第13話 同種

ヘッセン達は野営地を引き払ってから、北西へと歩みを進める。

岩と石だらけの寒々とした景色の中、半日程進んだところで、人工的にならされた道に出た。


馬車が余裕で二台並べる程の幅があるこの道は、ドルスカル鉱山が現役鉱山として掘削されていた頃、掘り出した鉱物や、使用される資材や物資が運ばれる為に整備されたものだ。

最盛期には、鉱山近くに、その仕事に携わる者達の集落もあったというから、そこに住まう者達の生活道路の役割もあったかもしれない。


長い年月、多くの馬車や魔獣車が行き来した道は、使われなくなって百数十年たった今、その周りには雑草が多く生えて荒れ放題だ。

それでも、均された部分は平らで道としての役割を果たせているのは、大規模採掘に向けての準備で、少し前からこの道が使用されているからだ。

新しいわだちが数多く残っているのが、その証拠だ。

この道の先にはドルスカル鉱山跡しかないのだから、間違いないだろう。




ここから速度を緩めて、ドルスカル鉱山跡をほぼ背にする形で西へ進む。

道の北側に迫る岩壁を、上空からムルナが、地上からトリアンが魔力感知するのを見守りながら、慎重に進んで行った。


二日程そうして進む間、この道を何度か大型の魔獣車が通った。

どの魔獣車も、採掘に使用するための大型魔術具を運んでいた。

それを使用して広範囲に掘削を行うのだ。


乗車していた人間は、この道を歩くヘッセン達を、物好きな奴等だというような目で見て行った。

確かに、大規模採掘が行われることになっている今、ドルスカル鉱山跡そちらに向かって行く者はあっても、逆行する者はヘッセン達以外にはいないのだろう。



ところがその予想に反して、ヘッセンと同じ様に考える魔石採掘士もいたのだった。


「……あの鳥は?」

上空を旋回するように飛ぶムルナを見上げていたテオドルは、離れたところで同じ様に動く鳥の姿を認め、指を差した。

指された方を見上げたヘッセンが、目をすがめる。

「探索魔獣ですね」

「探索魔獣?……ってことは」

「ええ。同業者です」

ヘッセンの答えを聞いて、より目を凝らしたテオドルの目線の先で、見知らぬ鳥はゆっくりと近付き、ムルナの近くを旋回する。

くすんだ緑色の羽根をしたその鳥は、ムルナと同じ様な種類の鳥に見えた。




道沿いにもう少し進むと、前からやって来る魔石採掘士一行と遭遇した。

一行の構成は、魔石採掘士が三人に、魔獣使いが一人、護衛を担う傭兵三人の計七人。

その内、魔獣使いと傭兵一人が女性だった。



「大規模採掘が行われるなら、ドルスカル鉱山跡から伸びる魔力脈沿いに、良い石が見つかるかもしれないと踏んだんだがな」

一行のリーダーである、壮年の採掘士が言った。

「見つかりませんか?」

ヘッセンが尋ねれば、三人は皆難しい顔をして頷いた。

「可能性のある場所があるにはあったが、この辺りを手作業で掘るには、やはり無理があるな。魔力脈が地中の奥深くを通り過ぎている」


三人の採掘士達は、魔石採掘士組合ギルドに加入している正規の採掘士達ばかりだ。

ヘッセンは彼等と共に、休憩を兼ねて情報交換を始めていた。

黒いターバンを巻いた魔獣使いも、そこに加わる。


テオドルもまた、三人の傭兵達と話していた。

大規模な採掘現場で雇われたラタンと違って、自分と同じ様に、魔石採掘の旅に同行する傭兵と話すのは初めてのことで、聞いてみたいことは色々とあった。




◇ ◇ ◇




主人達が腰を落ち着けて話しているので、従魔達もまた、それぞれ離れて休憩していた。

