第2話 買物

アスタ商業連盟。


大陸の中央から南へ降りた辺りに位置する、大陸一の巨大連盟である。

その名の通り、商業に関して繋がりをもった自治体の集まりであり、その歴史は長く、連盟の結成は魔竜出現以前に遡る。


アスタ商業連盟は、魔竜出現当時、故フルブレスカ魔法皇国に近い場所に在ったことから大きな損害を被り、一時は連盟解体かと思われていた。

しかし、そこは商魂たくましい商人達が興した集まりだ。

魔竜出現によって世界の魔力バランスが崩れ、それまで主動力として人々の生活に密着していた魔術が一時的に衰退した頃、少ない魔力で動く魔術具中心とした道具類を様々に展開し、勢いを取り戻した。

そこからの盛り返しは恐ろしいスピードで、現在のアスタ商業連盟は、魔竜出現以前の倍ほどの規模となって、大陸の中心的存在として認められている。





「こっちか……、いや、こっちの方が似合うか?」

青い鳥型魔獣のムルナに、二枚の布を近付けて首を捻っているのは、傭兵のテオドルだ。

多くの人が行き交う雑貨店が並ぶ通りで、色とりどりの布が並んだ店先のワゴン前を陣取っている。

無骨な傭兵が手に持って悩むには、全く似合わない代物であるのだが、道行く人々が視線を寄越しても、本人は全く気にしている様子はなかった。



テオドル達がいるのは、アスタ商業連盟の南方都市、ハガン。

北方都市トルセイ、カッツルースに次ぐ、商業連盟三番目の大きさを誇る。

トルセイとカッツルースは、故フルブレスカ魔法皇国の領地であった場所に新しく造られた都市であるのに対し、ハガンは商業連盟結成時の中心都市であった、歴史の古い街だった。


テオドル達は、ヘッセンが虹霓石こうげいせきを採掘してからこの街に移動した。

ガス爆発の際にヘッセンが怪我をしたこともあり、治療も兼ねて滞在している。

テオドルは採掘の際の護衛として雇われているので、街にいる間は互いに別行動だ。



「ムルナには、黄色系が似合いそうな気がするんだよな」

テオドルは、ムルナの首に巻く新しい布を選んでいるのだ。

以前に巻いていたのは、テオドルが予備で持っていた水色の布切れだったが、あれは間に合わせだったので、街に滞在する間に新調しようとしているのだった。


テオドルが当てているのは、淡い蜂蜜色の布と、蜜柑色に近い濃い目の黄色だったが、ムルナは迷わず淡い色をくちばしの先で指した。

「ん? こっちがいいのか?」

示された布を首元に当てれば、ムルナの羽根の色が変わった部分と、あまり変わらない色だった。

「同化して見えないか? せっかく着けるなら、もっと、ほら、柄付きのものもあるし……」

テオドルが花柄の布を手に取れば、ムルナはクルと鳴いて、淡い蜂蜜色の布を嘴でくわえて引っ張る。

どうもそれが気に入ったらしい。

「まあ、ムルナが気に入ったのならこれでいいか」

テオドルが笑って言えば、ムルナはコクリと頷いた。



購入してすぐに首元に巻いてもらうと、ムルナは嬉し気にクルルと鳴いた。

狐に襲われて羽根が抜けていた部分は、既に新しい羽根が生え始めている。

しかし、完全に生え揃わない内はチラチラと地肌が見え、それをムルナはひどく嫌がった。

テオドルからすれば、別に気にしなくても良いのにと思えることなのだが、ムルナの元気がなくなるのは困る。

新しい布切れ1枚で機嫌が良くなるのなら、安いものだと思っていた。


ご機嫌になったムルナを見て、テオドルは赤味がかった茶色の目を細める。

「……お前はかわいいなぁ」

テオドルが思わず呟いた一言で、ムルナはブワと羽根を膨らませた。

軽く笑ってテオドルが歩き出すと、彼の肩の上に止まったムルナは、落ち着かないようにソワソワと身体を揺らす。

そっと横を向けば、テオドルの日に焼けた金髪が、陽の光で淡く輝いている。


ムルナが選んだ布は、テオドルの髪の色。

しかしテオドルは、そんなことには少しも思い至らないのだった。



「道具類も見たいし、二、三軒店を覗いてもいいか? それとも先に宿に戻るか?」

テオドルがムルナの方を見て尋ねれば、一緒にいると答えるように、ムルナはテオドルの服を咥えた。


ヘッセンとテオドルが滞在しているのは、従魔を連れて宿泊出来る、構えの大きな宿だ。

高ランクの大型従魔用の厩舎もあるが、ヘッセンの従魔は中ランク以下で大型種はいないので、人間と共に部屋で過ごせる。

もちろん、人間だけの宿よりも、宿泊料は高いのだが。



ムルナが一緒に行くと主張したので、テオドルは野営の時に使う道具類を見るために、そのままムルナを連れて道具屋の方を回ることにした。


テオドルがヘッセン達と一緒に行動するようになって、街に入るのは二度目だ。

一度目はハガンの街よりも小さな街で、それ程長く滞在もしなかったし、ムルナが隸獣れいじゅうとなって日も浅かったこともあり、連れて歩くことはほぼなかった。

つまり、ムルナを連れて街をゆっくり歩くのは、今回が初めてのようなものだ。


テオドルはムルナを左肩に乗せて歩いている。

ムルナの大きさは鳩くらいだが、おそらく一般的な鳩よりは軽い。

肩に乗せても全く負荷が掛からないので、テオドルはいつも通りズンズンと大股で歩いていた。


ふと、こんな速さで歩いていても大丈夫なのかと思い至って、左肩を見た。


ムルナはちょこんと肩に居座って、肩の振動に身体を揺らしながら、深紅のつぶらな瞳をキラキラと輝かせていた。

「……ムルナ、もしかして楽しいのか?」

クル!と、珍しく食い気味に返事をしたので、テオドルは「ははっ!」と声を出して笑った。


途端、目の前の扉が開いた。

道具屋の入口前で立ち止まってしまっていたのだ。


「おっと!」

「ああ、悪い……あれ?」


店から出て来た者と、開いた扉の所で向かい合う形になって、テオドルは咄嗟とっさに一歩身体を引いて止まった。

出てきたのは、剣士のような出で立ちの大柄な女だった。

赤毛の短髪で、テオドルを見上げて瞬き、破顔する。

「テオドル? テオドルじゃないか!」

「ラタン姐さん!?」



驚いて両者を見比べるムルナの前で、ラタンと呼ばれた女剣士は、テオドルをギュウと抱きしめたのだった。







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