第4話 噂話
「いやぁ、本当に久しぶりだねぇ。まさか、こんなところで会えるとは思わなかったよ」
酒場で杯を合わせ、一杯目を飲み干してから、ラタンはテオドルをまじまじと見つめた。
「あんな小僧だったのに、随分とらしくなったじゃないか」
「いつと比べてるんだよ!」
テオドルは思わず苦笑した。
赤毛の女剣士ラタンは、テオドルを傭兵稼業に招き入れた傭兵だ。
住み込みで働いていた農場が売りに出される時、路頭に迷いそうになっていたテオドルに、魔獣討伐依頼で何度か顔を合わせていたラタンが声を掛けたのだ。
そこから何かと世話になり、“姐さん”と呼んで数年間一緒に仕事をしていた。
そこそこ歳が離れているからというだけでなく、ラタンの世話焼き気質も手伝って、テオドルにとっては、頼りがいのある姉のような存在だった。
以前に別れた時より傭兵の有り様が板に付き、ずっと
「それで? さっきの従魔ってやつは何なんだい?」
肉に齧り付きながらラタンが言った。
「ああ、俺の従魔だ。元々は今組んでいる奴の従魔だったんだが、
テオドルもまた、骨付きの肉を持って齧り付く。
そんな彼を、少し驚いたようにラタンは見返した。
「テオドル、魔獣使いと組んだのかい?」
誰とでもそこそこ親しくなれるが、深く関わることに抵抗があるのか、傭兵仲間の誰とも続けて組むことのなかったテオドルのことを、ラタンはずっと心配していた。
「まあ正確に言えば、雇い主なんだけどな」
「傭兵としてパーティーを組んだわけじゃないのかい?」
「ああ。そいつ魔石採掘士でもあるんだ。護衛に雇われて、季節一つ前から就いてる」
「……へぇ」
肉を飲み下しながら、ラタンは改めてテオドルを見つめる。
雇い主だと言う割には“そいつ”と表現するあたり、随分と近しい関係であるようだ。
相変わらず単独で傭兵を続けているにしても、単発の仕事で終わらせずに誰かと続けて行動するというのは、今までのテオドルを知っていれば大きな変化のように思えた。
テオドルは、心の内を見せ合える、見せたいと思える人間を見つけたのかもしれない。
それは、姉のような気持ちでいるラタンにとっても喜ばしいことだ。
肉の脂が付いた口端をニイと上げると、ラタンの考えていることが分かったのか、何処となく照れくさそうにテオドルが大きく肉に齧り付いた。
「その魔石採掘士、今度の採掘計画に参加するのかねぇ」
二杯目をもう空にしそうなラタンが言って、テオドルは首を傾げた。
「採掘計画?」
「そう、この街の先の鉱山跡で、もうすぐ大規模な採掘を始めるんだって。その護衛に傭兵も大勢雇われててね。あたしはその中の一人さ。テオドルの雇い主も参加するんじゃないのかい?」
テオドルは考える間もなく、首を横に振る。
「多分ないな。そいつ、単独で採掘する奴なんだ。大人数での採掘はやらないって聞いたことがある」
店員に大声で三杯目を頼んだラタンは、軽く眉を上げて尋ねる。
「なんか珍しい採掘士だねぇ。何ていう奴なんだい」
「ヘッセンだ」
店員から杯を二つ受け取ったラタンは、一つをテオドルに渡しながら、わずかに表情を曇らせた。
「ヘッセン? 家門潰しの?」
「“家門潰し”……?」
テオドルは眉根を寄せる。
主に高級魔石を狙って採掘をするヘッセンが、採掘士
そして名が知れた者に、二つ名が付くこともそう珍しくはない。
しかし“家門潰し”とは穏やかでなさすぎる。
「姐さん、“家門潰し”ってなんだ?」
「……ああ、いや、知らなかったならいいんだ。あんたの連れを悪く言うつもりじゃなくてさ」
「やっぱり悪い意味なんだな?」
「あぁ…ほら、採掘士の護衛なんてやってると、ちょっとそんな名が耳に入ったってだけで、あたしもよく知らなくてさ」
何年も一緒に行動していたラタンの性格は、テオドルもそれなりに理解している。
あまり聞かせたくない内容を誤魔化そうとしているのだと分かり、テオドルは杯をテーブルに置いて、更に身を乗り出した。
「姐さん」
低く言ったテオドルの圧に、ラタンは赤毛の頭を掻いた。
小さく溜め息をついて、仕方なしという風に口を開く。
「……気を悪くしないでよ? “魔石採掘士のヘッセン”って、
ラタンは手元の杯から、一口酒を流し込む。
「ヘッセン・トルセイ。トルセイ家の生き残りだってさ」
テオドルは杯を握ったまま、ポカンと口を開けた。
突然出てきた名が、自分の頭に描くヘッセンの像に全く繋がらないのだ。
“トルセイ”
アスタ商業連盟最大の都市の名。
その名は、都市が築かれた土地、故フルブレスカ魔法皇国の失われた領地名を冠したものだという。
「…………貴族家門?」
呟くように漏れたテオドルの声に、ラタンは強く頷いた。
「
「親族……皆殺し…」
「ああ、でも眉唾ものだって話もあるんだ」
言葉を
「”魔法皇国最後の貴族家門だ“って言い張ってただけだとか。実際、盗賊と共に焼けた屋敷から、貴族と思えるような家財なんかは一つも出なかったって言うしね」
テオドルは強く眉根を寄せた。
この前の採掘現場でのことが頭を
『賊め……今すぐヘスティアを離せ』
ベルキースは確かに“賊”と言った。
それは、その盗賊団によってヘスティアに害が及んだということなのでないだろうか。
ヘッセンには少なくとも、姉という家族がいたということだが、親族皆殺しということは、他にも家族と呼べる者がいたのだろう。
あの谷からハガンに来るまでに、ヘッセンは怪我と雨に打たれた影響で徐々に体調を崩した。
ベルキースとテオドルに助けられながら、自力で歩いて移動はしたが、街に入る頃には発熱もして、宿を取る前にまず神殿に運び込んだ程だ。
そんな状況では踏み込んだ会話は出来ず、結局ヘッセンの過去について、テオドルは聞けず
あの時、ベルキースがヘスティアの名を呼ぶ様子から、その死が穏やかなものではなかったのではないかという想像はしていた。
しかし、その予想を上回りそうな事態に、テオドルは思わずゴクリと喉を鳴らしたのだった。
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