第3話 誘い

〔ほらぁ、絶対見つかると思ったのよぅ。あそこで採掘やめたなら、近くの村か街に戻るでしょってハナシよぅ〕

フゴフゴと鼻を鳴らしながら、大きな器から美味しそうに餌をむ豚型魔獣は、口の端からボロボロと芋の欠片を落としながらニイと笑った。


この薄桃色の豚型魔獣の名はココ。

アルドバンの魔獣使い、キセラの従魔だ。

もう一匹の従魔、ムルナと同種の、くすんだ緑色の鳥がマリソー。

ヘッセン達が森で休憩していたところを、このマリソーが上空から発見して、キセラと再会した。


そして今、林を抜けたところの村の宿で、共に昼食を摂っている。



ココの食べっぷりに興味津々のラッツィーが近付くと、ココは嬉しそうに平らな鼻を寄せてくる。


しかし、その鼻が届く前に、首の後ろを咥えたトリアンに引っ張られた。

〔およし、汚れちまうよ〕

〔いやぁだぁ、オバサン失礼ぃ、汚いものみたいに言わないでよぅ〕

拗ねたように言いながらも食べることを止めない豚は、一度ブルと首を振った。


顔に付いていた欠片が飛び、その一つがトリアンに咥えられたままのラッツィーの腹に落ちる。

〔誰がオバサンだ〕と言い返そうとしていたトリアンだったが、それを見てキイィィと鳴き、短いたてがみを逆立てた。

ラッツィーを降ろして、腹に付いた欠片を弾き飛ばすと、急いで小さな身体を押さえ付け腹の毛を舐め始める。

〔いゃぁははっ、トリアンッ、くす、くすぐったいぃ〜〕

背中の毛繕いされるのには慣れているが、腹はされたことがなかったラッツィーがジタバタした。



少し離れた窓際の机では、水を飲むムルナの周りを、マリソーが両翼を広げてダンスを踊るようにして動き回っていた。

少し距離を空けているが、わずかに距離を縮めようものなら、フッ!とムルナが強く威嚇の声を上げる。


〔そんなに怒らないでよ、ムルナ。仲良くしたいだけなのにさ〕

〔本当に仲良くしたいなら求愛しないで〕

素っ気なく言って、ムルナは水を飲む。

〔おっと、無意識だったよ。大丈夫、ないからさ〕

急いで翼を畳み、マリソーはムルナの顔を覗き込む。

〔ね?〕

〔………………なら、いいけど〕

ムルナは渋々といった様子で答えたが、隣のテーブルに視線を移し、弱々しく羽根を震わせた。


隣のテーブルには、ヘッセンとテオドルに加え、キセラが座って食事を摂っていた。




◇ ◇ ◇




森の中で合流したキセラは、ベージが起こした事件を既に知っていた。

キセラが雇われていた魔石採掘士の一行は、ヘッセン達とは逆方向、ドルスカル鉱山跡へ向かって道を進んでおり、事件が起きた時は慌てて行き来する人も多かったので、何かがあったということはすぐに分かったという。 


大規模採掘に関わる採掘士や魔獣使い達とのやり取りで、事のあらましは知れた。

一行はあの辺りに見切りを付けて、もっと南へ移動することになり、キセラの契約はそこで終了したので、継続は断ってこちらに向かっていたらしい。



「それにしても意外ね、あなた、他人に殴りかかるような感じには見えなかったけど」

肉と野菜が挟まれたパンを齧って、キセラが隣に座ったヘッセンの右手を見た。

村についてまず宿を確保して今に至るので、まだ神殿には行っておらず、その手には包帯が巻かれたままだった。


「腹に据えかねたもので」

返された一言に、キセラは心から頷いた。

幅広のターバンを外した頭は、黒に近い焦げ茶色の髪がサラリと揺れる。

「確かにね! 腹が立ったから思いっ切りやったわ。本当はちょん切ってやりたかったけど、そんなことしても死んだ従魔は戻ってこないしね。……ねぇ、どうしてそんな顔してるの二人共」

可愛らしい部類に入る彼女の口から飛び出した内容に、ヘッセンとテオドルは揃って身をよじり、顔は引きつっていた。



ベージの奴あのヤロウ、自分がやり過ぎて殺しておいて、『新しい従魔が要るからアルドバンへ連れて行ってくれ』なんて言ったの。ふざけんな馬鹿と言いたいわ」

言ったに違いないとテオドルは思いつつ、身体の位置を戻して疑問を口にする。

「アンタ、ベージと知り合いだったのか?」

「“アンタ”じゃなくて、キセラよ」

具が零れそうなパンを持ち直し、キセラは横目でテオドルを睨んだ。


「以前、アルドバンで何回か顔を合わせたことがあるだけ。さとの知識や狩り場を求めて、魔獣使いはあちこちからアルドバンにやって来るから」

ベージもそういった目的でやって来て、狩り場で魔獣を従属させたようだ。

「でも、今回みたいな問題を起こした奴は、郷の住人は許さないよ。入りたくても、ベージは二度と踏み入れられないだろうね」


アルドバンは魔獣使いの郷だけに、魔獣使いに対してはいつでも門戸を開いている。

しかし、魔獣使いとしての基本的概念、―――魔獣を適切に規制して扱い、ひとつの生命として従属させること―――を汚した者には容赦はない。

おそらくアンドバンが拒絶するような魔獣使いとなったベージは、今後まともに一人でやってはいけないだろう。


奴はそれだけの事をした。

自業自得だ。




「それで? 貴女は私達に付いて来てどうしようというのですか?」

話の区切りがついたところで、ヘッセンが口を開いた。


林の中で再会してから、キセラは当然のように一緒に村までやって来た。

村に来るまでは一本道であるから仕方ないとして、到着してからも離れずに一緒に行動している。


キセラは残っていたパンを口に入れたところだったので、ちょっと待ってと手を広げて見せた。

テオドルが果実水を注いでやると、それで飲み下してフウと息を吐く。


「道案内してあげるから、東部へ行かないかって、誘いに来たの」

「……東部、なぜ?」

ヘッセンがいぶかしげに問い返せば、キセラは焦げ茶色の大きな瞳を細めて笑う。


「アルドバンに来ないかって言ってるの」

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