第11話 願い ⑵
薄曇りの翌朝。
ヘッセンとテオドルは普段通りに挨拶を交わし、朝まで絶やさなかった焚き火の残りを囲んで簡単な朝食を摂った。
その日の行程を確認して、野営後を片付け、移動を始める。
採掘地を目指す旅程では、当たり前の朝だった。
◇ ◇ ◇
一行は、ドルスカル鉱山跡の手前に広がる林を抜けている途中だ。
林を抜ければいよいよ鉱山地帯に入り、草木の少ない、岩と石だらけの風景に変わる。
今は大きな木の太い枝を駆け、枝先から次の枝へと軽々跳び移るラッツィーも、林を抜ければ、トリアンかベルキースの背に大人しく掴まって移動することになるだろう。
〔なんだか、変な感じだ……〕
ボソリと呟いたのはラッツィーだ。
枝の先でピョーンと跳んで次の枝に着地し、下を行く主人達を見た。
先頭をベルキースとヘッセン、数歩分離れてテオドルが歩いている。
枝の上で止まり、しばらく歩いている彼等を見て、ラッツィーは再び呟く。
〔変な感じ〕
〔うん、前に戻ったみたいだよね〕
上を飛んでいたムルナが、ラッツィーが立った枝の近くに降りて来て止まる。
〔前?〕
〔そう。テオドルを護衛に雇う前〕
ムルナの言った意味を考え、ラッツィーはぷうと頬を膨らませた。
主人は今まで、採掘に出る前に滞在した街で、その都度条件に合う傭兵を雇っていた。
色んなタイプの傭兵がいたが、どの傭兵ともこうして、必要以上に近寄らない雰囲気で歩を進めていたものだ。
ずっと、それが当たり前だった。
それに変化が見え始めたのは、最近。
テオドルがムルナを助けることになってからだ。
……いや、その前から。
テオドルが、従魔に対して偏見なく接していることに気付いた頃からだったかもしれない。
ラッツィーは、出会った頃から主人のことが好きだったが、しかし最近は、雰囲気が優しくなってとても嬉しく感じていた。
それなのに、今こんな風に、以前のようなどこか強張った様子で主人達が歩いているのは、とても変な気分で受け入れ難い。
〔……テオドルのせいだ〕
膨らませた頬のままでそう言えば、ムルナは小さくクルと鳴く。
〔テオドルを責めないで、ラッツィー〕
〔だってそうだろ? 昨日、アイツが変なこと言ったからだ。
貴族家門とか、生き残りとか、ラッツィーには良く分からないことばかりだった。
それでも、亡くなったお姉さんにも関係することなのだろうという予想は出来たし、その後主人とベルキースが悲しそうに見えたことは間違いない。
〔テオドルのせいで主は傷付いたんだ〕
ムルナは、ふると身体を震わせたが、それでもラッツィーを真っ直ぐに見つめた。
〔ラッツィー、あのね……テオドルも、傷付いてたよ〕
〔え?〕
〔本当は、
テオドルは今まで、他人の混み合った事情に自分から近寄ろうとすることなどなかった。
それ故に、そのやり方は手探りで、不器用だ。
〔ムルナにそう言ったの?〕
〔ううん、何も聞いてない。でも、苦しい気持ちが伝わってきたよ……〕
魔術素質のないテオドルに、ムルナのことがどれ程伝わっているのかは分からないが、やはり
そっか、とラッツィーが呟いて下を見た。
歩いている人間二人は、付かず離れずの距離を保っている。
距離自体は変わらないのに、いつも通りでいようという、互いの緊張感のようなものが見える気がして、ラッツィーは三角の耳を倒す。
〔オレ、主とテオドルが仲いい方がいいかも……〕
思わず口をついて出てしまい、慌ててブワと背中の毛を逆立てた。
〔べ、別にテオドルを当てにしてるわけじゃないよ! でも……、でも、主には楽しそうにしてて欲しいもん……〕
楽しそうにさせられるのが自分でないことは悔しいが、辛そうなのはもっと嫌なのだ。
〔うん、早く仲直り出来るといいね〕
〔うん。……あ、休憩するみたいだ〕
木の根元に荷物を置き始めた主人に気付き、ラッツィーは木の幹を駆け下りた。
ムルナは枝を軽く蹴って飛び降りた。
普段通りに手の平で水を与えてもらい、その水を喉に流し込みながら、白い長毛の
ヘッセンの側でいつもと変わらないようでいて、壁を作ったように背中を向ける、その姿。
ムルナは、ふと考える。
ベルキースは、今どんな気持ちなのだろう……と。
ベルキースもまた、ムルナと同じく隷獣である。
しかも、テオドルとムルナと違い、
その繋がりは強いはずで、主人の最近の変化は、否応なしにベルキースに伝わっているだろう。
ムルナが従魔となった四年前、主人は他にも探索魔獣を従えていたが、主人とベルキースは、それこそ二人だけで世界を閉じているように見えた。
役割を果たす
他の従魔とは明らかに一線を画したベルキース。
二人だけに通じる空気のようなものがあって、そこにはムルナ達従魔は入り込めない。
それが良いことかどうかは分からないが、二人はそうして安定していたのだ。
しかし、主人は変わってきた。
ベルキース以外の従魔、そして
それは、どれ程ベルキースの心を揺らしているのだろう。
少なくとも共に心を開いて喜べるような状態ではないことは、あのどこか寂しそうな背中を見れば分かる……。
「ムルナ? もういらないのか?」
テオドルに声を掛けられて、ムルナは我に返った。
彼の顔を見上げて優しく細められた赤茶色の瞳を覗き込むと、思いやりの温かな気持ちが流れ込み、ムルナの胸を満たす。
そうした感覚は隷獣になって初めて知ったが、思い返せば、
だから、例え変わり始めていても、主人がベルキースに向ける気持ちは失われているわけではないと、ムルナは思うのだ。
ムルナはクルと鳴いて、
ベルキースの心にも、どうか温かな気持ちが流れ込みますように……。
ムルナはそっと、そう願った。
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