第6話 貸金庫店

ハガンという街は、魔竜出現時に辛うじて残った、アスタ商業連盟の中でも特に古い街の一つだ。

そこには商業に強い都市ならではの、金融に関係する店が並ぶ通りが何本もある。


貸金庫の店が並ぶ一角、その中でも、おそらく一番古い造りの建物は、ほとんど人気ひとけを感じなかった。

公庫店が並ぶ辺りに比べれば、貸金庫店の方に人が少ないのは常だが、この店は特に人の出入りが少ないようだった。




テオドルがラタンと会っている頃、店の奥で店主の老人に金庫の鍵を返し、小さく息を吐いたのはヘッセンだった。

手に入れた虹霓石こうげいせきを金庫に無事預け終え、わずかに安堵した。

その足元には、白い大型犬の姿をしたベルキースが静かに寄り添っている。


「年明け…光の季節の末までは払っておく。よろしく頼む」

「……はい、確かに」

渡された金貨を数え、間違いがないかを確認する店主は、年老いたエルフだった。

一体何年生きているのかは分からないが、少なくともこの店が開業してから、店主が変わったという話は、今まで誰も聞いたことがない。

開業したのは、この街が出来て間もない頃だというから、少なくとも魔竜出現の五百数十年よりも前になる。

このエルフが、相当な歳であることだけは確かだった。



店主は疎らな顎髭を指でさすってから、契約者ヘッセンの契約符を取り出して、節くれ立った指でひと撫でした。

契約符と店主の額に小さな紋が浮かび上がって、消える。


金庫内に預けられた物品を、間違いなく保管すること。

言うまでもなく、それが貸金庫店の役目だが、その信用度にも段階がある。

この店は、魔法士である店主自らが契約符を用いて保証する、信用度の高い店だった。

勿論その分預け料も高いのだが、それでもここを選ぶ者がいる程には、需要があるということだろう。

ヘッセンに限っては、自分でこの貸金庫を選んで使っているわけではなかったのだが。


この貸金庫は、ヘッセンの家門で使われていた店で、重要な物を預けるのに、ここ以上に安心出来る店はないとベルキースが判断した。

つまりは、決定したのはベルキースというわけだった。




「……お客様は、今度の組合ギルド主導の採掘に参加されるのですか?」

用事は済ませたので、店の奥のこの部屋から出て行こうとしていたヘッセンは、店主の言葉を聞いて足を止めた。

「いいえ。何処であるのですか?」

「ここから北の、ドルスカル鉱山跡だそうです。魔石帯が復活したとか」

ヘッセンは眉根を寄せた。

右肩と頭部の傷は完治し、そろそろ次の採掘場への移動を考えていた。

そして、その場所にドルスカル鉱山跡を定めていたのだ。



魔石帯が見つかると、魔石採掘士組合ギルドが仕切って、魔石の大規模採掘が行われるのが常だ。

そして、ほぼ取り尽くせばそこは休掘地となる。


魔石が採掘出来る場所は様々な違いはあるものの、魔力の循環が良い、いわゆる魔力脈が通っている土地であることは絶対だ。

手を付けずに環境を守れば、多くの場所は百年から数百年の周期で復活し、また魔力を貯める石魔石を作り上げる。


魔石帯は、その魔力脈が多く通る場所。

ドルスカル鉱山は、百数十年前に掘り尽くされた、魔石帯のあった場所だ。

魔石帯として復活するにはまだ早い頃だが、ベルキースがあの場所の魔力循環率は良いと言うので、ヘッセンは早目に復活すると踏んだ。

まだ組合ギルドが手を出すには早いと思っていたが、組合にも高い能力の探索魔獣がいるということなのだろう。



「ドルスカル鉱山跡には、この後採掘に向かうつもりでしたが……」

「そうですか。大規模採掘になるようですから、それに不参加の採掘士は立ち入りを禁じられるかもしれませんよ」

店主が穏やかな口調で話す内容に、ヘッセンは狙う獲物を横取りされた気分で奥歯を噛む。


この辺りで虹霓石こうげいせきを探すなら、次は間違いなくドルスカル鉱山跡だと思っていた。

しかし大規模採掘に参加しても、虹霓石は得られない。

採掘された魔石は、全て魔石採掘士組合が引き取ることになるからだ。

そもそも採掘法が違う。

組合が行う方法では、虹霓石は掘ることが出来ない。

いや、採掘の仕方で魔石の質を落とし、掘り出せるはずの虹霓石をことになるのだ。



足元で、ベルキースがグルと小さく喉を鳴らす。


あと一つであるのに……。


その思いが、ヘッセンだけでなく、ベルキースの胸中にも渦巻いているのだ。

ヘッセンは無意識に強く拳を握った。



「……“残り一つ”と、焦りなさいますな」

ヘッセンは驚いて顔を上げ、言葉を掛けた店主の顔を見遣る。

老年のエルフは、年老いてもなお美しい顔立ちでそっと微笑む。

「……なぜ、『残り一つ』と……?」

「トルセイ家の方々とは、長い付き合いでしたからね、家門の宿も存じておりました。貴方が預けた石の数を知っていれば、おのずと分かります」


ヘッセンは詳しく知らないことだが、貴族家門として成り立っていた頃から、トルセイ家はこの貸金庫店とやり取りがあった。

良く知っているのは、ベルキースの方だ。

ベルキースは強い視線を店主に向けている。


「……魔竜出現からこれだけ長く時が過ぎて、まだしぶとく生きている私が言うことでもないでしょうが、魔法皇国はもう失われて久しいのです。仕えるべき国を失くして、なぜ家門に縛られる必要がありましょうか」

ベルキースが低く低く唸った。

「ベルキース、よせ」

僅かに怒りを滲ませたベルキースの背に手をやり、ヘッセンは改めて店主の顔を見た。

店主は、歳をとって薄くなった眉を下げた。

「ああ、ただの貸金庫屋が口を挟むことではありませんでしたね、申し訳ない。……ですが、時代は変わった。これからも変わっていくでしょう。古い血に縛られて、どうか貴方自身の人生を見失うことのないよう…」


「いつまで喋るつもりだ!」

こらえきれなくなったベルキースが、前足で床を鳴らして言葉を発した。


「ベルキース!」

横から首を抱いて強く押さえるヘッセンと、怒りをあらわにしたベルキースを見て、店主は静かに口を閉じた。

従魔ベルキースが言葉を発することにも驚いた様子がないことを見るに、店主はベルキースがかも知っているのだろう。


「余計なことばかり言うな。金庫屋の守秘義務はどうした!」

苛立つ声に、店主は小さく息を吐いた。

「……真に仰る通りですな。失礼致しました」




「確かにお預かり致します」と言って、エルフの店主は静かに頭を下げた。

ヘッセンは何も言えず、そのままベルキースを連れて店を後にしたのだった。




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