第19話 胸中
図らずも半歩引いてしまったグンターは、忌々し気にテオドルを
しかし、しばらくして息を吐くと、忘れていた愛想笑いを甦らせ、ピシリとケープの裾を払って淀んでいた雰囲気を一掃した。
「これは実に職務に忠実な傭兵ではないか。いや、悪かった。古い知り合いに久々に合う機会を得て、つい要らぬことまで口にしたようだ。……許してくれ、ヘッセン」
周囲の護衛兵と魔獣使いを下げ、不自然極まりない満面の笑顔でグンターがそう挨拶すると、ヘッセンは顎に半分貼り付いたようになっていたラッツィーを剥がし、軽く頭を下げた。
「いえ。……ご期待に応えられず、申し訳ありません」
グンターに
結局それを表明したヘッセンを見て、グンターは笑顔の頬をごくわずかに強張らせたが、これ以上言葉を重ねず、軽く手を上げて
最後までこの場に残った魔獣使いベージは、不満気な目線を向けてからグンターに続いた護衛兵以上に、ヘッセンを憎々し気に見つめて唸った。
「……あんた、本当にこんな所で魔石が掘れると思っているのか?」
ヘッセンが答える前に、突然、ヘッセンの肩にいたラッツィーがべーっと舌を出した。
ベージはチッと大きく舌打ちした。
「採掘士なら採掘士らしく、岩だけ掘っていればいいんだよ! 魔獣まで使って、中途半端に探索分野にまで手を出しやがって、迷惑だ!」
ベージは独りよがりな文句を付け、ラッツィーを強く睨みつけて去って行く。
再びべーっとラッツィーが舌を出すと、テオドルの肩でもムルナがフンと鼻息を荒くした。
二匹を見て、テオドルは力を抜く。
豪華な馬車の中に姿を消すグンターとベージの後ろ姿を眺めて、息を吐くように呟いた。
「何なんだかなぁ……」
「『何なんだ』は、貴方の方ですよ」
呆れたような声が聞こえて振り向けば、肩のラッツィーを撫でながら、ヘッセンがこちらを見ていた。
「なぜ貴方があんなに怒るのですか。採掘に関係ない部分での護衛まで、私はお願いしていませんよ」
ヘッセンは、てっきりテオドルがいつものように顔をしかめ、軽く返してくるものと思っていた。
しかしテオドルは、緩めた気配を再び強くして、声を大にした。
「アンタが怒らないからだろうがっ!」
「……私は」
「怒れよ!」
テオドルは困惑するヘッセンの胸の真ん中に強く指を突きつけた。
「ここに何を大事に仕舞っておくか、それは
テオドルは眼鏡越しに見えるヘッセンの瞳を射る。
「アンタの姉さんや家族は、アンタにとってそういうもんじゃないのかっ!?」
ヘッセンが息を呑むのと同時に、側でベルキースの身体が大きく震えた。
くあぁっ……
大きな
少し離れた地面に、だらりと横になったトリアンがいる。
……あのさ、退屈なんだけど?
まるでそう言うように、全員を見回してから、トリアンは再び呑気に大きく欠伸をした。
ラッツィーがヂヂッと鳴く。
駆けて行ってトリアンを小さな手で叩くと、トリアンは嬉しそうに長い尻尾でラッツィーを転ばして遊び始めた。
「……ったく、真面目に話してるのに、お前等はよぅ……」
二匹を見て、情けなくテオドルが口を歪めて頭を掻く。
ムルナも笑うようにプルルと尾羽根を鳴らした。
ふ、と息を吐く音が聞こえて、テオドルは顔を上げる。
厚い眼鏡を外したヘッセンと目が合った。
色素の薄い瞳が、遠慮がちに逸らされてベルキースの方を向く。
「感情を強く出さないことは、貴族子女教育として幼少から教えられることなのです。……だから、貴方のように怒るのは苦手です」
「…………貴族……」
驚いて目を丸くするテオドルに、ヘッセンはわずかに苦笑いした。
ベルキースは抗議のように一度小さく喉を鳴らしたが、言葉は発さず、ヘッセンと共に顔を上げてテオドルを見た。
「私の名は、ヘッセン・トルセイ。……フルブレスカ魔法皇国貴族家門、トルセイ家最後の一人です」
動き始めた馬車の中では、ガラス窓の向こうに流れる殺風景な色味に目を細め、グンターが大仰に腕を組んでいた。
押し黙ったままの主人をチラリと見たベージは、薄く愛想笑いを浮かべて口を開いた。
「
「ベージ」
ベージの言葉を少しも聞くつもりがないように、グンターは強く名を呼んだ。
続く言葉を失ったベージは、主人の様子から怒りを感じて愛想笑いを消す。
「貴様、この辺りには質の良い魔石は出ないと、確かに言ったな?」
「は、はい。確かにこの辺りは、採掘可能な深さに魔石の当たりはありませんでした」
ベージは居住まいを正して答えた。
腕から降りて、座席の隅で小さくなっていた小猿が、不安気に顔を上げる。
大規模採掘の範囲を決めるにあたり、ベージは主要な魔力脈二本が通る所を重点的に探索した。
そして自信を持って線引きしたのだ。
「しかし、ヘッセンは採掘するつもりでここにいるぞ」
グンターのその一言で、彼が明らかに自分よりもヘッセンの探索力を信用していることが分かって、ベージは拳を握る。
「しかしグンター様、例え出たとしても大した石ではありません」
「いいや、
アスタ商業連盟の州長の中でも、魔石を扱う商いに関して、グンターの右に出るものはいない。
そのグンターが、わざわざ自州を出てまで乗り出した大規模採掘だ。
その事業に、ケチを付けるような出来事があってはならない。
グンターは強く眉根を寄せて、ギリと歯軋りした。
「ベージ、ヘッセンが探索している範囲を、もう一度見直せ。可能性を決して見落とすな」
組合規定では、魔石採掘可能な場を発見した者に、先行して採掘を行う権利が与えられる。
ヘッセンよりも先に発見すれば、採掘権はベージのもの。
つまり、グンターのものになる。
ベージは拳をより強く握り締め、屈辱を隠して深く頭を下げる。
その側で、小猿がぶるりと身体を震わせた。
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