第20話 家門潰し

日暮れまでにはまだ早い頃。

グンターの来訪で、探索を中断していたヘッセン達は、そのまま今日の予定を打ち切った。

昨夜のように、道から外れた所に野営の為のテントを張り、火を起こして腰を落ち着けた。




「皇国に住んでいた人間がどうなったかなんて考えたこともなかったが、……そうか、そんな風に生き辛く……」

焚き火を挟み、ヘッセンからトルセイ家の没落の話を聞いたテオドルは、今まで縁のなかったフルブレスカ魔法皇国失われた魔法皇国や貴族といったものの辿った道を想像して、顔を歪めた。


テオドルが前にした焚き火の向こうで、ヘッセンは淡々と続ける。

「住む場所を転々としながら血を繋いできた家門は、私が物心がついた頃には、日々生活するのに精一杯という有り様でした。ですから、自分が貴族の血筋だと言われても、何の感慨もありませんでしたし、……正直、怪しいものだと思っていました」

「アンタ自身が怪しんでたくらいだったなら、周りの奴等が疑っても仕方なかったってことか……」


苦々しく呟いたテオドルを眺め、ヘッセンはわずかに首を傾げる。

「……貴方は、“何の証拠があって貴族だと言い張るのか”とは聞かないのですね」

「いや、アンタが貴族だって名乗ったんだ。ちゃんと根拠があるんだろ? それなら信じるさ」

根拠を聞きもせずテオドルが信じるので、ヘッセンは思わず口元が緩みそうになって、急いで咳払いした。



「……残されていた物は家系図と、家長の証である家紋の付いた指輪くらいでしたが、その二つよりも信じられる証があったのです」

証、と口中で呟いたテオドルは、ヘッセンの側に腹這いになっていたベルキースが、ゆっくりと立ち上がるのを見つめた。


前足を一度強く地面に打ち付け、ベルキースがスウと息を吸い込むと、白い長毛がふわりと波打つ。

身体の輪郭がグズリと溶けるように揺れたかと思うと、長毛の波と共に、身体はひと回り、ふた回りと大きくなり、耳の側から尖った角が伸びた。


変態を終えたベルキース小型の白竜が紫灰色の耳をピシリと鳴らす。

「ベルキースは、トルセイ家の祖先が家門に従属させた魔獣なのです。家門の歴史を全て見知っています」

ベルキースそれが、証……」

改めて竜の姿を前にしたテオドルが、目を見開いて呟いた。

ベルキースがブフンと鼻を鳴らすと、角の先で、細く白い火花が散った。




多くの魔術士達によって成り立ってきたトルセイ家は、魔竜出現以降、世界のバランスが崩れて魔術士が減り続ける現象に悩まされ続けた。

家門が傾いても、代わりになる能力はこれと言ってなく、没落の一途を辿る。


ヘッセンの家族が、アスタ商業連盟の西部、グンターが州長を務める土地の屋敷に越して来た頃、家門を支えていたのはヘッセンの採掘士としての腕と、ベルキースの魔力だった。




「トルセイの後継は魔術素質の高い者と決まっている為、次の家長は姉のヘスティアと早くから決定していました。ですから私は、幼少の頃から呑気に魔獣を従属させることに没頭していました」

「子供の頃から魔獣使いだったってことか?」

驚いたテオドルが、串に刺そうとしていたチーズを落としかけた。

ラッツィーが下でキャッチして、チッと鳴いた。


手にしたチーズを食べたいのだと分かり、「それは身体に良くないからこっちにしなさい」と、チーズを乗せるはずだったパンをヘッセンに千切って渡されると、ラッツィーはこの上ないご馳走を手に入れたように、嬉しそうにヘッセンの足元に座って噛り始めた。


ラッツィーを軽く撫でるヘッセンを見て、彼が自ら設けていた縛りを緩めていることが分かり、テオドルは密かに頬を緩めた。


「いえ、魔獣使いと呼べる程ではなく……、魔術士としての勉強が嫌で、低ランク魔獣を従属させて、遊び相手にしていたのです」

ヘッセンが苦笑いして続ける。

「それで、“弱小の魔獣は愛玩目的以外では大した使い道はない”……そう言われていたのが気に入らなくて、彼等がもっと役に立てないかと考えて始めたのが、魔石採掘でした」



探索魔獣には低ランクが向いている。

それは周知の事実だったが、魔獣使いが従魔から読み取った情報を、魔石採掘士に伝達して掘るやり方では、無駄が多いとヘッセンは思っていた。

それで、自ら掘ってみることにしたのだ。


従魔と意思の疎通を図りながら、黙々と作業を進める。

それはヘッセンの気質に合っていたのだろう。

彼は魔石採掘士として若くして頭角を現す。

彼が掘り出す魔石は状態も良く、すぐに魔石採掘士組合ギルドで一目置かれるようになった。


そして、グンターの目に留まる。


グンターは家門を自州へ招き入れ、傾く家門を立て直す為にもヘッセンをグンターお抱えの魔石採掘士にすることを提案した。

しかし、ヘッセンの母親は魔石を卸すことは受け入れても、息子をグンターに預けることは頑として拒んだ。

息子を成り上がりの平民に下すことは、固く残されていた貴族の矜持が許さなかったのだ。


「随分援助もして頂いていたので、グンター氏には思うところもあったでしょう。それでも何とか一定の距離で保たれていた関係は、私が虹霓石こうげいせきを採掘したことで崩れました」

犬型に戻っているベルキースが、ヘッセンの膝に顔を寄せる。

「私を引き渡さなくても、採掘した魔石の取り扱いだけは全て任せていたのに、虹霓石の売却だけは、ヘスティアが許さなかったのです」

「母親でなく、姉さんが?」

「ええ。家長は既にヘスティアが継いでいましたから、決定権は母でなくヘスティアにありました」



結局、虹霓石の採掘法を公開するも、魔獣使いと魔石採掘士の役割を兼任するヘッセンと同じ様に採掘できる者が早々現れるはずもなく、虹霓石を巡って多くが拗れてしまった。


そして、事件は起きた。


虹霓石を狙った盗賊団に襲われ、親族は皆死んだ。

ごたごたの間に火がついた屋敷は全焼し、家門の家系図も、家長の指輪も、全て失われた。



「これが、“家門潰し”の真実です」

話を締めたヘッセンは、膝の上に頭を乗せているベルキースを撫でる。


ベルキースは大人しく撫でられたままだったが、細く開いた瞳は、焚き火の炎を映して赤を濃くしていた。



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