第14話 郷の知識

魔竜出現以降、この世界には魔獣が頻繁に出現するようになったが、その魔獣を討伐するのではなく、捕らえて使役し始めたのが“魔獣使い”の始まりだ。

魔竜が出現したフルブレスカ魔法皇国の中心は、必然的に多く魔獣が出現する地域になり、それを捕える為、魔獣使いを目指す者達はそこからそう遠くない場所に集落を作った。


魔獣使い発祥の地。

“魔獣使いのさと”とも呼ばれる、アルドバンの始まりである。


アルドバン出身の魔獣使いは、身体のどこかに、獣の牙を模した赤い入墨をしていることで有名だ。

彼等は魔獣についての知識が豊富で、“魔獣について知りたいことあらば、赤の牙の刻印に尋ねよ”とは、魔獣に関わる者の間ではよく聞かれるげんだった。


そうは言っても、この魔獣使いのように、入墨を普段から晒していない場合も多く、出会いたくても簡単に出会える者でもないのではあるが。




「アルドバンの……」

ヘッセンの口から呟きが漏れた。

大人しく座っていたベルキースが、いつの間にかヘッセンの足下まで来ていた。

「うん、そう。アルドバンのキセラ。あなたは?」

キセラと名乗った魔獣使いは、ベルキースをチラリと見てから尋ねた。

「……ヘッセン」


「”ヘッセン”? あんた、虹霓石こうげいせきの採掘法を考案した採掘士だったのか?」

素っ気ないヘッセンの名乗りに反応したのは、キセラではなく採掘士達の方だった。

情報交換をしていただけなので、素性や名前などはお互い口にしていなかったのだろう。

“家門潰し”の二つ名が出なかったのは、彼等が職人気質の高い採掘士であった為か、それとも、本人が目の前にいる為か。

どちらにしろ、ヘッセンは採掘士達に軽く首肯だけして、キセラの方に向き直った。

「確かにこの子は呪いを受けています。解呪の方法を、貴女なら知っていますか?」


ターバンを完全に取り払ったキセラは、ムルナを見ながら、肩上に揃えた真っ直ぐな髪をサラリと揺らして首を傾げる。

その仕草と表情から、思ったよりも若そうだとテオドルは思った。


「魔獣の解呪は、こちら側では出来ないとされるね。向こう側に返してやらないと」

?」

テオドルが困惑して繰り返せば、キセラは当たり前に頷いた。

「魔獣は魔界向こう側の生き物。そして呪いはこちら側の世界のもの。だから、向こうに帰してやれば、自然と呪いは消えるらしい」


思ってもみなかった内容を聞き、テオドルに衝撃が走った。

一心不乱に水を飲むムルナは、今も自分と繋がっている。

この繋がりは決して消えることはないと思っていたが、魔界に帰すとなれば、繋がりどころか、ムルナの存在自体がこの世界から消えてしまうことになる。


動揺するテオドルとは対象的に、ヘッセンは冷静に「やはり解呪は出来ない…」と呟いた。

魔界に戻れば呪いが消えるということは、既に知っていたことなのだろう。



「そんなことより、ねえ、あなたはどうして従魔を他人に任せているの?」

キセラはムルナを指差して不快感を滲ませる。


水を飲み終わったムルナを、テオドルは腕の中にスッポリと収めて降ろそうとしない。

魔獣使いとして、ヘッセンが従魔を他人に任せていることがキセラは気に食わないのだろう。

その口調には、ヘッセンを非難する雰囲気がある。


しかし、ヘッセンは少しも気にすることなく首を振った。

「その魔獣は、彼の隷獣れいじゅうですから」

「隷獣?……彼、魔術素質全くなさそうだけど」

キセラはいぶかしげにテオドルの頭の先から足の先まで眺めた。

「魔術契約は私が代行しました。彼は間違いなくムルナあの鳥の主人です」

「代行……そんなことを? なんで?」

「……ムルナが衰弱した時、生命を繋ぐ方法がそれ以外になかったので……」

「へぇ……」

キセラは驚いたように目を見開き、まじまじとヘッセンを見つめた。



ヘッセンが説明を終えると、テオドルはムルナをしっかりと抱えて立ち上がり、キセラの肩でなおもムルナに向かって求愛ポーズをとる鳥を不機嫌そうに見遣る。

「魔術素質はないが、確かにムルナは俺の隷獣だ。だからアンタの鳥を寄せないでくれ」

「ハイハイ。それで? その呪い持ちの子、あなたずっと連れ歩くの?」

「当然だ!」


噛みつくように言ったテオドルに、キセラは初めて薄く笑んだ。

「従魔にがあると、すぐに手放すやからが多いけど、あなた達は違うみたいね……」

テオドルの腕にぴったりと身体を添わせたムルナを見て、ラッツィーとトリアンを見、そして、ベルキースを見つめる。


「……なんだか、あなた達は面白い組み合わせね。特に、その子」

キセラは瞬いて、改めてベルキースを見つめる。

その焦げ茶色の瞳は輝きを増している。

「まるで猛獣型高ランクみたいな気配なのに、魔力は確かに犬型程度だわ。こんな魔獣は初めて会う。一体なのかしら。不思議……」

ベルキースは睨むようにキセラを見上げていた。

しかし、わずかにジリと後ろ足が下がっているのを見るに、彼女の鑑定眼におののいているのだろうか。


「もっと知りたいわ、あなた達のこと」

一歩寄るキセラに、採掘士のリーダーが困り顔で腰に手をやる。

「おいおいキセラ、まだ契約期間は残っているぞ」

「ああ、そうだね。残念」

いたずらっぽく肩を竦めると、肩の鳥が驚いて飛んだ。




上空へ舞い上がる鳥を見上げてから、キセラはムルナに視線を戻した。

「その鳥、魔界に帰してやりたいなら、アルドバンに連れて行くといいよ」

「アルドバンに行けば、魔界へ帰す手立てがあるのですか?」

驚いたヘッセンが声を上げた。

この世界と魔界を繋げるのは魔穴まけつだけだが、魔穴は突発的に起こり、人間はその発生を予測できないはずだ。

「アルドバンのおさは、まじないで魔穴の発生場所を視るんだ。まあ確率は低いけどね…。あとは、遺跡の“魔閉扉まへいひ”から帰す手もあるとか……」


ヘッセンは厚い眼鏡の奥で目を見開いた。

側に立つベルキースもまた、ピリと気を張る。



五百数十年前、この世界に出現した巨大魔竜は、フルブレスカ魔法皇国の王宮があった場所に、魔界とこの世界を繋いだ巨大魔穴まけつを作り出した。

その穴は、魔法皇国の生き残りと魔術大国が、十数年かけて閉ざすことに成功したとされている。


それが、魔術で作り上げた扉、“魔閉扉まへいひ”だ。


しかし、魔法皇国の遺跡から出てくる魔獣は今も後を絶たず、扉は完全に閉ざされていないのだという噂もあった。



「……魔閉扉へ至る道を、アルドバンは知っていると言うことですか?」

わずかに低くなった声でヘッセンが問えば、キセラは軽く首を横に振った。

「さあ? そんな話を聞いたことがあるってだけ。真偽は長の一族しか分からないから」


いつの間にかキセラの足元に寄った豚型魔獣が鼻面を寄せると、彼女は愛おし気に指でなぞりながら口を開く。

「でもその子、放っておいたら、きっとその内自我を失くして死ぬよ」



簡単に放たれた内容に、テオドルは言葉を失う。

腕の中で、ムルナの身体がふるりと弱く震えた。





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