第12話 理解

翌日の夕刻、一行は林を抜けた。

目の前に広がるのは、ほぼ岩と石の世界だ。

茶味がかった灰色の地面には、まだ背の高い雑草が多く生えていて気持ちよく風に揺れている。

しかしこの先を進めば、固い地面は灰色を増し、雑草も申し訳程度の生育で、地面に這うような短いものばかりになる。


そして更に北東に進めば、ドルスカル鉱山跡に辿り着く。

長い年月を掛けて、広く浅いすり鉢状に抉られた土地は、その斜面を螺旋状に降りて行けるようになっていた。

そしてその途中には、今は使われていない坑道への入口が幾つも残っている。

今回の大規模採掘では、その坑道跡を中心に採掘が進められることになるだろう。



ヘッセンが向かうのは、ドルスカル鉱山跡ではない。

逆にここから西に進み、鉱山跡からは遠ざかる。


ハガンの街を出る前、ヘッセンは魔石採掘士組合ギルドで、大規模採掘による立入禁止区域を確認してあった。

区域外で魔石を見つけることが出来れば、通常通りの採掘は可能だ。


ドルスカル鉱山跡に通る魔力脈は十数本と言われているが、特に循環率の良い魔力脈は二本。

その両方とも、鉱山跡を離れた辺りから地底深くに潜る為、その流れを追って採掘することは容易ではない。

しかしヘッセンは、その内の一本、ここから西へと通る魔力脈を辿るつもりだった。




「それって、もし虹霓石こうげいせきが埋まっているかもしれないと感知できたとしても、採掘するのは難しいんじゃないのか?」

説明を聞いたテオドルは、小鍋で沸かした湯に茶葉を砕いて入れる。  

湯気に乗って、辺りに香ばしい茶の香りがふわりと広がった。       


「普通なら無理でしょう。あまり深い位置であれば、正しく感知すること自体難しいはずです。……しかし、ムルナとトリアンなら、おそらく出来ます」

テオドルが熱い茶を淹れる手元を見つめてヘッセンが言うと、小さな座布団の上に座って水を飲んでいたムルナが、驚いたように顔を上げた。

わずかに開いた嘴の先から水が滴り落ち、隣で木の実を噛っていたラッツィーが、チチッと鳴いて小さな手で嘴を閉じさせた。


「……出来るのか?」

そんな二匹の様子を見てから、テオドルが問い返すと、ヘッセンは頷いた。

「貴方の隷獣れいじゅうとなって、ムルナの基礎体力は上がりましたが、それだけでなく感知能力も上がっています」


思いもよらなかったことを言われたらしく、ムルナはテオドルとヘッセンを何度も交互に見ながら、せわしなく翼をモゾモゾと動かしている。

落ち着け、というようにラッツィーがトントンと背中を叩いて、ようやく動きを止めた。


「トリアンは、魔力感知だけで言えばムルナより高い能力を持っていますが、気分によってなのか、非常にムラがあります。繊細さにおいては圧倒的にムルナが上です」

トリアンがフンッと大きく鼻息を吐いたので、ムルナは急いで羽根を萎ませる。

ラッツィーがヂヂッと鳴いて、トリアンは顔を背けた。



従魔達のやり取りを見て、一瞬だけヘッセンは口元を緩めた。


テオドルの質問を切り捨てる形で会話を終えてから、何となく居心地の悪い空気であったが、採掘についての会話をしている内にそれ程でもなくなってきていた。

互いに、己の仕事には何があっても真面目に向き合うタイプだ。

テオドルが、過去のことを食い下がって聞いてくるのではないかと神経を尖らせていたが、そういうことはないようだ。


それでヘッセンは、少し安堵していた。


このまま、何もなかったように今まで通りに接してくれれば良い。

そうすれば、過去のあれこれを説明する必要はなく、同情も猜疑も向けられないで済むだろう……。




テオドルは今の説明を頭の中で反芻はんすうしながら、沈んだ茶葉を入れないようにゆっくりと小鍋を傾けて、カップに茶を注ぐ。


