第17話 鍵

翌日から、一行は速度をさらに落とした。


魔石採掘士達との情報交換で、魔石がありそうな場所の見当は付いた。

キセラの探索魔獣が見た限りでは、虹彩石こうさいせきであろうという話だったが、探索魔獣によって感知できる範囲は変わる。

魔力脈を念入りに辿って行けば、より深い位置に別の石が見つかる可能性はあった。


トリアンとムルナは、互いに協力して、さらに念入りに周辺の感知を続けていた。




目の上に手の平でひさしを作り、テオドルは上空をゆっくりと旋回するムルナを見上げている。


足場の悪い岩壁の中程には、器用にトリアンが留まり、岩壁内の魔力を読み取るべく、静かに首を動かしていた。

ラッツィーは邪魔しないように離れた場所にいるが、ムルナとトリアンが気になって落ち着かないのか、あちこち走り回っていた。



テオドルよりも少し遅れて、道の端を歩いているヘッセンは、すぐ側を歩くベルキースをチラと見た。

「ベルキース、魔閉扉まへいひへ至る道を、アルドバンの者達は本当に知っているのだろうか」

キセラと話してからずっと引っ掛かっていたことを、ヘッセンはようやく口に出した。

ベルキースと二人きりになるタイミングが、なかなかなかったのだ。


「知っていたとしても不思議ではないだろう。魔獣使い達あの者等は、魔獣が出現する場を見つければ放ってはおかない」

当然のように答えたベルキースを、ヘッセンは驚いて見下ろした。

「魔閉扉に人が近付いている可能性に気付いていたのか?」

「だったらどうだというのだ。近付けても、誰にも動かすことは出来ない」

「他の者が先に虹霓石こうげいせきを揃えたらどうする? 虹霓石を採掘出来るのは、何も私だけと言うわけでは……」

ヘッセンが上擦って言うのに、ベルキースは平然としたまま歩みを進める。

それを見て、ヘッセンは足を止めた。

気付いたベルキースが振り返れば、ヘッセンはキツく眉根を寄せている。

「どうした?」

「……もしかして、魔閉扉を動かす為の条件は、虹霓石を揃えるだけではないのではないのか?」



亡きヘスティアの最後の願いは、扉を動かすことだ。


その願いを叶える為に生きていると言っても良いベルキースが、それが叶わないかもしれないというのに落ち着いているはずがない。




―――扉。


魔界とこの世界を繋ぐ巨大な真穴まけつを閉じたもの。

魔閉扉まへいひ



魔閉扉は、フルブレスカ魔法皇国の生き残りと、魔術大国が作り上げた物である。

ヘッセンの家門トルセイ家は、その際、高位魔術士であった家長を含めて、多くの者が皇国の生き残りとして計画に携わった。

しかし、十数年かけて魔閉扉が完成しても魔獣の出現が収まらなかった為に、扉は完全に閉まらかなったと噂された。


世界中の期待を背負って行われた、大事業の失敗。

人々の落胆は計り知れず、その為、これに参加していた多くの家門や魔術士達は、その責任を問われる形で世間から追い詰められていった。


世の人々の為に行われたことであったのに、彼等はそうして、世界の変化と共に、その存在を失くしていくことになったのだった。



トルセイ家の没落にはそうした背景があったが、高位の魔術士を排出し続けてきた家門は、あの魔閉扉が失敗ではなかったと証明することに長く執着し続けてきた。


いつしか、家門の宿願となったこと。

それは、魔閉扉を再び動かし、今度こそ完全に閉じることだった。




ベルキースは肯定も否定もせずに、紫灰色の尻尾をゆっくりと揺らす。

それで、予想は正解なのだとヘッセンには分かった。


「ベルキース」

詰め寄ったヘッセンに、ベルキースはわずかに視線を逸らして答えた。

「鍵だ、ヘッセン」

「鍵?」

「そうだ。虹霓石は、いわば動力。動かす為の力を満たし、鍵があれば、扉は動く。我々以外の誰が虹霓石を揃えようとも、鍵がなければ扉は決して動かせないのだ」

「……その鍵は、どこに?」


重ねた問いに、ベルキースはピシリと尻尾を払い、顔を上げた。

深紅の瞳が、静かに、強く光を放つ。


「………まさか…」




「ヘッセン、誰か来るぞ」

ベルキースとの会話に集中していたヘッセンは、先を行くテオドルの声掛けで我に返った。


休憩をするために降りてきたムルナを腕に止めたテオドルが、ヘッセンの後方を指差した。

振り返ると、少し離れた道の真ん中に、一台の馬車が止まったところだった。


鉱山跡へ資材などを運ぶ為の大型魔獣車とは違う、人が乗る為の物だ。

そしてそれは、それなりに身分のある者が乗っていると分かる、無駄に装飾が成された車であった。

その証拠に、後ろに二人、騎士のような身なりの兵が馬で付いて来ていた。

おそらく乗車している者の護衛なのだろう。


道を塞いでいるわけでもないのに、近くでわざわざ止まるのだ。

ヘッセン達に用があるのだろう。

面倒な予感しかしないと思ったヘッセンは、馬車から降りた男の顔を見て、やはり、と表情を険しくした。

足下で、ベルキースが低く唸った。




「ヘッセン! やはり君か!」

降りてきた男は、大袈裟に両腕を広げてヘッセンを呼んだ。

複雑な刺繍の刺されたケープが、重く両腕に垂れる。

広がる前合わせから見える下の服も、質が良い詰め襟で、大規模採掘の作業自体に関わる者でないことは明らかだ。


「なんだ、知り合いか?」

いつの間にか隣に立っていたテオドルが問う。

「……アスタ商業連盟、西部の州長です」

「西部? 州長?」

アスタ商業連盟は十五を超える州から成り立っているが、ハガンの街、そこから北のドルスカル鉱山跡も、南部に含まれる。

ここに西部の州長が現れたことは、テオドルには全く繋がりが見えなかった。


「グンター氏。私が以前西部に住んでいた時の、……顔見知りです」

その紹介の仕方から、歓迎できる間柄ではなさそうだと思い、テオドルはグンターを改めて見遣る。

大袈裟なポーズを収めても、満面の笑みで近付く彼は、どこか胡散臭く見えた。


その時、馬車から遅れてもう一人男が降りて来た。

その男の腕に、薄墨色の小猿が掴まっているのが見えた時、すぐ隣で鋭く息を呑む音が聞こえ、テオドルは横を向く。



「……リリー……」


厚い眼鏡の奥で、大きく目を見開いたヘッセンが消え入りそうな声を吐いた。


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