第23話 過去 ⑵

ヘッセンとベルキースが従魔達を連れて敷地内へ戻った時、古い屋敷の表玄関から、数人の男が出てきたのが見えた。

州長のグンター率いる、アスタ商業連盟西部支所の魔石採掘士組合ギルドの上役達だ。

今日もまた、ヘスティアに虹霓石こうげいせきを手放すよう説得しに来たのだ。




グンターは腹立たし気にポーチを降りた時、ヘッセンの姿に気付いて、表情を愛想笑いに変えた。


「おお、ヘッセン! 元気かね?」

「……おかげさまで」

それなりに愛想よく返事をしたつもりだが、足下にいたフールとマナは一目散に走って屋敷に入り、バロンも壁を伝って二階へ駆け上がる。

リリーに至っては、ヘッセンの腕に掴まって背を向け、顔を隠して赤い尻を振る始末だ。

急いでリリーは抱え直したが、グンターの頬が一瞬引きつったように見えたのは、気のせいではないだろう。


「すみません……」

「いや、気にするな。それよりヘッセン、この辺りでまだ探索をしていると言うことは、魔石帯ませきたいは復活したと見ているのか?」

所詮低ランクの魔獣だ。

それに礼儀など求めていないグンターは、すぐに気を取り直して、情報を得ようと食いついた。

「いえ、そういうわけでもないのですが……」

しかし、答えを濁すようにして口をつぐむヘッセンを見て、わずかに眉根を寄せた。



この辺りの鉱山跡は放棄されて既に百年以上経っているが、回復が遅い場所なのか、まだ魔石採掘には早いと判断されてきた。

しかし、ヘッセンが虹霓石を掘り出したことで見方が変わり、組合から魔獣使いも派遣されたが、やはり魔力脈の回復はそれほどでもないようだった。


ヘッセンと彼の探索魔獣には特別な探索能力があるのか、と尋ねられもしたが、ヘッセンには従魔達と密に接しているだけだとしか答えようがなかった。

常に側にいて、楽しそうにすれば共に笑い、疲れたら労い、伝えたいことがあるようなら出来る限りそれを感じ取る。

それが日常で、その延長に探索と採掘があるのだ。


一度、魔獣使いに「もう少し従魔と親密になれば良いと思う」と言ってみたが、非常に嫌な顔をされたので、それからは何も言わないようにしていた。

しかし、それがまた、グンター達には勿体ぶって隠しているように感じられるのだった。


「……ヘッセン、このまま孤立するのは、君の為にも、家門の為にもならない。君からもヘスティアを説得してくれないか」

グンターに言われて、ヘッセンはぐっと唇を噛む。

「……努力してみます」

それだけ答えて、礼をしてその場を去った。




建物の中に消えるヘッセンと、それに続く気味の悪い従者ベルキースの後ろ姿を見て、グンターは腹立たし気に大きく息を吐いた。

同行していた組合ギルドの上役の一人が、見兼ねて口を開く。

「全く、名ばかりの貴族が生意気なものです」

「仕方あるまい。力尽くで言うことをきかせられるたぐいのものでもないのだから」

今後もヘッセンに採掘させるなら、今ここで脅すよう真似などしては逆効果だろう。


再びの溜め息を拾って、他の上役が思いついたというように呟いた。

「少し、痛い目を見れば良いのでは?」

「痛い目?」

「最初から素直にグンター様の提案を受け入れておけば良かった、と思うようなこと。……例えば、大切な虹霓石を何者かに奪われてしまう……というような」

「…………ふむ、そのようなことが考え直すかもしれんな。しかし、虹霓石が奪われては何にもならんよ」

やれやれ、といった風に肩を竦め、グンターは屋敷の古びた前門へ向う。

同行者達はそれに続いたが、提案した一人は何かを考えるようにしばらく屋敷を眺めてから、その後を追ったのだった。





夜。

ヘッセンは昼間グンターと会ったことを、ヘスティアに話していた。


