第8話 拒絶
ハガンの街での準備を終え、ヘッセン達は北のドルスカル鉱山跡へ出発した。
途中、二箇所ばかり村に寄る。
村までは、魔獣が
馬型の魔獣が引く魔獣車は、馬車よりも馬力があるので重宝され、今では世界中で運用されている。
ラッツィーやムルナのような低ランクの魔獣だけであれば馬車でも良いのだが、ベルキースが側に寄れば、馬は落ち着きをなくしてしまうので利用は難しい。
トリアンまでいてはなおさらだろう。
ともあれ、魔獣車のおかげで楽に進むことが出来たわけだが、相乗りの魔獣車には、大規模採掘に参加する作業員も多く同乗していた。
立ち寄った二つの村にも、この採掘に関わる者達が集まっていた。
漏れ聞いたところによれば、既に一部では採掘が始まっているらしい。
下見の段階で、
やはり今回の採掘には、有能な魔石探索魔獣と、その従魔を持つ魔獣使いが参加しているのだろう。
大規模採掘のやり方で虹彩石が採掘出来るということは、採掘法次第では
ヘッセンは内心穏やかでない。
返す返すも、ドルスカル鉱山跡へ
二つ目の村を出れば、目的地までは徒歩移動だ。
目指すのは魔石探索
テオドル達は村で食料などを買い足し、出発した。
山岳部に入り、林に差し掛かる手前で、二人は今夜の野営場所を決めてテントを張った。
この林を抜ければ、鉱山地帯へ辿り着く。
夜になり、焚き火の周りに落ち着いた一行は、ぐっと冷えてきた空気の中、和やかに夕食を摂っていた。
「なあ、聞いてもいいか?」
唐突に掛けられた声に、テオドルが用意した煮込みを食べていたヘッセンは、手元から視線を上げる。
既に食べ終えたテオドルが、焚き火の向こうから真っ直ぐにこちらを見ていた。
「今度は何です?」
「ヘッセンはなぜ
ヘッセンの側で腹這いになっていたベルキースの耳が、ピンと緊張した。
「高く売れるから、という訳じゃないよな?」
「なぜそう思うのですか?」
「魔石採掘士
ヘッセンは厚い眼鏡の奥で目を細めた。
ハガンの街に入り、神殿の治療院で処置を施した後、テオドルはヘッセンが組合や魔石屋に向かうのにも付いて来た。
怪我が完治していないヘッセンを気遣ったのと、今までほとんど縁のなかった組合や魔石屋に興味があったから、という理由であった。
その際、興味津々という風にあちこち見回していたが、意外にヘッセンの行動もよく見ていたようだ。
「……虹霓石は、別で使い道が決まっているのです」
「
「まあそういうことです」
素っ気なく答えて、ヘッセンは食事を再開する。
誰かから依頼を受けているのなら、その内容は安易には漏らせない。
それは傭兵であるテオドルでも当然のことだ。
テオドルは、空になった器に水を入れ、すすぐように大きく揺らす。
「もう一つ、質問してもいいか?」
「相変わらず質問の多い人ですね」
溜め息混じりに答えたヘッセンは、しかし拒否する様子はない。
それで、テオドルは続けて口を開いた。
「
ヘッセンは口元に運んでいたスプーンを止めて、ゆっくりと顔を上げた。
「……“家門潰し”と聞きましたか?」
「ああ」
湯気で薄く曇った眼鏡の奥で、彼がどんな目をしているのか、テオドルには分からなかった。
ハガンの街で準備をしていた間、魔石を扱う人間や採掘に
そして、聞こうと思えば“家門潰し”の二つ名は簡単に耳に入った。
しかし、そのどれもが軽い興味や
ともすれば、何の興味も持たずにただの通り名として口にする者もいた。
ヘッセンは首を反らして器の残りを流し込み、立ち上がる。
「もう詳細は耳に入っているのでしょう。それなら、どのようにでも好きなように受け取って下さい」
「……好きなように、とは?」
「言葉通りです。私がどういう血筋なのか、私自身も分からないのですから」
テオドルは器を傾けたまま、ヘッセンを見上げる。
立ち上がった彼は、一瞬だけテオドルを見下ろした。
「貴方もそうでしょう? 両親を知らず育った。自分の
不意に孤児である自分のことを言われ、テオドルは胸に、チリと火花のような痛みを感じる。
「俺のことは関係ないだろ。それに、アンタには家族がいたんだろうが」
黙って伏せたままだったベルキースから、ゆらりと寄せる圧を感じて、テオドルは目を向ける。
深紅の瞳は射るようにこちらを見ていた。
側にいたムルナが細く鳴き、テオドルはハッとして「大丈夫だ」と手を伸ばした。
「その家族が、“由緒ある家門だ”と言い張っていただけ。……証明できるものはないのですから、世間はそう判断しましたよ。ですから、貴方も好きに受け取って下さい」
食器を手早く清め終え、ヘッセンは何事もなかったように自分のテントに向かう。
テオドルを睨むように見つめていたベルキースが、促されて立ち上がった。
「アンタ自身はどうなんだ? トルセイの血筋だと、信じてないのか?」
ヘッセンの背中を、テオドルの声が追った。
「信じていようがいまいが、仕事に関係はありません。今まで通り、私は採掘をして、貴方は雇われて護衛をする。それで良いでしょう」
切り捨てるように吐かれたヘッセンの言葉が、出会った頃のような冷たい拒絶を含んでいるように感じられ、安易に問うべきではなかったのかもしれないと、テオドルは苦い気持ちで彼の背中を見つめた。
テントに入ったヘッセンの手で、
その隙間から、滑るようにラッツィーが駆け込んで行った。
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