いのねぇ」
魔獣車の開け放った窓から顔を出し、キセラが言った。
一行は、アスタ商業連盟の南部から北上する街道を、魔獣車に乗って移動している。
ちょうど分かれ道を右へと折れたところで、キセラは選ばれなかった左側の道を恨めしく見ていた。
選ばれた右の道は、ドルスカル鉱山跡から細く続く魔力脈が通っている方向で、東部の中心へ向かっている。
北部との境に位置するアルドバンへ行くのなら、左の道を進まなければならなかった。
ヘッセンはキセラの誘いを受けて、彼女の従魔二匹と共に東部へ向かうことにしたが、受けたのは東部への案内のみで、アルドバンへは向かっていない。
キセラの「アルドバンへ来ないか」という誘いは、ヘッセンにはとてと心惹かれるものでもあった。
従魔達へ向ける自分の気持ちを再び自覚した今、魔獣使いの郷で得られる知識には魅力を感じる。
しかし、まず優先すべきは
ヘスティアが亡くなって八年。
ようやくここまで来たのだ。
最後の一つを手に入れ、ヘスティアの願いを叶えること。
ベルキースとヘッセンにとって、それが何よりも大事なことであることに変わりはない。
それで、ちょうど北部か東部へ探索を切り替える気になっていたヘッセンは、キセラの申し出を受けて東部の案内を任せ、魔力脈を辿ることにしたのだった。
「先にちょっとアルドバンに寄るくらい、いいと思うんだけど」
アルドバン行きを後回しにされたキセラは、不満気に口を歪めた。
サラサラの髪の毛を、幅広のターバンですっかり覆った彼女は、一見少年のようにも見える。
「質の良い魔石を集める依頼って、何? どこのお偉いさんから依頼を受けてるの?」
グイと顔を突き出して聞くキセラの足元には、ココがでろーんと伸びて居座っている。
マリソーは空だ。
幅を取るココがいるために、ヘッセンとテオドルは向かい側に並んで座っていた。
空いた部分にトリアンとラッツィーが収まり、ムルナはテオドルの肩だ。
ベルキースはココのようにヘッセンの足元にいたが、ココの方が余程大きく見えるから不思議だった。
「依頼内容について詳しく話すわけがないでしょう」
「まあ、そうだけど。期限を切られて急いでる様子でもないし、アルドバンに先に寄ってもいいじゃない?」
ヘッセンは「依頼を受けて
もちろんその使い道が、魔閉扉を動かす為だとも。
ヘッセンは軽く溜め息を付いた。
「なぜそんなにアルドバンへ誘うのです。魔獣使いなどいくらでもいるでしょうに」
キセラは背凭れに身体を預け、ココを蹴らないように足を組むと、ヘッセンの足下を指差した。
「この子を連れて行ったら、爺さまが喜ぶだろうと思ってね」
指されたのは、ベルキースだ。
ベルキースはゆっくりと視線を上げる。
キセラは楽しそうに焦げ茶色の瞳を細めて手を戻した。
「この前別れてから、採掘士に聞いたの。“ヘッセン・トルセイ”。それがあなたの名前なんでしょう?」
「……だったら何です? “家門潰し”とでも聞きましたか?」
尖った視線を真正面から受けて、キセラは華奢な肩をすくめた。
「そんなことに興味ない。興味があるのは、トルセイ家には“最古の従魔”がいるって話よ。……どうにも気になる子だと思ったの。この子がそうなのよね?」
車内の空気が、ピリと張った。
ヘッセンは慎重にキセラを窺う。
「“最古の従魔”? 何だそれ」
眉根を寄せて言ったテオドルには、何のことか分からなかった。
ベルキースのことは、昔からトルセイ家門に従属している魔獣だとしか説明されていないからだ。
ヘッセンは“最古の従魔”という言葉を使ったことはない。
「……なぜそれを?」
低く尋ねたヘッセンの声と共に、ベルキースの深紅の瞳が鋭く光る。
その雰囲気を遮ってキセラを守るように、ココがベフンベフンと鼻息を吐いた。
「トルセイ家の大魔術士が魔獣を呼び出して従属させることを試みた時、それを手助けした魔術士がいたのを知っている?」
「……手助けした?」
それはヘッセンにも初耳のことだった。
家門の詳しい歴史や、“ヴェルハンキーズ”については、家長となった者が家系図と指輪と共に受け継ぐ決まりだった。
全てはヘスティアが受け継ぎ、そしてあの日永遠に失われた。
ヘッセンがチラと見れば、ベルキースは少しも反応することなくキセラを見ていた。
何の反応もないということは、彼女が言ったことを事実として知っているということか。
「その魔術士の名が“アルドバン”。魔獣使いの始祖と呼ばれてるわ。
キセラはココの頭を撫でながら、口端をニッと上げて笑った。
「その始祖の記録を継いでいるのが、
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