一行の魔獣使いには、鳥型と豚型の二匹の従魔がいたが、従魔は人間達と違って情報を交換したりはしない。

そもそも魔獣というものは、同種でなければそれ程交わらないものなのだ。


そう、でなければ。



〔キミみたいな綺麗な、初めて見たよ。故郷の仲間にも、こんな綺麗な羽根色の者はいなかったよ〕

くすんだ緑色の翼を大きく広げ、鳥型の従魔はムルナに話し掛けた。

鳥はムルナと同種だったのだ。


この世界で初めて同種に話し掛けられて、ムルナは戸惑いながらも返事をする。

〔故郷? 同じ鳥仲間が、もっといるの?〕

〔ああ、オレ達は群れで動くだろ? キミはどこの群れにいたの?〕

〔……ワタシ……、ワタシは魔界から飛ばされてきたから……〕



この世界に生きる魔獣は、魔界から魔穴を通って来た者と、その者達がこちらの世界で繁殖して生まれた、いわゆる二世以降の二種類存在する。

ベルキースとムルナは前者の魔界生まれだが、ラッツィーとトリアンは後者で、魔界を知らない。


ムルナは魔界では同種と群れで生活していたが、こちらに来てからは、ムルナのように従魔になっている同種は見ても、縛られていない同種の存在を見たことがなかった。

それで、こちらの世界に同種は根付いていないのだと思っていたのだが、そうではないらしい。


〔……仲間、いるんだ……〕

ムルナの呟きを拾って、鳥は軽くステップを踏むようにして近付く。

〔そうさ、仲間だ。仲良くしよう〕




〔ねえ、トリアン、あの頭悪そうな鳥、何やってんの?〕

翼を広げ、まるで踊るようにしてムルナの側に寄る鳥を指し、ラッツィーが尋ねた。

トリアンは軽く鼻を鳴らす。

〔求愛してるんだろ〕

〔求愛って?〕

〔“いいコトしよう”って誘ってるのさ〕

〔いいコトって?〕


つぶらな瞳でトリアンを見上げるラッツィーを見て、トリアンは頭の中で言葉を探す。

しかし、すぐに長い尻尾の先でラッツィーの顔を押した。

〔説明がめんどくさーい〕

〔ええ〜?〕


顔を押してきた尻尾に、ラッツィーかじゃれつこうとした時、フーッ!というムルナの威嚇いかくの声が響いた。




◇ ◇ ◇




興奮したムルナが翼を広げて飛び上がり、同種の鳥を蹴りつけた。


「ムルナ!?」

異変に気付いたテオドルが駆け寄り、興奮したムルナを抱き止める。

続けて、採掘士達と一緒にいた魔獣使いが膝をつき、地面に鳥を抑え込んだ。

「何だ? どうしたんだ?」

戸惑うテオドルを見上げ、魔獣使いが苦笑する。

「こいつが求愛したんだよ。失敗したみたいだけどね」

「求愛だって!?」

「同種を見つけたんだ、そういうこともあるよ」

強く眉根を寄せたテオドルがヘッセンの顔を見れば、ヘッセンも当然のように頷くだけだ。


なんとも言えない不快感が頭をもたげたが、腕の中で荒く息をしていたムルナが、興奮が収まるにつれて脱力し、水を欲しがっていることに気付き、テオドルは急いで水筒を手にした。

地面に降ろし、手の平で水を与える。



「その従魔、呪い持ちだね」

立ち上がった魔獣使いが、テオドルの後ろに立ってムルナを見下ろしていた。


ヘッセンが驚いて彼女に近付く。

「分かるのですか?」

「うん。呪いを受けた個体を、村で何度か見たことがあるから」

「……村?」

魔獣使いが頷いて、額に掛かる黒いターバンを引き上げた。

パラリと落ちる黒に近い焦げ茶の前髪の下、額の右端に、獣の牙が三つ並んだ赤い入墨が見えた。



「私は“魔獣使いのさと”アルドバン出身なの」

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