「なんと言われても、虹霓石を渡す気はないわ」

屋敷の一階にあるテラスで、ヘスティアは今夜もポカリと浮かぶ月を見上げて言った。

その口調からは強い決意を感じる。

「なぜだ?」

「言ったでしょう? 扉を動かす為よ」

ヘッセンは困惑顔で一歩寄った。

今夜もヘッセンの腕に掴まって、リリーは指を吸いながら眠そうな目をしている。

「……ヘス、嘘を付くな。家門の宿願そんなことなんかに興味はなかったはずだろう?」


ヘスティアもヘッセンも、ずっと穏やかに生活さえ出来れば良いと思って生きてきた。

既に家門は潰れたも同然だったし、血筋に拘ろうにも、もはやこれ以上の近親婚も出来なければ、交われる貴族も周りにはいない。

それこそ、これからは平民として生きるべきだと思っていたはずだ。


しかし、今になってヘスティアの意向が変わっている。

ヘッセンにも、よく分からなかった。


「……宿願だからじゃないのよ、ヘセ。家門なんか、関係ない。ただ私が扉を動かしたいの」

「どうして……」

言いかけたところで、テラスの白い手摺りの間から、バロンがスルリと姿を現した。

赤い鱗に月光を弾いて、色褪せたタイルの上を素早く走り、ヘッセンの周りを一周して止まる。


一拍間を置いて、ヒラリと手摺りを飛び越えて来たのは、白い大型犬の姿をしたベルキースだ。

すぐにぐずりと輪郭を崩して変態すると、人形ひとがたとなって長い髪を掻き上げる。

「お帰りなさい」

ヘスティアが声を掛けると、薄く微笑みを返した。


どちらかといえば夜行性のバロンは、この時間に探索するのを好む。

今夜は岩壁の気になる場所へ探索に出たが、それにベルキースは付き合わされていたのだった。



特に会話をしたわけでもないのに、ヘッセンはバロンの仕草や表情で、すぐに探索の成果を把握して頷いた。

「分かった。明日、天気が良ければそこへ行ってみよう」

バロンの頭を撫でてから、革袋から魔石粒を一粒与える。


腕に掴まったリリーが、キィと小さく鳴いた。

魔石が欲しいのだ。

バロンがシャーと低く鳴くと、リリーは唇を大きく突き出し、ヘッセンを見上げる。

「リリー、今必要かい? 過剰摂取は身体に良くない。私はお前が苦しむ姿は見たくないよ」

ヘッセンが優しく尋ねると、リリーはそれ以上は欲しがらなかった。

手を出せば取れることは分かっていても、リリーはちゃんと我慢することを知っている。

それを見て、ヘッセンは笑って頷いた。

「偉いな」

褒められるとリリーは嬉しそうにして、身体を伸ばしてヘッセンの頬にチュウと口づけした。



「ヘッセン。もう少し規制を強めたらどうだ。個体によってやり方を変えていては、何かあった時に統率がとれない」

リリーを嫌そうに見下ろしたベルキースの厳しい指摘にも、ヘッセンは笑って首を振る。

「この子達はちゃんと私に従う意思を持っている。自分で考えて、状況に合わせて行動出来るよ」

「しかし……」

「魔獣にも感情がある。抑えつけられるのは嫌だと思うよ。……ベルキースが一番良く分かっているだろう?」


そう言われてしまえば、ベルキースも口をつぐむしかない。

ベルキースとて、従属契約を課された魔獣なのだから。




ふふと笑って、ヘスティアが室内に向かう。


「ヘス」

「ヘセ、話の続きは、また今度」

話の続きをしようと呼び止めたヘッセンに、ヘスティアはチラとベルキースを見てから答えた。

その視線で、ベルキースがいないところで話したいのだと分かり、ヘッセンはそのまま姉の背中を見送った。



今聞かなければ話の続きを二度と聞けなくなるのだと、その夜のヘッセンに分かるはずもなかった―――。

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