第2話 林の中

ヘッセン達一行は、ドルスカル鉱山跡から続く魔力脈を探索することを諦め、ここに来るまでに通った村まで戻ることにした。


次に採掘へ向かう場所を決めてからでなければ本格的に移動は出来ないし、村まで戻れば、確か小さな神殿があった。

神殿があれば、ヘッセンの右手を治療出来る。

魔獣使いベージを殴って付いた傷は大して深くはなかったのだが、治せるものならさっさときれいに治してしまいたかった。


奴を思い出せば、腹立たしく悲しいばかりだ。




来る時に通った林を歩きながら、テオドルは横を歩くヘッセンに話し掛けた。


「次に向かう場所の目星は付いているのか?」

「いくつか候補に上げていた所はありますが、この南部で上げていたのは全て、ドルスカル鉱山跡の魔石帯に連なる場所なのです」

ヘッセンは渋い顔をする。


ドルスカル鉱山跡の大規模採掘を仕切っているのは、グンターだ。

過去のことははっきりしていないとはいえ、彼とヘッセンの間にはわだかまりがある。

その上、今回のベージの件もあるのだ。

この辺りから離れ、少しも関わりたくないと思うのは当然だろう。


「まあ南部は離れるとして、どこへ?」

「まず西部には行きたくありません」

グンターは西部の州長であるし、ヘスティア達を亡くしたのも西部だ。

「となると、北部か東部……。または別の国か?」

「国外は考えていません。色々と制限が出てきますから」



現在ヘッセン達がいるアスタ商業連盟は、大昔に商人達が興したものだ。

現在は十五を超える州が集まって形成された合州国であり、世界中の国々との商売で成り立ち、各国との関係と勢力を保っている。

この地においては、魔石採掘士組合ギルドに正式登録した採掘士なら、私有地以外は大体希望の場所で採掘することが可能だ。


しかし、国の頂点に王を掲げる国では、多くは採掘する場所が国によって制限、管理されている。

国土から出たものは国の財産であるのだから、当然と言えば当然だろう。

採掘する為には申請せねばならないし、採掘出来た場合も、国に決められた方法でしか売買出来ず、勝手に持ち出すことは禁じられている。

必然的に、採掘は国のお抱え機関が行うことが多くなり、ヘッセンのような採掘士が好んで出向くことはほぼない。



「じゃあ、商業連盟ここの中で、行くなら北部か東部ってことか」

テオドルは一度上を向いた。

常緑樹の緑の上に、澄んだ空が見える。


林の中では、基本的にラッツィーとトリアンは木の上を移動している。

ムルナは、その上だ。

しかし、そろそろ水を飲む時間だ。

ムルナは呪いのせいで、短い間隔で水を飲まなければならない。


「そうなります。強力な魔力脈はどちらかといえば南部に集中していて、それに次いで西部、東部ですから、向かうなら東部ですね。……ただ、私は東部へは行ったことがないのです」

「そうなのか。じゃあ全く一からの探索ってわけなのか?」

言った途端、生い茂る枝の間を抜けるようにして、上空から青い影が舞い降りた。


ムルナだ。


ムルナは、言い付けられている時間ぴったりに空から降りてきて、長い尾羽根を揺らしてテオドルの肩に止まる。

それを見て、ヘッセンはここで小休憩を取ることにして足を止めた。


「いえ、私は行ったことがありませんが、ベルキースは何度か……、ベルキース?」

荷物を置いたヘッセンは、歩みを止めず先を行くベルキースを呼び止める。

ハッとしたように立ち止まり、ベルキースは振り返ってピシリと尻尾を振った。

「……すまない、ぼんやりしていたようだ。休憩か?」

「ああ。……大丈夫か?」

ヘッセンが膝をついて手を伸ばせば、ベルキースはその手に鼻先を軽く寄せてから、荷物の側にお座りした。

「問題ない」

「……そうか」


ここでの採掘を諦めることにした日、ヘッセンとベルキースは二人きりで話をした。

それからのベルキースは、どこか虚ろだ。

普段通りに振る舞っているつもりなのかもしれないが、気力が落ちているようにも感じられた。



ヘスティアとベルキースの関係は、ヘッセンにも詳しくは分からない。

自分も含めて幼い頃から共にいて、友人のような、兄妹のような、そんな空気感であったことは分かっている。


ただ、成長と共にヘッセンが自分の従魔達と心を通じあわせていったように、ヘスティアとベルキースにも、二人だけの関係が出来ていったように思う。

それは、ベルキースがヘスティアをつがいと定めて変態したことでもよく分かる。


しかし、ベルキースが雄に変態した後も、ヘスティアが特に関係性を変えたようにも感じなかったし、実際「何も変わらない」と本人が言っていたから、ヘッセンをはじめ、周りの者達はその言葉通りに受け取っていた。



何と言っても、ヘスティアとベルキースは、人間と魔獣なのだから。



その考えが揺らいだのは、一度。

ヘスティアが狼狽うろたえてヘッセンの部屋を訪れた夜だ。


彼女は動揺した様子で、「どうしよう、ヘセ……私、ベルキースを愛してる……」と零した。

何があったのか尋ねても、それ以上は決して答えなかった。

だからヘッセンは、幼い頃からそうしてきたように、二人寄り添い、ヘスティアの心が静まるのを待った。

双子は何かあれば、常にそうして互いを支えて生きてきた。


しばらくそうしていた後、ヘスティアは普段の様子を取り戻し、今夜のことを決してベルキースに言わないようにとヘッセンに念を押したのだった。




ヘスティアの言葉を、今更ベルキースに伝えたのは間違いだったのだろうか。

ヘッセンはそう考えつつも、犬らしく座って寛ぐベルキースを撫でる。


互いが想い合っているのなら、時間を掛ければ関係は変化していくのだろうと思ったから、ヘッセンはヘスティアの願い通り黙って見守ることにした。

しかし、それから間もなくして事件は起こり、ヘスティアの生命は失われてしまった。


事件によって、従魔との関係を密にするべきではなかったと後悔し続けてきたヘッセンが、ヘスティアの想いをその後も口にしなかったのは当然だった。

そうして、一人と一匹ヘッセンとベルキースは閉じて生きてきた……。



ヘッセンはへスティアとそうしてきたように、ただベルキースに寄り添って、ゆっくりとその背を撫でた。





一心不乱に水を飲むムルナを見て、テオドルは軽く目を細めた。

飲み方が、いつもより急いでいる。


「ムルナ、少し我慢していたんじゃないのか」

ムルナはつぶらな瞳をパチパチと瞬いて、テオドルを見上げた。

「決まった時間より早くても、水が欲しいなら構わないから俺のところに来い。我慢するなよ。いいな?」

クルル、とムルナが嬉しそうに鳴いた。


「へぇ……、よく気付くようになったではないですか」

肩に登ってきたラッツィーを撫でて、嫌味に薄く笑ってヘッセンが言うので、テオドルは口をへの字に曲げた。

「教わった通り、よく見ることにしたんだよ。二度は失敗しねぇの!」



当たり前だと言わんばかりにラッツィーがフンフンと鼻を鳴らした時、トリアンがシィィと警戒の声を上げて空を見上げた。


茂る葉の上を、くすんだ緑色の鳥が大きく旋回した。

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