「二匹が上手く連携出来れば、感知は出来るかもしれない、ってことだよな? だけど、やっぱり感知だけ出来ても採掘出来ないんじゃ意味ないんじゃないのか?」

当たり前のように差し出されたカップを、ヘッセンは少しためらってから受け取った。

両手で包み込めば、冷えた指先に、じわりと熱が伝わる。


「……ベルキースなら、出来ます」

座布団の上で落ち着きを取り戻していたムルナが、ヘッセンの言葉にピクリと反応し、伏せたままのベルキースをそっと見た。

ベルキースはヘッセンがそう言うことを分かっていたようで、少しも反応することなく目を閉じている。

「ベルキースの力なら、魔力の流れを感知しながら、深い位置まで岩盤を掘削出来ます。ある程度まで掘り進めれば、後はいつも通り私が採掘出来ますから」


大型の魔術具を使って行うような掘削を、ベルキースだけで行う。

それは、この中ランクの犬型では信じられない事だが、ベルキースの真の姿が小型の竜であることを知っていれば頷けた。



「そうか……。じゃあとにかく、まずは頑張って感知しないといけないってことだな。よし! 頑張ろうな、ムルナ」

気合を入れたように言って、テオドルが側に座るムルナの頭を撫でた。

ムルナがやる気を見せて、クルッ!と強く鳴く。


「貴方が頑張るわけではないでしょうに……」

苦笑なのか、呆れなのか、ヘッセンが厚い眼鏡の奥で、微かに気配を緩めたのが分かった。

それに気付いた時、反射的にテオドルは口を開いていた。

「ヘッセン、この前はすまなかった」

ヘッセンの気配が固く閉ざされる前に、次の言葉を重ねる。

「アンタを傷付けるつもりじゃなかった。俺が悪かった」

持っていたカップを地面に置き、テオドルは深く頭を下げた。




「…………そうでした。貴方はそういう人だった」


溜め息と共に吐かれた小声を耳に拾って、テオドルは恐る恐る顔を上げる。

焚き火の向こうで、ヘッセンは両手でカップを持ったまま、口を歪めていた。

「何もなかったように放っておくなど、出来るわけがなかったですね……」


真面目で、一本気。

真剣に相手を気遣える心を持ち、間違えたと思えば、躊躇ためらわず頭を下げることが出来る。

……そんな男だ。


「ヘッセン、俺は……」

「テオドル」

再び口を開きかけたテオドルは、初めて正面からヘッセンに名前を呼ばれて止まった。

「貴方の謝罪は受け取ります。少し苛立った私の言葉も、きっと不味かった。……すみません」

言葉を失ったままのテオドルから視線を外し、ヘッセンはいつの間にか頭を上げていたベルキースを見下ろした。

強い力を持っているはずのベルキースの深紅の瞳は、悲しみをたたえているように弱々しく見え、ヘッセンは手を伸ばした。


「……ですが私は、過去の事を口にしたくありません。ですから、もう話題にしないで下さい」

耳から頬を撫でるヘッセンの手に、ベルキースは安堵したように目を細める。




テオドルには、まだ言いたいことがあった。

自分に何が出来るのか分からないが、力になりたいと、本当はそう訴えたかった。

だが、一人と一匹の姿があまりにも痛々しく、その言葉を飲み込む。


ヘッセンとベルキースは、己の痛みだけで閉じているのではない。

不器用にも互いを守っているのだと、そう感じたのだ。


「分かった」

だからそれだけを口にして、普段通りに頷いた。

自分に出来ることは、いずれまた何処かで、必ず見つかる。


……今はそう信じることにした。



テオドルは心配そうに見上げるムルナに微笑みかけ、地面に置いてあったカップを手に取った。

熱かった茶は、冷たい外気に晒されて、その温度を柔らかにしていた。

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